ソーシャリー・ヒットマン外伝9「蒼き祭りは突然に」(後編)
俺様はダン。猫だ。
猫と言っても、ただの猫じゃにゃいのさ。
俺様は……そうだにゃ、「人間どもの言葉がわかる賢い猫」とでも言っておこうか。
今日はにゃんだか騒がしい。にゃんでも、ここワールド・ブルー株式会社で「ブルーサマーフェスティバル」を開催しているようだ。よくわからにゃいが、とりあえず楽しいお祭りみたいにゃものらしい。
俺様は主に連れられ、本社ビル最上階の食堂へやってきた。
「にゃにゃ?(波は来にゃいのか?)」
「アハハ。波なら先に行ってるよ。『喫茶 花』が出店するんだってさ」
主は今日も通常運転のようだにゃ。
「そうだ、ダン。せっかくだから一人で、いや一匹か、見て回ったらどうだい? 僕もいろいろとやることがあってね……ん? ああ、『さよなら部』の部長としてだよ。お得意様への挨拶回りとかさ。今日は一般開放もしているから、普段見かけないような人にも会えるかもよ」
要するに、俺様はお荷物だってことか。
フン、まあいい。俺様としても単独行動の方が性に合っているから、言われにゃくてもそうしてただろうけどにゃ。
「くれぐれも、危ないマネはするなよ?」
「にゃあん(そんにゃことわかってる)」
「アハハ! それならオッケー。じゃあ楽しんでおいで」
◇
食堂は、人間どもでごった返していた。
今日は会社全体が休みらしく、この会社で働いている奴らも客として大勢来ているようだ。
入口付近で、話し声が聞こえる。
「そこの君、えーっと……確か……」
「おととい来やがれ課の蒼田 我意です!」
「ぶっちゃけ、うちの会社で誰がタイプ?」
「えっと、ゆにさんですね!」
「ゆにさんにまずは1票、と」
「なにしてるんですか、蒼林さん?」
「おっ! 新人くん、いいところに。うちの会社で誰がタイプ?」
「え」
「蒼森くんは誰推し? 気になる気になる!」
「蒼田さんまで……事務部の優谷さん」
「まじでー!?」
「ちょ、声大きいですよ蒼林さん!!」
「いいねいいねー。ゆにさんが1票、優谷さんが1票か。はい次、そこの……君」
「デザイン室お先にお進みください部の蒼荷斎 和歌贈です。私は、おなら部のぽん子さん推しです」
「まああじで!?!?!? これでゆにさん1票、優谷さん1票、ぽん子ちゃん1票だ。こいつは面白くなってきたぞ!」
「蒼林さんの周りはいつも賑やかですね」
「これはこれは永業部の皆さん! いやね、ミス・ワールド・ブルーを決めようと思ってて! 理生さんは誰に投票します?」
「私はもちろんまる部長!」
「ああーっと、ここでまる部長に1票ー! ゆにさん1票、優谷さん1票、ぽん子ちゃん1票、まる部長1票!」
「「「大混戦だー!」」」
周りの連中も、ノリノリじゃにゃいか。
「蒼野のたっちゃんは誰に?」
「……蒼林さん、わかってて言ってますよね?」
「あ、キレてる? ごめんごめん、冗談だよ! ゆにさんに1票な!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「なんだい、新人くん」
「蒼林さんがまだですよ! 誰に入れるんですか!」
「俺? 俺はすぬ婆だよ」
「「「えええええ!!!!! まじっすか!?!?!?」」」
「なんだか楽しそうだね」
「あ、はしチーフ! いつ日本へ?」
「今しがただよ。バルセロナ支社でのメディカルヘルス事業もだいぶ落ち着いたから、夏季休暇も兼ねて帰国したんだ。ところで、なにを話してたの?」
「ミス・ワールド・ブルーを決めてるんですけど、今のところ、ゆにさん2票、優谷さん1票、ぽん子ちゃん1票、まる部長1票、すぬ婆1票なんですよ! はしチーフは誰に入れます?」
「私かい? うーん……事務部のMINAちゃんとか?」
「「「おおおーーー!!!」」」
「じゃあ、ゆにさん2票、優谷さん1票、ぽん子ちゃん1票、まる部長1票、すぬ婆1票、MINAちゃん1票、か! くうー! 盛り上がってきたー!」
……にゃんだか、すごく楽しそうだ。俺様にはさっぱりわからにゃいが。まあいい、放っておくとするか。
◇
食堂を少し奥に進むと、おや? 自慢のヒゲがヒクヒクする。にゃにやら美味しそうな匂いが流れてきた。
「おやおや、この前の黒猫かな? お~い、八子!」
「あらまあ! こんなところで再会するとはねぇ~! おいでおいで~」
フン、俺様が簡単に人間どもに屈すると思うにゃよ。俺様がその気ににゃれば、このブラックサンダーネイルアタックで切り刻んでやるからにゃ。覚悟するんだにゃ。
「あら? ちょっと警戒してるのかしら……」
「おやつでもあげてみようか? でもあんこは猫に悪いか……」
人間どもめ、この俺様を手懐けようとしても無駄だぞ。
と思っていたら、明るい声が聞こえてきた。
「あ、ほんならアタシの持ってるこれ使います?」
明るい声の方を見ると、人間の女がいた。「御八堂」と書かれた紙袋を提げている。俺様は人間どもの使う「漢字」とやらも読むことができるのだ! どうだすごいだろう! まあ、主がくれたこの特注品の首輪のおかげにゃのだが。
「おばちゃん! アタシな、この前な、猫カフェに行ってきてん! そんでな、『おやつあげてみませんか~?』言われてな、いくつかもろたんやけど、返すの忘れてもうてん!」
「そうだったの~! でも伊予ちゃんのおかげで、この黒猫ちゃんと仲良くなれそうだわ~!」
にゃんか勝手に盛り上がっているが、俺様はお前たちの相手をしている場合では……
「にゃにゃにゃ!?(あれは、キャットフード業界トップクラスのペーストおやつ『にゃおにゅーる』じゃあにゃいか!?)」
「おお、黒猫の目の色が変わったな!」
否! 俺様の目の色はいつも通りだ!
「え、めっちゃ可愛ない? おばちゃん、行けるで!」
お、俺様が、そ、そんにゃものに、食らいつくわけ……
「ほら、おやつよ~!(にゅにゅにゅ)」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ
「ふにゃ~(今日はこれくらいにしてやる)」
◇
腹も満たされて、少し眠くにゃってきた。窓辺で日向ぼっこでもするか。
「にゃふう~ん(日光が気持ちいいにゃ~)」
窓際のテーブルから、話し声が聞こえる。
「蒼社長とゆにさん、絶対デキてますって! 優谷さんもそう思いません?」
「まあまあMINAちゃん。それはただの噂だし……」
「だって二人きりで夜景を見に行ったんですよ? ただの社長と秘書だけの関係なら、そこまでします?」
「そうねえ……」
「まる部長はどう思います?」
「うーん、そう言われるとなにかあるような気もするけどね……」
「ですよね!?」
「まあまあMINAちゃん。ところでまる部長、ぽん子ちゃんは?」
「私たちの飲み物を取りに行ってから、もう5分以上経つよね。私、見てくるね。あ、いいからいいから、優谷さんとMINAさんは待ってて!」
ガッシャーーーン!!!
「ふしゃーーー!?(にゃんだ!?)」
「え、なになに!?」
「すみません、まる部長! わたくし皆さんの注文した飲み物をドドっとこぼしてしまいました! そそっかしいのがウリですのでなにとぞご容赦くださいませ!」
そそっかしいというか、おっちょこちょいというか、とにかく騒がしい奴もいたもんだにゃ……。
せっかくのシエスタが台無しだ。
◇
にゃんか疲れてきたにゃ……。
ん? あれは誰だ? 見たことにゃい奴がいる。
長い髪、眼鏡、にゃんとも賢そうじゃあにゃいか。まあ俺様ほどじゃあにゃいが。
にゃにかを耳につけて聞いているみたいだ。話の内容まではわからにゃいが、顔色一つ変えずに聞き入っているように見える。
それにしても、テーブルの上の丸くて黄色いやつ、めちゃくちゃ美味しそうだにゃ。赤いとろっとしたやつがかかってて、色のコントラストが素晴らしい。俺様は人間どもと同じように色の識別ができるスーパーキャットにゃのだ! どうだすごいだろう! まあ、主がくれたこの特注品の首輪のおかげにゃのだが。
でもにゃ、かすかにタマネギ臭がするから、俺様には毒にゃんだろうにゃ……。
◇
さっきから気ににゃっていたのだが、あれはにゃんだ?
天井にぶら下がってる、黒い箱みたいなやつ。
じーーーーーっと見張られている気がするにゃ。
……にゃんとにゃくだが、俺様にはわかる。
あの黒い箱の向こうには、人間どもの中の誰かがいる。
でもきっと、そいつの存在を気にするやつはいにゃいんだろう。
まるでもともといにゃかったかのように。
よーく見ると、黒い箱には「Blue Moon」と書いてある。
そう、俺様は人間どもの使う「英語」とやらも読むことができるのだ! どうだすごいだろう! まあ、主がくれたこの特注品の首輪のおかげにゃのだが。
◇
そろそろ帰るとするか。
あ、その前に、一応波の顔を見てやるとするか。
確か「喫茶 花」とか言ってたにゃ。
「あ!」
にゃ、にゃんだ!? お、お前は、この前の!
「波さん! この前話した黒猫ちゃん! ここにいるよ!」
そうだ、こいつは波の知り合いだった。
「はいはーい! ……あ」
「にゃおう(よう、しっかりやってるか)」
「なに実家のお父さんみたいなことを……」
「波さん?」
「はっ! いえ、なんでもないです! こんなところにいたら衛生的によくないので、連れ出してきますね!」
「にゃにゃー!?(誰が衛生的によくにゃいだって!?)」
◇
波に首根っこを掴まれた俺様。くそっ、こんにゃはずでは……。
食堂を通り過ぎている間も、話し声が聞こえる。
「やっぱりやろうよ、『ゆにバーチャルスタジオジャパン』!」
「絶対ダメです!」
「いいと思うんだけどなあ。ねえ、蒼木部長?」
「はあ……」
「もう社長ったら! 蒼木部長が困っているじゃないですか!」
「でもさ、ゆにさん。ゆにさんは社内でも屈指の人気社員なわけで。さっきも男性社員の間で人気投票があったみたいだけど、ゆにさんがトップだったよ?」
「え、そんなことしてたんですか!?」
「ちなみに私もゆにさんに入れといたから」
「社長!!」
「ゆにくん、すまん。私も君に入れた」
「蒼木部長までなにしてるんですか!!」
本当に、人間どもはバカばっかりだにゃ。
◇
厨房の前を通りかかったとき、波は声をかけられた。
「おや、波ちゃん。その子はどうしたんだい?」
「あ、すぬたさん。なんか、迷い込んじゃったみたいで……すぐに追い出しますから!」
「あー、その子なら大丈夫だよ。この会社内は特殊な巨大空気清浄機が備え付けられているから、野良猫が入ってきても衛生的に問題ないのさ」
「にゃいにゃい!(俺様は野良猫じゃにゃい!)」
「……でも、食堂には不適切だと思うので」
「そうかい。まあ、それもそうだねえ。すまないね、社外の人にそんな仕事させちまって」
「気にしないでください。それじゃ!」
◇
「あ」
「やあ、波。お疲れさん」
「……お疲れ様です、マイトンさん。はい、これ」
「ぎにゃー!(これとはにゃんだ!)」
「ありがとう。楽しかったかい、ダン?」
「にゃむにゃ(まあまあかにゃ)」
「アハハ! それはよかった」
「……じゃ、私は片付けがあるのでこれで」
「うん、それじゃまた」
主に連れられて、俺様は帰路に就いた。
「にゃにゃあん?(そういえば、手に持っているそれはにゃんだ?)」
「これかい? スーパー婆ザー特製の薬品だよ。なんでも、髪の毛1本あればどんな人にも変身できるらしい」
「にゃおおん?(誰かに変身するのか?)」
「さて、ね」
◇
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「皿にこびりついた汚れ」とでも言っておこうか。
「ブルーサマーフェスティバル」、略して「ブルサマ」。ワールド・ブルー株式会社、喫茶 花、御八堂が共同開催したこのイベントで、俺はなぜか皿洗いをしていた。すぬ婆に叱られ、貶され、罵られ、ひたすら皿を洗う一日だった。
だが、ようやくすべてが終わり、俺は解放された。俺はもう皿の汚れ殺し屋じゃあない。
ワールド・ブルー本社ビルの最上階にある食堂。そのすぐ上の屋上で、俺は一服している。
スーッ……フーッ……
仕事をやり遂げた後のココアシガレットは、美味い。
◇
社会的殺し屋、根来内 弾。
彼の今回の出番は、少ない。
(続く?)
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