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ソーシャリー・ヒットマン②【#漫画原作部門】

第2話 いけ好かない社長令嬢


俺は根来内ねらいうち だん。殺し屋だ。

殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。

俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。

今日はこれから依頼人と会う約束をしている。

例の喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。



カランコロンカラン。

午前11時、例の喫茶店にやってきた。

だが、この雰囲気にはまだ慣れない。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。前も思ったが、なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。

わかったか? わかったらこの「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を一つ頼む。


俺が席に着くや否や、一人の若い女が近づいてきた。

「あなたが例の……ソーシャリー・ヒットマンですか?」

女は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。

「お前が依頼人だな?」

俺が聞き返すと、女はコクリと頷く。席に着くよう手振りで促すと、女は俺の真正面にそそくさと座り込んだ。
20代前半くらいだろうか。少しツイストのかかったロングヘアに、ブルーレンズのロイドサングラス。グレーのセットアップスーツをさらっと着こなし、マニッシュな印象を振りまいている。

間違いねぇ。こいつぁ……オシャレだ。

「はじめまして。忍谷おしや れいと申します」

「えっ、あっ、はい」

依頼人はスレンダーで長身、よく見れば顔もなかなか端正じゃあないか。結婚してくれ。

「さっそくお仕事の話をしても?」

「えっ、あっ、はい」

俺が答えたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
この前もそうだったが、なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。

「おまたせしましたぁ~☆ 『ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ』ですぅ~☆」

小娘の持っているトレイの上を見ると、志茂田景樹をスイーツ化したようなパンケーキのようななにかがその存在を知らしめていた。パンケーキの上部は、生クリームやらストロベリーソースやらなんかチョコバナナとかについてるあのカラフルなやつやらがたっぷりと乗っかっている。くそっ、美味そうじゃあないか。

ドンっと皿を置く小娘。この重さじゃあ無理もない。なに味かわからない水色のクリームがちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。


注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。

……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。

……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。前にも言ったが、そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。

……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。

……おいおい、またしても店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を美味しくさせたいとでも言うのか……!?

参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。


「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」



「ヒットマンさん。アパレルブランドの“Nunodazeヌノダゼ”ってご存じですか?」

「ふふぉふぁふぇ?」

「お願いしたいのはこの人です」

そう言って、忍谷は一枚の写真を差し出した。

「Nunodazeの社長令嬢、池須賀いけすか 姉奈ねえなです」

写真を見ると、見るからにワガママで意地汚いお嬢様が薄ら笑いを浮かべていた。

「私たちは、聖オカチメンコ女学院高校の同級生なんです」

聖オカチメンコ女学院高校は知っている。俺も子どもの頃よく学園祭に遊びに行ったものだ。特に、小学6年生のときに出店していた和菓子の模擬店は最高だった。元々あんこが苦手だった俺だが、あのとき食べたきんつばが美味すぎて、それ以来あんこもいける口となった。
食べたい。今、俺は、無性に、きんつばが食べたい。「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を平らげたばかりだが、もうお腹が空いた。食べたい。きんつば食べたい。食べたい食べたいあばばばば。

「ヒットマンさん?」

しまった。依頼人の前で気を抜いてしまった。しっかりしろ、俺。今は仕事だ。仕事の話を終えてから、きんつばを買いに行けばいいじゃあないか。

「続けますね。姉奈とは入学式に意気投合して、それから仲良く過ごしていました。でもそれは幻想だったんです。姉奈は学校全体を牛耳っていました。生徒も先生も、全員が姉奈の下僕でした。そして私は、姉奈にとって都合の良い下僕の一人に過ぎなかったんです」

どうやら池須賀という女は、金と権力を濫用して好き放題やっていたようだ。
そしてそれは、卒業して数年経った今でも変わらないらしい。二人が卒業してからというもの、池須賀は忍谷を無理やりNunodazeに入社させた。自分の良いように使える手ごまが欲しかったようで、親が池須賀グループの関連会社に勤めていた忍谷としては断るに断れなかったそうだ。
入社してからは案の定こき使われ、反抗しようものなら親の首を人質にされた。働けど働けどろくな給料はもらえない上、手柄はすべて池須賀のもの。それでも忍谷は、一生懸命がんばってきた。しかし、もう限界だと。

「姉奈がいる限り、私と家族の人生はめちゃくちゃなんです。だから、どうかあの悪魔の社会的抹殺を……!」

忍谷の両頬を涙が伝った。

「やりましょう」

皿に残った生クリームをフォークで口に運び、俺は言った。



忍谷との面談から一夜が明け、さっそく俺は任務に繰り出した。

向かったのは、ヘアーサロン「モヒートで乾杯」、通称「モヒカン」だ。ここのオーナーとは旧知の仲で、定期的に通っている。

「いらっしゃいませ~。あ~ら、弾ちゃんじゃないの~! おひさ~!」

こいつがオーナーのガーリー賀来かくだ。中性的な顔立ちだが、上背は身長171cmの俺よりもずっと高い。今日も角刈りのオネエスタイリストとして、絶好調に働いている。

「今日はどうする~?」

「……いつもので」

「……わかったわ。じゃあ、こっちの部屋に移動しましょうか」


賀来は、表向きはスタイリスト兼オーナーだが、裏社会では工作員の顔を持っている。俺の仕事をなにかと手伝ってくれているのだ。

「で? 今回のターゲットは?」

「この女だ」

俺は忍谷に借りた写真を見せた。

「ああ、Nunodazeのお嬢さんね。ファッションショーなんかで依頼を受けるお得意様よ~」

賀来は池須賀 姉奈を知っていた。なら話は早い。

「近々、Nunodaze主催のファッションショーが開かれるらしいな」

「そうよ~、アタシもスタイリストとして参加するわよ~」

「そのときに、こいつを使ってほしい」

俺は持っていたアタッシュケースを賀来に渡した。

魅力的な最高級全衣類溶解パウダーSupreme Powder of Attraction Dissolving a Cloth of AllSupPADaCAスッパダカ』。どんな衣類も完全に溶かしてしまう劇薬だ。こいつを池須賀の体に振りかければ、奴の着ている服はたちまち溶けてなくなる」

「なるほど、公衆の面前ですっぽんぽんにしちゃうってわけね?」

「ターゲットは自らモデルをやると聞いた。うってつけの方法じゃあないか?」

「そうね~。そしてその姿を見ないようアタシに頼むんだから、弾ちゃんって紳士よね~」

「うるさい」

「とにかくわかったわ! あとはアタシに任せてちょうだい!」

「ああ、頼むぞ」

「報酬は、弾ちゃんの熱~い、く・ち・づ」

「じゃあな」

「ああんもう! つれないんだから~!」



決行の日がやってきた。

といっても、俺が直接手を下すわけじゃあない。俺が女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」シーズン2の第78話を観ているうちに、すべて滞りなく完了したようだ。


夕方、賀来からの報告書に目を通す。

ターゲットの池須賀 姉奈は、ランウェイのど真ん中ですっぽんぽんになったらしい。賀来は「SupPADaCAスッパダカ」をスモークマシンに仕込み、絶妙なタイミングで噴出させたとのことだ。さすが俺の見込んだ男、いやオネエだ。

あられもない姿が多くの人の目に入り、池須賀はNunodazeを追い出された。もう表舞台に立つことも、高慢ちきな態度をとることもできなくなっただろう。

俺はコーヒーを淹れ、本革張りのソファに腰掛けた。砂糖7、ミルク2、コーヒー1が俺の黄金比だ。

仕事をやり遂げた後のコーヒーは、美味い。



社会的殺し屋ソーシャリー・ヒットマン、根来内 弾。

彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。




(続く)



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