見出し画像

ソーシャリー・ヒットマン外伝10「蒼き懐古の試食会」

俺は根来内ねらいうち だん。殺し屋だ。

殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。

俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。


しばらくワールド・ブルー株式会社の食堂で皿洗いをしていたせいで、本業がおろそかになっていたが、ようやく再開できた。

ただ、皿洗いの経験がまったく無駄になったわけではなかった。
先日は皿洗いの日雇いバイトとして潜入し、ターゲットのタレントが食べる料理のソースに超強力粘着剤「ヘバリーゼ」を仕込み、料理が皿にへばりついて全然食べられなかったターゲットに「食レポ下手くそタレント」の烙印を押してやったところだ。
料理ではなく、恥辱を味わわせてやったのだ。我ながら上手いこと言ったと思う。

こういうこともあるから、表社会にはある程度適応した方が良いのだ。


社会的抹殺ソーシャルヒットの案件も落ち着き、今日は久しぶりに予定がない。しかし、そんなときに限って無駄に早起きするのはなぜだろう。目覚めると午前5時だった。女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」をシーズン1から一気見するのもありだが、なんだか、腹が、減った。ポン、ポン、ポーン。

家には食べるものがない。コンビニか外食の二択だ。
コンビニは、意外と近所にない。となれば、外食しかあるまい。

午前5時に空いている店など、「喫茶 花」しかないじゃあないか。

フン、仕方ない。小花マスターには、ブルサマ以降なかなか顔を出せていなかったしな。

俺は身支度を整え、家を出た。



カランコロン……

なんとも言えない懐かしい音が響く。

「いらっしゃいませ~。あら、弾さん! お久しぶりですね!」

小花マスターがいつものように明るく挨拶をしてくれた。今日もきれいだ。結婚してくれ。

ほぼ開店凸なので客はいないと思っていたのだが、一人だけいた。ん、あいつは……

「おお、君は確かブルサマで皿洗いをしていた……根来内くんだったかな?」

そうだ。老舗和菓子店「御八堂」の主人だ。こんな朝早くからなんの用だ。

「ねえ、ご主人! 弾さんにも頼んでみたら? 弾さんは甘い物好きですもんね?」

「えっ……あっ……はい」

「そうかい? それじゃあ、お願いしようかねえ……」

俺に依頼だと? 誰かを辱めたいのか? いや、それでは「甘い物好き」の説明がつかん。
俺があばばばしていると、小花マスターが説明してくれた。

「少し前にうちの店で新作スイーツを出したんですよ。あ、弾さんも食べましたっけ? それが好評だったので、今度は秋に向けた新しいスイーツを考えているんです。今日は、御八堂のご主人とその試食をしていたところなんです」

ほう、新作スイーツの試作か。それならば、スイーツ・ヒットマンこと俺の出番じゃあないか。

「俺で良ければ……はい」

「引き受けてくれるのかい? ありがとう! 助かるよ!」

「ありがとう、弾さん! さっすがあ!」

はい、小花マスターの「さっすがあ!」いただきました。

「じゃあさっそくお願いしようかな! まずはこれなんだけどね……」

御八堂の主人が、皿を手渡した。
皿の上には、直径5cmほどの、丸くて黄色い満月のようなスイーツがあった。

「スイートポテトなんだけどね、若い人向けに味を調整したいんだよ」

「はあ。じゃあ……いただきます」

ぱく。


……む、これは。

「……うまい」

「おお、本当かい?」

うまい。サツマイモの甘みを十分に生かしつつ、生クリームなどで口触りをなめらかにしている。余計な糖分が入っていないから甘さ控えめではあるが、それが食べやすさにつながっている。お世辞抜きでうまい。

俺の好みではある。ただ、これは俺だけに向けられたものではない。

「……うまいですけど、少し物足りないかも。スイートポテトって、一度にたくさん食べるようなものじゃあないですよね? 喉乾くし。それなら、もう少し甘みを強くして、見た目も写真映えするように可愛らしくすれば、小娘どもにもウケるんじゃあないでしょうか」

「なるほどなあ……!」

「すごい、弾さん! 急に饒舌になって的確なアドバイスを! しかも、フフ、『小娘ども』ってw」

しまった。ついえらそうに語ってしまった。

「あっ、いや、す、すみません……」

「とんでもない! 率直な意見が聞けて嬉しいよ! じゃあ次もいいかい? これはね……」

こんな感じで、俺は試作スイーツを食べまくった。役得すぎる。

改善点を指摘しながらも、元々の味のレベルが高いので、どんどん食べてしまう。うまい。うますぎる。

「……やっぱり似てるなー」

小花マスターが不意につぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。

「え?」

「フフ、なんでもないです」

あっさりはぐらかされてしまった。
代わりに、御八堂の主人が口を開いた。

「いやあ、根来内くんは本当に美味しそうに食べるなあ!」

「はあ、どうも」

「なんだか、私の亡くなった親父を思い出すよ」

「親父さん?」

「御八堂の先代だよ。私が八代目だから、七代目だね。無口・無愛想・無頓着の三拍子揃った変わり者だったんだけどね、甘い物を食べているときだけはそれはそれは幸せそうな顔をするんだよ。あ、君のことを変わり者って言ってるんじゃないよ?」

八代目が笑いながら話す。

「うちはお袋が早くに亡くなったから、父子家庭だったんだよ。厳しい親父だったけど、和菓子に対しては素直というか、愛情いっぱいだったなあ。その姿を見てきたから、私も後を継いだのかもしれないね。あ、ごめんね! おじさんの昔話なんてつまらないでしょ!」

「あ、いえ……」

「そろそろ仕込みがあるから戻ろうかね。根来内くん、今日は本当にありがとね! じゃあ、小花さんまたね!」

そう言うと、八代目は「喫茶 花」を後にした。

思い出したかのように、小花マスターが口を開いた。

「あ、ごめんなさい、飲み物用意してませんでしたね! えっと、いつものにします?」

「いや……ブラックで」

さすがの俺も、大量の試作スイーツを食べた腹に黄金比コーヒー砂糖7:ミルク2:コーヒー1はきつい。

「かしこまりました! すぐお持ちしますね!」

小花マスターは、厨房の奥に消えていった。


「……御八堂の七代目、か」




社会的殺し屋ソーシャリー・ヒットマン・根来内 弾。

彼は、筋金入りの甘党である。

(続く?)




【あとがき】
どうも、最近甘い物を食べすぎてメタボまっしぐらのアルロンです。あばばばば。

おひさしぶりぶりのワーブルです。時間が空いたせいか、ふざけ方を忘れかけている気がします。

今回は、御八堂の七代目にフラグを立ててみました(3時のおやつさん、七代目を勝手に故人&父子家庭にしちゃってすみません)。はたしてどうなることやら!

【関連記事】

↓喫茶 花


↓御八堂


↓七代目の話がちょろっと出てくる回


【ワールドブルー物語】


【「ソーシャリー・ヒットマン」シリーズ】


#ワールドブルー物語
#挨拶文を楽しもう
#66日ライラン


いいなと思ったら応援しよう!

アルロン
なんと アルロンが おきあがり サポートを してほしそうに こちらをみている! サポートを してあげますか?