有意義王コンバットビースツ【ショートショート】
今、主に高校生の間で、爆発的な人気を誇るような気がしないでもないとまことしやかに囁かれているであろう可能性が微粒子レベルで存在するかもしれないカードゲームがある。
その名は、「有意義王コンバットビースツ」。40枚のカードからなるデッキを駆使して戦うというシンプルなシステムであるものの、傍で見るとなぜかまったくわけのわからないカードゲームとなっている。
ここ越美濃町でも有意義王カードは大流行。小さなゲームショップ「鶴のゲーム屋」でも、関連商品は飛ぶように売れていた。
「じいちゃん、ただいまー!」
店の扉をカランコロンと鳴らし勢いよく入ってきたのは、竹富士 遊四。店主・竹富士 助六の孫である。説明しがたい複雑な形と色彩の髪を持ち、見た目は小学生に間違えられるくらいには幼い遊四。だが彼は、越美濃高校に通う高校1年生にして、有意義王カードの優秀プレイヤーであった。
遊四の後ろには、金髪で背の高い、素行と頭がちょっとワルそうな高校生がいる。同級生の幕之内だ。
「遊四、お友達か?」
助六が問う。
「うん! 同じクラスの幕之内クンだよ!」
「よろしくな、じいさん。それで、オレも有意義王カードを始めようと思ってな」
「有意義王」のワードを聞いた助六は、すっかり気をよくした。
「そうかそうか! ゆっくり見ていくといい。デッキが完成したら、そこのプレイスペースですぐに交戦できるからの!」
説明するなり、助六は売り物のカードパックを大量に取り出し、「ほれ、好きなだけ取っていくがよい」と幕之内に差し出した。たじろぐ幕之内。そこに遊四が助け舟を出した。
「待ってよじーちゃん! 幕之内クンは初心者なんだ! だからまずルールを教えなきゃ!」
「ほっほっ、そうじゃったな、スマンスマン」
額をぱちんと鳴らし、助六は商品を仕舞った。
「ごめんね。じーちゃん、ボクと同じくらい有意義王カードが大好きなんだ」
「いいってことよ。それで、有意義王カードのルールを教えてくれるんだろ?」
「うん! まずはボクのデッキを使ってやってみようか!」
二人がきゃっきゃきゃっきゃしていると、またしても店の扉が開いた。
「フン……ど素人のニオイがプンプンすると思えば……貴様か、幕之内」
声の主は、幕之内と同じくらいの背丈で、越美濃高校の制服をきっちりと着こなしている。しかし纏った雰囲気はクールでどこか大人びており、キャベツのような緑色のマッシュヘアーが特徴的な少年だった。
「河馬井クン!」
「テメェ……河馬井! なんの用だ!」
牙をむく幕之内。だが河馬井はまったく相手にしない。
「貴様に用はない馬のフンめ。用があるのは遊四、貴様だ!」
遊四に人差し指を向ける河馬井。
「今日こそ決着をつけるぞ! どちらが真の交戦者なのか、ハッキリさせてやる!」
そのとき、遊四のペンダントが不思議な光を放った。そして、遊四の顔はさっきまでの穏やかな表情ではなく、自信に満ちたふてぶてしいものとなっていた。口調も荒々しくなり、心なしか身長も伸びている。
「わかったぜ河馬井! この交戦、受けて立つぜ!」
◇
店のプレイスペースに着席した遊四と河馬井。公式戦ではないが、一応助六が審判を務めることになった。ルールのわからない幕之内は、助六の横に椅子を持ってきて、観戦を決め込んだ。
「ライフポイントは4000じゃ」
「わかったぜ、じーちゃん!」
「交戦開始の宣言をしろ、じーさん!」
「交戦開始じゃ!」
遊四VS河馬井、宿命の交戦の火ぶたが、今、切って落とされた。
「オレが先攻をもらうぞ遊四! ドロー!」
先攻後攻はすでにジャンケンで決めていたはずだが、河馬井がマジな顔でいったのでだれもツッコまなかった。河馬井は勢いよくデッキの一番上のカードを引き、続けて手札からカードを出した。
「オレはビーストカード【アックス・マッスル】を誘致!」
「さらに、伏せカードを1枚セットし、ターン終了!」
「オレのターン! ドロー!」
今度は遊四が、デッキの一番上からカードを引く。
「スペルカードを発動! 【手品師の出現】!」
緑色のカードを場に出す遊四。
「【手品師の出現】により、オレはデッキから【白スーツの手品師】を誘致するぜ!」
「おお、遊四のキャプテンビーストじゃ!」
審判の助六は、自分の仕事も忘れて叫んだ。
「そんなにすごいのか?」
「そうじゃ、幕之内。通常、レベルの高いビーストを誘致するには年貢が必要なのじゃ。それを年貢なしで、それも1ターン目に誘致したのじゃぞ!」
「いや、ルール知らねんだわオレ」
聞き慣れない単語が頭の中でぐるぐるする幕之内。「誘致ってなんだ?」「年貢が必要ってどういうことだ?」と疑問ばかりが浮かぶが、聞いたところで理解できそうもなかったので黙ることにした。
「とにかく、遊四が一気に優勢となったのじゃ!」
ビーストカード同士を戦わせることで、相手プレイヤーのライフポイントを削っていき、先に0にした方が勝ちとなる。それが、有意義王カードの基本的な勝利条件である。
「行くぜ河馬井! 【白スーツの手品師】で【アックス・マッスル】に攻撃!」
「甘いぞ遊四! ギミックカード発動! 【攻撃の非力化】!」
「やるな河馬井」
「フン、これくらいで感心されては困る。交戦はまだまだこれからだ!」
「そうこなくっちゃな! オレは伏せカードを2枚セットし、ターンを終了するぜ」
「オレのターン! ドロー! オレはスペルカード【欲張りな湯飲み】を発動!」
河馬井がカードを引く。カードのオモテ面を見た瞬間、河馬井は高笑いを響かせた。
「フフフ……フハハハハハ! 遊四! オレの最強ビーストを見せてやる!」
遊四の顔色が変わった。
「ま、まさか……あのビーストを誘致するというのか?!」
「そのまさかよ、スペルカード発動! 【ビーストチェンジ】!」
この効果で【アックス・マッスル】を手札に戻し、【ゴンドラの管理者】を誘致!
「さらに、手札からスペルカード【ゴンドラを呼ぶ笛】を発動!」
「出でよ! 3体の最強ビーストカード! 【青き日の空飛ぶ小舟】!!!」
河馬井は、手札から3枚のカードを場に出した。澄み切った青空に向かって飛び立つ小舟の綺麗なイラストが描かれている。それは美術館の絵画さながらであった。
案の定、助六は素っ頓狂な声を上げた。
「なんじゃと?! 世界に4枚しかないという超レアカード【青き日の空飛ぶ小舟】を3枚も!!」
驚きを隠せない助六に対し、遊四と幕之内はノーリアクション。遊四は交戦中の駆け引きによるものであろうが、幕之内はただただ借りてきた猫のようによくわからないゲームを見せつけられているだけだった。
勝利を確信した河馬井が遊四に迫る。
「このターンで貴様は終わりだ、遊四! ブルーデイズ3体の攻撃! 【喜びのトリプルブーストクリーム】!」
すると、今までだんまりを決め込んでいた遊四がニヤリとした。
「甘いぜ河馬井! ギミックカード発動! 【鳩業】!」
「これによりオレはカードをドローするぜ!」
「ハッ! それがどうした! ブルーデイズの攻撃は止められん!」
「それはどうかな!」
「なんだと?!」
「オレはさらに、ギミックカード【予知予知歩き】を発動するぜ!」
「この効果でオレは、【封印されしエロフィギュア・右腕パーツ】と【封印されしエロフィギュア・右足パーツ】と【封印されしエロフィギュア・左足パーツ】を手札に加えるぜ!」
「なん……だと……?!」
「知ってるよな河馬井! 【封印されしエロフィギュア】のカードは、5種類のパーツに分けられている。そのすべてのパーツをそろえたプレイヤーは、勝利が確定するのさ!」
「ま、まさか……!」
「オレの手札にはすでに【封印されしエロフィギュア・左腕パーツ】と【封印されしエロフィギュア・胴体パーツ】がある! これですべてのパーツがそろったぜ!」
「う、うそだあああ!!!」
「オレの勝ちだぜ河馬井!」
「うわあああああ!!!!!」
「ハッキリいっとくぜ。お前、弱いだろ」
「勝者、遊四!!!!! さすがワシの孫じゃ!!!!!」
この光景を見た幕之内は、だれにもなにも告げずひっそりと帰路に就いた。
そんな無意義なお話だったとさ。どっとはらい。