ソーシャリー・ヒットマン外伝4「蒼き正義と甘い誘惑」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
かつての同業者との再会は、まさかのドリアン味だった。
「内臓破り」の異名を持つ、元凄腕ヒットマン・すぬ婆。彼女は今、ワールド・ブルー株式会社で食堂のおばちゃんをしている。思いがけぬ再会に浮足立ってしまい、まんまとくそまずい飴ちゃんを食らってしまった。うう、まだ胃の中がムカムカする。
なぜこの会社にいるのか、すぬ婆は教えてくれなかった。ただ、それは無関係な人間を守るためだということに、気づかない俺じゃあない。
「あたしもいろいろ厄介を抱えていてねぇ、詳しいことは話せないんだけど……これだけは伝えておいた方がいいかな」
「なんだ?」
「この会社は、けっこう臭うよ。特に、愛殺文には気をつけるこったね」
愛殺文、だと? なんだそれは。
「それがなんなのかはあたしも知らないが、なにやら不穏な空気が漂ってる。弾ちゃんの仕事を奪うつもりはないけれど、やばいと思ったらすぐに逃げるんだよ? 老い先短いオババの頼みと思って、約束しておくれ」
「……約束はできんが、善処はする」
「フフフ、相変わらず可愛げがないねぇ。ほれ」
すぬ婆はそう言って、弁当箱サイズの小さなアタッシュケースを俺に寄越した。
「? これは?」
「あたしの新発明だよ。奇薬:肛門括約筋過弛緩誘発剤『OMORASI』っていってね、無味無臭の粉末薬剤なんだ。『スターゲザイー』と違って、舌の粘膜以外からもアプローチができる。それに筋肉をほぐす効果だから、使い方次第ではターゲットの体勢を崩すことも可能さね」
「ありがたく使わせてもらう」
「もう一度言うけどね、弾ちゃん。やばいと思ったらすぐに逃げとくれ。あたしゃこれでもあんたには一目置いてるんだよ。でもね、その正義感が身を滅ぼすこともある。これだけは忘れるんじゃないよ」
すぬ婆の顔は、けんかっ早い孫を心配する祖母のような、インターハイ予選敗退直後に後輩たちへエールを送る高校3年生のような、仕事を一生懸命やりすぎて空回りする部下を諭す上司のような、いろいろな感情がないまぜになった表情をしていた。
「なぁに、あたしのことは心配いらないよ。『内臓破り』は伊達じゃないんだから。弾ちゃんこそ、甘いもんばかり食べてないで、ちゃんと野菜やたんぱく質も摂るんだよ。なんだいその寝ぐせは。そんなんじゃいい嫁さんはもらえないよ。どうせ相も変わらずめいどかふぇ?に行ってばかりなんだろ。彼女の一人くらい作ったらどうなんだい。そもそもあんたは昔からそういう色恋沙汰に縁がなかったからねぇ。めいどかふぇの娘っ子もいいけどさ、あんたにはちゃんとした嫁さんをもらってほしいんだよ。あたしもねぇ、若い頃は普通の幸せってもんに憧れたもんだったよ。それなりにモテてたからね。おや、なんだいその疑わしげな目は。あたしに言い寄ってくる男なんて、数知れず、星の数ほどいたんだよ。そんな中でも、あの人は別格だったね。この辺の裏路地にあるなんとかっていう和菓子屋の主人だった人でねぇ。七代目だったかな。もうとっくに引退して、今は息子さん夫婦が二人三脚でがんばってるみたいだけど。いやぁ、大した男前だったよ。無口・無愛想・無頓着の三拍子揃った変わり者で、あたしの美貌に見向きもしないのさ。腹立たしいったらありゃしないよ。でもね、あの無骨さがまたカッコよくてねぇ。あ、それで思い出したんだけどさ、駅前のビルに新しく入った『豚骨ラーメン・無骨』にこないだ行ってきたんだけどね……」
いや、一人暮らしをしている大学生の息子の世話を焼いているうちにいつの間にか自分の話に陶酔する母親か。
◇
新アイテム・OMORASIを片手に、俺はワールド・ブルー株式会社の本社ビルを後にした。
帰り道、脳内ですぬ婆の言葉を反芻する。
「愛殺文には気をつけるこったね」
愛殺文というものがなんなのかはわからんが、あのすぬ婆が俺に警告するほどだ。相当危険なものなんだろう。
しかし、俺とて社会的殺し屋の端くれだ。危険な香りを感じて逃げ出すような臆病者じゃあない。報酬33,800円がかかってるんだ。受けた仕事はきっちりこなす。それが社会的殺し屋だ。
それにしても、あの飴の破壊力は凄まじかった。まだムカムカが消えない。これは一刻も早くいつもの喫茶店「ラブリーメイドカフェ☆冥土の土産」に行き、「ラブリーフェアリージャニュアリーフェブラリーコンテンポラリーストロベリーゼリー」を流し込む必要がある。急がねば。
路地裏を歩いていると、なにやら美味そうな匂いが。
この匂いは……小豆だ。小豆の匂いがする。
辺りを見回すと、「御八堂」と書かれた暖簾がかかっている老舗和菓子店があった。そういや和菓子屋がどうとか、すぬ婆が言ってた気がする。
遠目でショーケースを見ると、なんだあれは……きんつばじゃあないか。
俺は元々あんこが苦手だった。だが、小学6年生のときに聖オカチメンコ女学院高校の学校祭で食べたきんつばが美味すぎて、それ以来あんこもいける口となった。
食べたい。もうショーケースから目を離せない。食べたい。さっきまでゼリーの口だったはずなのに、今はきんつばだ。きんつばしか食べられない。食べたい。すまん、小娘。今日俺はきんつばと過ごす。俺にはもうきんつばが、うん、あの、もう、とにかくきんつば。食べたい。きんつば食べたい。食べたい食べたいあばばばば。
よし、きんつばを食べよう。
財布を取り出そうとズボンの尻ポケットに手をやると……財布がない。なんだと。どこかで落としたのだろうか。これではきんつばが買えない。あばばばば。しまった。俺としたことが。くそっ。
「ガサッ」
尻ポケットには、財布の代わりに一枚の紙きれが入っていた。なにか書いてある。
「スヌバアアアアアーーーーー!!!!!」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼は甘いものと女に弱い。
(続く?)
【参考記事】
↓すぬ婆と愛殺文
↓御八堂
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