ノグ・アルド戦記⑥【#ファンタジー小説部門】
第5章「決意」
王弟ルドをニアーグ城に残し、ユベル解放軍はウォレーに向かった。王都までは3日ほどで着く予定だ。道中は、国境付近でならず者を討伐した以外では、特に激しい戦闘もなかった。その討伐戦も、ほとんど被害が出ずに済んだ。
ヴェントスに鍛えられたというだけあって、アイオルの剣の腕も大したものだった。山賊はもちろんのこと、並の兵士にも引けを取らない。商才こそ皆無だが、騎士の素質は十分にある。より剣術を磨けば、あの【炎の騎士団】をも圧倒できるようになるのではないだろうか。
エメラ女王も、風魔法を操り、勝利に貢献していた。加えて、回復魔法も使えるので、攻守の両方で活躍している。アネモスも、さすがニアーグ女王の側近というだけあって、相当の実力者だ。
意外なのはエリフだ。脆弱そうに見えるが、高度な魔法を操ることができる。なんでも、エルド王国随一の天才魔道士だとかで、古代魔法の研究なんかにも力を入れているらしい。
魔法を使うには努力も当然必要だが、そもそも素質がないと話にならない。どんなに血のにじむような努力をしたところで、先天的な魔力を持っていなければ魔法は使えないのだ。
武術の心得もなければ、魔法の素質もない。そんな人間は、はたして解放軍に必要なのだろうか。
◇
いよいよ明日には王都へたどり着くという日の夜、野営地の外れで一人佇んでいるエリフの姿があった。
「よお」
「あ、ソルムさん」
「ずっと一緒にいたはずなのに、なんだか久しぶりにあんたを見かけた気がするよ」
「そうですか? まあ、私はエルドの人間なので、目立たないようにしていましたから……」
エリフは力なく笑った。いつものように青白い顔をしている。3日も歩けばそりゃ誰だって疲れはするが、エリフの疲弊感は著しかった。
「相当疲れてるんじゃないか? ほら、やるよ。高即効性の薬草茶。滋養強壮、体力回復、精力増強といったらこいつだぜ。あとメンタル回復にも効果抜群さ」
とっておきの薬草茶を渡すと、エリフは少し困惑の表情を見せつつも、「ありがとうございます」と言ってボトルを懐に入れた。
「俺、エリフと話したかったんだよ」
「私と……ですか?」
「そうそう。体は弱いみたいだけど、魔法が使えるんだって? それにすごい物知りだっていうじゃないか」
「いえ、そんなことは……」
「あ、いや、皮肉じゃないんだ。俺、ノグ・アルドの歴史に興味があってさ。今まで商売のことばっかりやってたから、あまりそういうのを勉強してこなくて。エリフならいろいろ知ってそうだから、聞かせてくれないか?」
「そういうことでしたか。私の知っている限りでよろしければ、喜んで」
エリフの表情がパアッと明るくなった。敵国エルドの王子という立場上、エリフはどうしても孤独になりがちである。何気ない会話で、少しでも気が楽になれば良い。
「どのようなことから話しましょうか」
「そうだな……ノグ・アルド大陸ができたときのこと、とか?」
「わかりました」
エリフは深呼吸をしてから、ノグ・アルドの伝説を語り始めた。
「600年以上も前のことになります。この辺りには、一体の巨大な竜が生息していました。牙はあらゆるものを裂き、鱗は鋼のように硬く、爪は地割れを起こし、瞳は闇をも照らす。竜は人知を超えた絶大な力を持っていたのです。その頃にはすでに人類もいましたが、人類と竜とはそれぞれ違う環境で共存しながら生きていました」
「ところが、突然竜が暴れ出し、人類の生活を脅かしたのです。先ほどの絶大な力に加えて山のような巨躯を持つ竜に、人類たちは為す術もなく蹂躙されていきました」
「そんな中、竜を倒すべく4人の若者が立ち上がりました。開拓の戦士・エルド、伝説の冒険家・ウォレー、疾風の騎士・ニアーグ、そして聖女・ユベルです。この4人を中心とした討伐隊が結成され、人類と竜との戦いが始まりました。彼らは、ユベルの持つ不思議な力によって生み出された4つの武器を手に、竜に立ち向かいました。それらが【竜の神器】といわれています。【竜の神器】によって竜は力を失い、大きな山の頂上に封印されました。竜の亡骸はユベルによって形を変え、今では【頂の祭壇】と呼ばれていますね。そして4人は、二度と封印が解かれることのないよう、離れた場所でそれぞれ国を築き、それぞれの【竜の神器】を厳重に守ってきました。その国というのが、エルド王国、ウォレー王国、ニアーグ王国、そしてユベル聖王国なのです」
竜が封印された地、それがノグ・アルド大陸だった。エリフはさらに続ける。
「こんな言い伝えがあります。
『竜の神器が頂に集いし時 大いなる力は甦り 最も強き望みが叶えられん』
どうやら【竜の神器】には望みを叶える力があり、その望みの力が、竜を封印したといわれています。私なら……いえ、なんでもありません」
言いかけて、エリフは語りを終えた。
最も強き望み。それがすべての始まりであり終わりであることを、このときは誰一人として知る由もなかった。
◇
ウォレー王都には、午前のうちに着いた。城下町は活気にあふれ、そこかしこで威勢のいい声が交差している。右を見れば、色とりどりの野菜や果実が屋台に並び、水揚げされたばかりの魚の群れが荷車の上でピチピチと跳ねている。左を見れば、ありとあらゆる種類の服や帽子、アクセサリーなんかが陳列されており、お洒落な紳士淑女の視線を独占していた。さすがは商業の町である。
しかし、一行は買い物をしに来たのではない。賑やかな市場を素通りし、ウォレー城でザポット王に謁見する必要がある。ニアーグ軍の一部が参加しているとはいえ、ユベル解放のためにはウォレー軍の協力が不可欠なのだから。
城の近くまで来たときに、一人抜けることになった。
「すまん、アイオル。俺ちょっと抜けるわ」
「ソルム?」
「テラ様のところだろう」
ヴェントスが察したようにつぶやいた。馬車は解放軍の群れを離れ、東へ向かった。
◇
城から少し東へ進んだところに、グランド商会の屋敷がある。ウォレーでは城の次に大きな建物だ。レンガ造りの屋敷は威風堂々と佇んでおり、ここを出発したときからなにも変わっていなかった。門の前に馬車を留め、住み慣れた屋敷の中に足を踏み入れた。
まだひと月も経っていないのに、随分と長いこと留守にしていた気がした。屋敷の中は、水を打ったように静かだ。家主のテラは外出しているのか? 鍵もかけずに? そう思いながら歩いていると、廊下の曲がり角から見慣れた顔が不意に現れた。
「うわっと! なんだ、ソルムか。帰ったのか」
大柄な体、満月のようなスキンヘッド、鷹のように鋭い目つき、ほったらかしの無精髭。誰あろう、テラ・グランドその人だった。
「うん、今帰ってきたとこ」
「そうか」
「……あのさぁ、親父」
「なんだ?」
「話があるんだけど、いいかな?」
「そうだ、そうだな……わしはお前の話を聞く必要がある」
父子はリビングに入り、向かい合うようにして腰掛けた。
息子は、この半月のことを父親に話した。ユベル国内でクーデターが起き、その隙を突いてエルドが侵攻を始めたこと。アイオルが実はユベルのラピス王子で、そのためにエルド兵に追われたこと。ユベルを取り戻すため解放軍を結成し、ニアーグとウォレーが国を挙げてこれに協力してくれること。ついでに、エリフ王子にノグ・アルドの歴史について教えてもらったことまで伝えた。テラは、息子の話を黙って聞いていた。
「今アイオルたちは、城でザポット王と話してる。ウォレー軍と合流次第、すぐにユベルへ向かうはずだ」
「お前は」
テラが突然口を開いた。
「え?」
「お前は行かないのか?」
「俺は……」
さすが「商業の父」と呼ばれているだけあって、人の心理には敏い。テラの前で隠し事はできなかった。
「俺は、戦えないからさ。アイオルはヴェントスに稽古つけてもらってて、けっこう剣術は上手かったじゃん? そのヴェントスは元々ユベルの騎士だし。それに、エメラ女王やエリフ王子は魔法が使えるもんな。でも俺は……なにもできないからさ」
いつになく弱気な息子の姿がテラにどう映っていたのかはわからない。暫しの沈黙が流れた後、テラはおもむろに語り出した。
「伝説の冒険家・ウォレーは知っているな?」
「ウォレー?」
「彼は冒険家と呼ばれているが、元々はただの商人だった」
「そうなのか……?」
「エルドやニアーグのように武術に長けているわけでもない。実際、ウォレー王国の【竜の神器】である【大地の爪】は、元々ニアーグが使った槍だといわれているしな。それに、聖女ユベルのように魔法が使えるわけでもない。ましてや、戦術眼やリーダーシップに優れているわけでもなかった。そんなウォレーがどうして四雄の一人になったか、わかるか?」
首を横に振る。テラは続けた。
「ウォレーは、戦い以外の部分で仲間を支えたのだ。エルドとニアーグが衝突すればそれを仲介し、ユベルの体調が優れないときには看病をし、武器や食料の補充・管理なんかも一手に引き受けていたそうだ。ウォレーがいなければ、討伐隊はまるで機能しなかったとまでいわれている」
テラは、遠回しになにか伝えようとしているに違いない。
「アイオルやヴェントス、エメラ女王やエリフ王子、ニアーグやウォレーの兵士たちがどんなに戦闘に秀でていたとしても、武器がなければ戦えない。食べ物がなければ飢えてしまう。仲違いをすれば士気が下がる。誰かが支えてくれなければな」
黙りこくった息子に、鷹のような眼光が注がれている。
「わしだって同じだ。『大商人』だの『商業の父』だの言われているがな、わし一人ですべてを成し遂げたわけじゃない。商会の連中はもちろん、ザポット王や商人仲間、それにたくさんのお客様に支えられてここまで来れたんだ。わしは、誰かに助けてもらわにゃなにもできない、ただの禿げたおっさんだよ」
鷹の目が、少し緩んでアーチ状になった。テラの表情には、父性のような温かみがある。
「戦えないからといって、なにもできないわけじゃない。ウォレーは自分にできることを見つけ、貢献した。それが伝説の冒険家たる所以だ。話は以上だ」
テラはパイプを取り出し、マッチで火を点けた。
そうだ。戦いに直接貢献できなくても、それ以外の部分でできることはたくさんあるはずだ。テラは、伝説の冒険家と息子が重なって見えたのだろう。だからこんな話をしたのだ。
「わかったよ、親父。俺は俺にできることをする。じゃあ、行ってくるわ!」
意気を取り戻して飛び出していく息子に、テラはこれ以上なにも言わなかった。リビングに漂っていたパイプの煙が、はつらつとした背中を見送って消えた。
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