ノグ・アルド戦記⑦【#ファンタジー小説部門】
第6章「国境の戦い」
ウォレー城の門をくぐり、門番の兵士に馬車の手綱を預け、謁見の間にやってきた。ユベル解放軍の面々はすでに到着している。最後の来客が姿を現したとき、玉座の老紳士が立ち上がった。
「おお、ソルム! 久しぶりじゃの」
「ご無沙汰しております、ザポット王」
ザポット王はもう60近い歳のはずだが、背筋がしゃんとしていて若々しい。声や口調、頭髪の白髪、顔のしわなんかは老人そのものだが、どこか生命力を感じさせる。
「しばらく見ぬ間に立派になったようじゃな。お父上は元気にしとったかの?」
「はい。相変わらずでした」
「うむうむ、そりゃ結構」
孫を見るように目を細めたザポット王は、座り直して本題へ移った。
「これまでのことは、今しがた聞いたところじゃ。お前さんも大変じゃったのう。長旅ご苦労じゃった」
「恐れ入ります」
「ウォレーは、ユベル解放軍に協力を惜しまぬ。ノグ・アルドの明日のために、皆で手を取り合おうぞ」
両手を天に掲げるザポット王。その姿を見た全員が、拍手の嵐を巻き起こした。
「して、アイオルよ」
急にザポット王から指名を受けたアイオルは、少しだけ飛び上がった。
「あっ、はい」
「お前さんの兄上、ラズリ王子のことじゃ。数日前から、我がウォレーの隠密部隊に捜索をさせておる。まだ報告がないのは歯痒いが、きっとラズリ王子を見つけ出してくれると、わしは信じておるぞ」
ザポット王の優しい、ゆったりとした話し方は、アイオルを安心させた。根拠はないが、この王様が全幅の信頼を置く隠密部隊ならば兄を救ってくれる気がした。
「ありがとうございます」
「うむ。皆の者、必ずや使命を果たし、無事に帰ってくるのじゃぞ!」
謁見の間に、はち切れんばかりの歓声が沸いた。
◇
ウォレーを出発した解放軍は、意気揚々と東へ向かう。順調に行けば、2日もかからないうちに国境へ着く予定だ。ウォレーとユベルとは、大きな跳ね橋が国の境目となっている。跳ね橋を渡り、さらに東へ進めば、内乱下のユベル城へたどり着く。
跳ね橋の手前までやってくると、守衛の兵士が一行の足を止めた。
「ここから先はユベル領である。怪しい者を通すわけにはいかない。見たところ大軍のようだが、所属は?」
「私の名はヴェントス。当方は、ユベル聖王国のラピス王子率いるユベル解放軍である。こちらがそのラピス王子。そしてその隣が、ニアーグ王国のエメラ女王。馬車を引いているのは、グランド商会の商人ソルム。ニアーグ・ウォレーの両王国から支援いただき、ユベル聖王国内の反乱を鎮めるべく行軍している次第である。通行を許可願いたい」
ヴェントスが流れるように説明する。ラピス王子を乗せているのが白馬ではなく行商用の馬車で良いのかと一瞬思ったが、当のラピス王子が王子様らしくない風貌だったので、気にしないことにした。
兵士は怪訝な表情をしながらも、とりあえずこの四人だけ通した。残りの者は正式な許可が下り次第とのことだった。
「妙だな」
大きな跳ね橋の上を進みながら、ヴェントスが考え込んだ。馬車のワゴンからアイオルの呑気そうな声が聞こえる。
「なにが? すんなり通れそうじゃん」
「だからだ。あまりにも順調すぎる」
その予想は不幸にも当たってしまう。四人が渡り終えるや否や、突然跳ね橋が上がり出した。
「な、なんだ!?」
「アイオル! 俺のマントを引っ張るな!」
「お怪我はありませんか、エメラ様?」
「大丈夫よ、ヴェントス。でもどうして跳ね橋が……」
女王の疑問に対する答えは、前方にいる兵士たちが教えてくれた。十数人のユベル兵が、全員もれなく槍を構えてこちらに向けている。中心にいる隊長らしき男が、野太い声で叫んだ。
「王弟ターコイズ様の命により、ラピス王子を騙る不届き者は始末する!」
「しまった! もうクーデター派に占拠されていたか!」
ヴェントスが悔やむ間に、第一陣が襲いかかってきた。ヴェントスとアイオルは剣を抜き、突撃してきた兵士たちを斬り払う。エメラ女王は、馬車とともに後方へ下がり、自身も風魔法で対抗した。戦い慣れた三人とはいえ、多勢に無勢。じりじりと間合いを詰められ、馬車もろとも袋小路となってしまった。
「観念するんだな」
隊長がお決まりの台詞を放った瞬間、その後ろから黒い影がスッと現れた。すると隊長は「ぐあっ」と声を上げ、突っ伏した。周りの兵士たちは、突然の出来事に慌てふためいている。黒い影は、1つではなかった。2つ、いや3つある影たちは、目にも留まらぬ早業で次々と兵士たちをなぎ倒していく。気がつけば、すべての兵士が床でのびていた。
黒い影だと思っていたものは人間だった。それも、見覚えのあるフード姿だ。目深にかぶったフードの奥から、聞き覚えのある飄々とした声が聞こえてきた。
「よーっす! 久しぶりっすねぇ! 大丈夫っすか?」
エルド王都で出会ったあの旅人だ。黒いフードから現れたのは、金糸雀色のポニーテール、浅葱色の瞳。額には鉢金を着けている。そばかすが少々目立つものの、中性的でかなり端正な顔立ちである。右手には、豪奢な槍が黄金に輝いていた。
後ろに控えた二人も、同様の黒いフードと鉢金を着用していた。二人とも同じ鳶色の髪をしており、一人は優しそうな糸目をした長身の青年で、もう一人は小柄でクールな印象の少女。それぞれ小太刀を携えている。
かつての旅人に再会した三人は口をあんぐり開けていたが、面識のないエメラ女王だけは通常モードだった。
「あら、あなたたち知り合い?」
「んー、そういうわけではないんすけど、これからお世話になるっす」
「どういうことかしら?」
「あ、申し遅れましたっす。自分は、ウォレー王国【影の衆】頭領のキーロっす! んでもって、こっちのデカいのがキブ。こっちのちっこいのがマヤ。似てないけど兄妹なんすよ! ユベル解放軍の皆さんっすね? よろしくお願いするっす!」
キーロに紹介され、兄妹は軽く会釈した。
【影の衆】? 頭領? 今度はエメラ女王も含む四人が、キーロの言葉にぽかんと口を開けていた。
「あれ、ザポット王から聞いてないっすか? 自分、王の命令でラズリ王子を探してたんすよ」
「確かに『隠密部隊に捜索させている』とは仰っていたが……」
ヴェントスは徐々に平静を取り戻しつつあった。しかし、未だに動揺している様子だ。
「すまない。正直こんなに若いとは思っていなかった」
「ああ、そういうことっすか。気にしてないっすよ」
キーロは朗らかに言った。そして、マヤに一言指示を与えた。マヤはすぐに詰所の中に入っていった。しばらくすると、巨大な跳ね橋がゴゴゴと大きな音を立てながら、先ほどの立派な橋の姿に戻っていった。足止めをくらった解放軍の面々が、一気に押し寄せる。皆、四人を心配していた様子だった。特にアネモスは、主君の危機に駆けつけられなかったことを心底悔やみ、目に涙を浮かべて謝罪していたが、その主君に「もう! 助かったんだからいいじゃない! 泣かないでよ!」と窘められていた。
「これで全員国境を越えたっすね。じゃあ、ここからは自分が案内役を務めるっす! さっそくユベル王都へ……と言いたいところなんすけど」
キーロはアイオルの方へ向き直り、少し声のトーンを落として続けた。
「その前に、連れていきたいところがあるっす。ラズリ王子が待ってるっす」
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