ノグ・アルド戦記⑪【#ファンタジー小説部門】
第10章「炎の騎士団」
クーデターの黒幕は、エルドの【炎の騎士団】にいるかもしれない。そんな疑惑を持ち始めたユベル解放軍の前に、その【炎の騎士団】が現れた。その数、わずか3人。
団長のイグニは、エルド王国の第一王子にして、大陸一を誇る精鋭部隊を率いる筆頭将軍である。目をギラつかせて解放軍の面々を眺めている様子は、獲物を選りすぐりしているハイエナのようだった。
イグニの後ろに控えている二人もまた、【炎の騎士団】の中でも高位にある将軍だった。
イグニの右後ろに立つ男は、テラやルドよりもさらに背が高く筋肉隆々で、その巨体に見合う巨大な斧を引っ提げている。顔や腕には、百戦錬磨を思わせる傷痕が大量についていた。衣服に野獣の毛皮をあしらっているあたり、山賊と見分けがつかない。主君と同じようなニタニタを浮かべているが、目が血走っているところがイグニ以上に好戦的な印象を与えている。
一方、反対側にいるのは若い女性で、イグニの鎧と同じ真っ赤なローブを羽織っている。肌は雪のように白く、目は透き通るような若葉色。肩にかかった栗色の長い髪とほんのり上がった口角が、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「俺はエルド王国第一王子のイグニ! そしてこの二人は、【炎の騎士団】の中でも特に強えぇ【四炎】の奴らだ! このでけぇのが【爆炎】ヴォルカノ、こっちが【陽炎】モエルだ! よろしくなぁ!」
イグニの紹介に、ヴォルカノは雄たけびを上げ、モエルはニコッと微笑んだ。
【四炎】とはいわゆる四天王のことで、それぞれ炎に因んだ異名がつけられている。残り2人の情報は不明だが、【四炎】の半分がこの場にいる時点で、事態はかなり悪い。
「クーデターは落ち着いたか? そうかそうか、ご苦労さん。んじゃ、後はエルドがいただきますか」
「待て」
勇敢にも、ラズリが割って入った。
「あ?」
「勝手に他国に攻め入るとは言語道断。それに、どうやってこの城に入った?」
解放軍の半数以上が、クーデター派を逃がさないよう城の周りを取り囲んでいたはずだった。
「あー、あれね。のしちまったよ、俺ら三人で」
「!!」
まさか、とその場にいる(イグニ一行を除く)誰もが思った。
「後よぉ、勝手に攻めんなとか言ってっけどよぉ、うちの王妃を殺したのはどこの国の誰だったか、忘れてねぇよなぁ?」
アイオルは背筋が凍りつくような感覚に陥った。イグニの顔からニヤニヤが消え、本気の表情になっている。本気の怒り、いや憎しみだ。この王子は、母親を死なせた自分を憎んでいる。激しい復讐心が、イグニの全身から湯気立っているように見えた。
「あー、そういや双子だったっけか。どっちがどっちかわかんねぇから、両方ぶっ潰してやるよ、ユベルの王子様よぉ!」
次の瞬間、イグニはラズリの目の前に現れ、大剣を振るった。間一髪でラズリは剣を抜き、一閃の斬撃を受け止めた。転移魔法ではない。が、あまりのスピードにラズリは動揺していた。ラズリはサファーに「お逃げください、父上!」と言い放ち、聖王はその言葉に従い後方へ避難した。
ヴォルカノとモエルも駆け出していた。ヴォルカノの斧をヴェントスが、モエルの炎魔法「火の礫」をエメラの魔法壁が食い止める。
行く手を阻む剣にも動じず、それを難なく弾いたヴォルカノは、ヴェントスの鳩尾に蹴りを入れた。ヴェントスは砲弾のようにすっ飛び、壁にめり込むように衝突した。
「もう終わりかァ……? まだだろォ……まだ足りねェ……!!」
どうやらヴォルカノは、戦闘を狩りのように考えているらしい。すぐにヴェントスの下へ駆け寄り、胸ぐらを掴んでは反対方向の壁へ向かって投げ飛ばした。ヴェントスは、またしても猛烈なスピードで壁にぶつかった。二度も投げ飛ばされたことで、ヴェントスの意識はすでになかった。
「足りねェ……もっとォ……もっとだァ……!!」
ヴォルカノのあまりの狂気に、解放軍の兵士たちは四方八方へ逃げ惑う。その光景をたとえるならば、本物の鬼が鬼役をする鬼ごっこだった。
【陽炎】モエルと対峙していたのは、エメラだけではなかった。側近のアネモス、ウォレーの隠密部隊【影の衆】の頭領キーロとその部下であるキブ・マヤ兄妹が、エメラを守るようにモエルを取り囲んだ。しかし、モエルは余裕の笑みを浮かべている。
「あらあら、エメラ女王は慕われているわね。こんなたくさんの騎士に守られて。男女比も2人ずつで、ちょうどいいんじゃないかしら」
「あいにく自分は女なんす……よっ!」
おしゃべりをする暇は与えないと言わんばかりに、キーロが槍を突き出す。しかし、黄金に輝くその槍先が貫いたのは、モエルの幻影だった。
「イグニ様のお話を聞いていなかったのかしら? 私は【陽炎】よ」
モエルは、単なる火炎を操る魔道士にあらず。熱を利用して幻を作り出し、敵の目を欺くこともできる。彼女が【陽炎】と呼ばれる所以は、そこにあった。【陽炎】の魔法に翻弄された解放軍は、モエルに傷一つ負わせることができずにいた。
玉座付近では、ユベルとエルドの王子たちが鍔迫り合いをしていた。
イグニの攻撃を受け止めたかに見えたラズリだったが、すぐに体勢を崩されてしまった。横たわるラズリにイグニの大剣が振り落とされる。すると今度は、アイオルがその一撃を受け止めた。しかし、イグニはそれも難なく弾き返し、今度は標的をアイオルに定めた。素早くアイオルの背後に回り、背中に膝蹴りを浴びせる。アイオルは、激しい痛みに思わず声を上げた。ラズリが助太刀しようと斬りかかるが、イグニの左手から放たれた投げ戦斧に右腕を切り裂かれる。鮮やかな赤い血が噴き出し、ラズリはその場にしゃがみこんだ。端正な顔が痛みに歪んでいる。アイオルはラズリの下に駆け寄ろうとしたが、首根っこをイグニに掴まれ、ラズリの方へ投げ飛ばされた。アイオルの体はラズリの目の前に放り出され、右半分がラズリの血で染まった。
強すぎる。【炎の騎士団】の頂点にいるだけあって、イグニの強さは桁違いだった。イグニは武器を収め、双子の頭をむんずと掴み、自分の目の前に引き上げた。右手にラズリ、左手にアイオル。表情や血のつき方は違うが、瑠璃色の髪と目、それに鼻も唇も頬も、なにもかもが瓜二つだ。
「マジでおんなじ顔してやがる。母上を殺した憎たらしい顔だ!」
「一つ聞きたい。俺は、本当に王妃を殺したのか?」
「なんだぁ? まさか覚えてねぇのか?」
「俺は10年前の大洪水に飲み込まれ、記憶を失くした。だから自分がユベルの王子だということも最近まで知らなかった。あの日、一体なにがあったんだ?」
イグニに圧倒されながら、アイオルは大洪水の日のことを考えていた。どうして自分は流されたのか。どうしてアクア王妃はなくなってしまったのか。
「『記憶を失くした』だぁ? おいおい、ふざけてるとマジでぶっ潰すぞ、てめぇ」
「ふざけてなんかいない! だから俺は真実を知りたいんだ。なぜエルドがユベルを憎んでいるのか、俺は知りたいだけなんだよ!」
アイオルの言葉に興味を持ったのか、イグニは手を離した。双子の体は、床にボトリと落ちた。
「じゃあ教えてやるよ。10年前の、忌々しい悲劇をなぁ……!」
イグニは、つぶやくように語り始めた。
「あの日、父上に代わってユベル聖王国の王子生誕祭に出席するため、母上は俺とエリフを連れてこのユベル城にやってきた。そうだ、お前らのお誕生日会ってわけだ。母上はユベルの出身で、聖王の遠戚にあたるんだとかで、父上に懇願して出席したそうだ。
式典が終わり、俺たち兄弟はお前ら双子と一緒に、城の中を走り回って遊んでいた。まだガキだったからな。確かユベルの王妃はすでに亡くなっていたから、母上が俺たちを見守ってくれていた。途中からは、母上も一緒になってかくれんぼなんかをしていた。
だが、急に外が暗くなり、激しい嵐が起こった。本当に突然のことだった。堅牢な城の中にいても、打ちつける雨や吹き荒ぶ風の音はよく聞こえた。俺は急いで家族を探し、片っ端から部屋を当たった。最上階の部屋の扉を開けたとき、エリフの姿が見えた。壁には大きな穴が開いていて、雨が部屋の中に入り一面水浸しだった。エリフは、入口付近で座り込んで泣きじゃくっていた。なにがあったか聞いてみると、あいつは『母上が、双子の王子と一緒にバルコニーから落ちた』と言った。大きな穴は、バルコニーがあった場所だったんだ。
俺は急いで外に出た。横殴りの暴風雨に吹き飛ばされそうになりながら、必死に母上を探した。どんなに大きな声で叫んでも、すべて嵐にかき消されてしまう。それでも、喉が枯れるくらい叫びながら母上を探した。すると、氾濫する川の近くに、1人の子どもの姿があった。近づくと、そいつが双子の片割れだとわかった。そいつは川の一点を見つめて黙っていた。その目線の先にあったのは、倒木を背に横たわる、変わり果てた母上の姿だった。
俺は気が狂いそうになった。母上を助けようにも、ガキの腕力じゃどうしようもできない。でも諦めきれなかった。体温が奪われようとも、両手が血にまみれ傷だらけになろうとも、母上を救い出してやりたかった。だが、結局俺はなにもできず、駆けつけてきたユベル兵に連れられて城の中へ戻った。母上だけは、荒れ狂う川の中に置き去りにしてな。
これがあの日起きたすべてだ。城に戻って事の顛末を聞いてみりゃ、てめぇらはバルコニーではしゃいでいて、バルコニーから落ちそうになった。母上はそれを助けようとしたんだとさ。お優しい母上らしい行動だ。でも俺は、母上を誇らしくは感じなかった。それよりも、母上を死なせたてめぇらが憎くて仕方がなかった。俺だけじゃない。父上もエリフも、エルドの民もだ。てめぇら双子は、エルド王国の怒りを買ったってわけだ」
衝撃の事実に、アイオルは言葉を失った。アクア王妃は、自分たち兄弟を助けようとして命を落とした。
「だからクーデターが起きたのは絶好のチャンスだったよ。腐ったユベルをぶっ壊し、エルドとして新たに生まれ変わらせる。それが母上への弔いだ。だからてめぇらには責任を取ってもらう。死んで詫びろや!!」
再び大剣を手にし、イグニは振り上げた。アイオルは立ちすくんで動けない。アクア王妃への罪悪感が、アイオルを縛りつけているようだった。ヴェントスは意識を失い、キーロたちはモエルの相手で精いっぱい。
万事休す。
イグニの怒声とともに大剣が振り落とされた。大剣は、アイオルの体……ではなく、ラズリの左腕に当たった。ラズリがアイオルを庇ったのだ。斬撃を受け止めた腕輪は砕け散り、青い宝珠が露わになった。そしてその宝珠は、突然眩しく輝き始めた。そして、まったく同じ光が、アイオルの持つ青い宝珠からも放たれている。青い光はイグニを押し返し、大剣は空を舞った。その光景は、双子の王子を守っているように見えた。
「てめぇ、余計なマネしてんじゃねぇ……!」
「お前は間違っている……」
「あ? なにがだよ?」
「アクア王妃が私たちを助けようとしたのではない……! ラピスがアクア王妃を助けようとしたのだ!」
「なんだと……?」
眩しい青の光に包まれる城内。別の場所で戦っていた解放軍や【四炎】の面々は戦闘を中断し、固唾を飲んで三人を見つめている。青い光が最も強い場所で、ラズリの口から悲劇の真実が語られようとしていた。
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