ノグ・アルド戦記⑫【#ファンタジー小説部門】
第11章「悲劇の真実」
【泡沫の瞳】から放たれた光が、ユベル城の大広間を青く包み込んだ。その中心にいるラズリが話し始めたとき、辺りは妙に静まり返っていた。
「……あのとき、かくれんぼの鬼は私だった。客間のバルコニーを覗くと、アクア王妃がいた。『見つかってしまいました』とはにかんでいた。笑い合った次の瞬間、例の嵐だ。まるで城を壊そうとしているかのように、暴風雨が巻き起こった。二人で逃げようとしたが、風が強すぎてろくに歩けない。バルコニーも軋み出し、その揺れが怖くて私は身動きが取れなくなってしまった。もうダメかと思ったそのとき、エリフと一緒にやってきたラピスが、バルコニーまで駆けつけてくれたのだ」
アイオル、イグニ、そして周囲の者たちは、誰一人として口をはさむことなくラズリの話に耳を傾けていた。
「だが、ラピスが助けに来てくれたのも束の間、バルコニーは限界を迎え崩れてしまった。我々三人は川に落ちた。結構な距離を流されたものの、巨大な倒木に引っかかり、それ以上流されることはなかった。ラピスの判断で、私がまず陸に上がり、次にアクア王妃、最後にラピスが上がることにした。
水は勢いを増し、川は氾濫してきた。そして、私が陸へ這いずり上がった直後、大きな岩が我々の方へ流れてきた。川から出た私と小柄なラピスは事なきを得たが、アクア王妃は流れてきた大岩に足をはさまれてしまったのだ。私が無我夢中で引っ張ってもびくともしない。アクア王妃は『あなたたちだけでも逃げなさい』とおっしゃった。正直、私はラピスを引き上げたらそうするつもりだった。
しかし、ラピスは違った。川の中に潜り、はさまったアクア王妃の足を助けようとしたのだ。情けない話だ。弟がこんなに命懸けで王妃を救おうとしているのに、兄の私はただベソをかいているだけなのだからな。だが、ラピスとてまだ少年。大岩を動かせる力はなかった。そこに、鉄砲水のような水流がやってきて、二人を飲み込んだ。アクア王妃は身動きが取れずその場で溺れ、ラピスは無情にも流されてしまった。イグニ王子がやってきたのは、その直後だ」
イグニは、相変わらず黙ったまま床を見つめていた。ラピス王子が母親を助けようとした。その事実を受け入れられず、イグニは怒りに任せて大声を上げた。
「ゴチャゴチャうるせぇ! 母上はラピスに助けられただぁ? ふざけんな! そんなこと信用できっかよ!」
怒りと動揺とがないまぜになった複雑な感情を、イグニは制御できなかった。そんなイグニの前に立ったラズリは、おもむろに両手を広げた。
「その通りだ。貴殿に信じてもらえなくても無理はない。だから私は、代わりにこの体を貴殿に捧げる。首なり腕なり好きなだけ切り刻んでくれていい。だが、ラピスや聖王に罪はない。悪いのは私だけだ。不躾で申し訳ないが、これで一つ許してはくれまいか」
ラズリの覚悟に、イグニや周囲の人間は言葉が出なかった。華奢な右腕には投げ戦斧の大きな傷があり、そこから真っ赤な血が滴っている。
しばらく沈黙が続いた。その後、イグニはおもむろに投げ戦斧を右手に持ち替え、「くそぉっ!」と叫びながら、八つ当たりするように思い切り床に打ちつけた。落ち着きを取り戻したイグニが再び口を開いたときには、その目から憎悪は消えていた。
「いや……やめとくぜ。てめぇが……ラズリ王子がいなけりゃ、母上はかくれんぼで見つからないままだったかもしれねぇからな」
険しい表情ではあったが、敵意はもうない。
「モエル、怪我人を治療してやれ。一人残らずな。ヴォルカノも手伝え」
落ち着いたイグニは、部下の方を見ずに命令した。モエルは優しく微笑み、解放軍の戦士たちに回復魔法をかけて回った。それを見たエメラは、モエルをサポートした。ヴォルカノはバツの悪そうな顔をしながら、自身が気絶させたヴェントスの救出に向かった。
「完全に信用したわけじゃねぇ。だが……さっきの話が本当なら、俺は母上の恩人を殺した大バカ野郎になっちまうからな。後のことは勝手にしてくれ。父上……エルドのガルネ王には、俺から説明しておく」
イグニの理解に、双子の王子は顔を見合わせて笑った。それを見ていたキーロは、朗らかにイグニの肩を叩いた。
「いやー、話がわかる男っすね! 嫌いじゃないっすよ、そーゆーの!」
「馴れ馴れしいな、てめぇ」
「ときに相談なんすがね、イグ兄」
「誰がイグ兄だ」
漫才のようなやりとりに皆笑ったが、キーロは構わず続けた。
「ガルネ王に説明する際に、我々解放軍も出席させてほしいんす」
「はぁ?」
「クーデターが収まり、侵攻も中止。イグ兄だけ戻って報告しても、王に叱責されて終わりじゃないっすか。三国家の各代表がいる解放軍の主要メンバーを連れていけば、さすがのガルネ王も蔑ろにはできないっすよね?」
「フン、勝手にしろや」
「あーざっす! さすがイグ兄!」
「そのイグ兄ってのやめろ!」
大広間は、温かい笑いに包まれた。
クーデターの収束により解放軍はその役目を終えたが、便宜上このままのメンバーでエルド王国へ赴くことになった。
怪我人の治療と遠征の準備を終え、いざ出発というタイミングで、大広間の入口に一つの影が現れた。全身を黒いローブで包み、顔はフードと仮面で隠れている。その姿を見たある人物は、恐怖で引きつった声を上げた。ターコイズだ。
「あ、あ、あいつだ……あいつが私を唆したのだ……!」
ターコイズを裏から操った黒幕がなぜここにいるのか。仮面の男は黙ったまま、右手を開いて前に突き出した。すると、どこからともなく黒い影が現れ、目にも留まらぬ速さで駆け回り始めた。アイオルたちは身構えたが、なにぶん影のスピードが速すぎて対処のしようがない。影が男の下へ戻ったとき、意外にも誰一人として怪我はしていなかった。しかし、アイオル、ラズリ、キーロの三人だけは、あることに気がついた。
「あれ……? ない……」
「お前もか、ラピス」
「あ、自分の槍が、【大地の爪】がないっす!」
仮面の男の足元には、二つの青い宝珠、黄金の槍、そしてエメラルドグリーンの盾があった。そう、【竜の神器】が奪われてしまったのだ。
「嘘ぉ!? あれも【竜の神器】なのか!?」
「なぜ【大地の爪】をお前が持っていたんだ、キーロ」
双子の質問攻めにキーロは「あれは自分の標準装備なんすよ! てか今はそんなこと言ってる場合じゃないっす!」と早口で答えた。
三人がそんなやりとりをしている間に、どこからともなく投げ戦斧が飛んできて、勢いよく仮面に当たった。イグニの仕業だ。仮面はパリーンと高い音を鳴らし、砕けて飛んでいった。
「俺が言えたことじゃねぇが、勝手に入ってきて勝手に人のもん盗るたぁ、礼儀知らずも甚だしいぜ。誰だ、てめぇは」
男は、おどろおどろしい低い声を響かせ、フードを脱いだ。
「誰だ、ですか。この顔を忘れるとは、あなたも大概ですよ……兄上」
フードの中から現れた冷徹な笑みは、エリフのものだった。
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