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ソーシャリー・ヒットマン③【#漫画原作部門】

第3話 高飛車な女将


俺は根来内ねらいうち だん。殺し屋だ。

殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。

俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。

今日はこれから依頼人と会う約束をしている。

例の喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。



カランコロンカラン。

午前11時、例の喫茶店にやってきた。

この雰囲気にも慣れてきた。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。いつも思うが、なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。

わかったか? わかったらこの「ダッシュスプラッシュリフレッシュレモンスカッシュ」を一つ頼む。


俺が席に着くや否や、一人の男が近づいてきた。

「ヒットマンってのは、あなたですね?」

男は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。

「お前が依頼人だな?」

俺が聞き返すと、男はコクリと頷く。席に着くよう手振りで促すと、男は俺の真正面にそそくさと座り込んだ。
ん、こいつの顔には見覚えがある。50代くらいの、うだつの上がらなさそうなバーコード頭。そうだ、俺が通っている助駒志すけこまし大学で、リース機器の営業をしている男だ。こんな冴えない眼鏡スーツのサラリーマンもいたもんだと、逆に印象に残っていた。

「私はこういう者です」

男が差し出した名刺には「羽下野 桂」と書いてある。

「えーっと、『ハゲノカツラ』さん」

「『羽下野うかの けい』です!」

「失礼。それで、依頼というのは?」

俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
いつもそうだが、なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。

「ごめんなさい、ご主人様~! 『ダッシュスプラッシュリフレッシュレモンスカッシュ』が完売になってもうてん! 『めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶』ならすぐ出せるんやけど……」

なぜ急に関西弁のタメ口になったのかは謎だが、まあいい。そいつを寄越せ。

さて、仕事のはな

「おまたせしましたぁ~☆ 『めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶』ですぅ~☆」

いくらなんでも早すぎやしないか。まあいい。

小娘の持っているトレイの上を見ると、普通の麦茶がある。普通の麦茶以外の表現が見つからないくらい普通の麦茶だ。普通の麦茶の中の普通の麦茶だ。くそっ、美味そうじゃあないか。

ドンっとコップを置く小娘。勢いよくコップを置く必要があるのだろうか。麦茶がちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。


注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。

……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。

……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。いつも言っているが、そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。

……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。

……おいおい、またしても店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶」を美味しくさせたいとでも言うのか……!?

参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。


「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」



「この人なんですけど……」

ハゲノがスマホの画面を見せてきた。高級老舗旅館「鷹菱屋たかびしや」のホームページだ。

「鷹菱屋の875代目女将、鷹菱たかびし 弥那子やなこ。こいつを社会的に抹殺してほしいんです……!」

ハゲノがホームページの「御挨拶」をタップした。見るからに慇懃無礼そうなおばはんが、作り笑いを浮かべながら三つ指をついている。

「私の娘がね、昨年の春に兵金ひょうきん大学を卒業して、ここの仲居として働いてまして。先代女将には大変良くしてもらって。でも、今年に入って先代が亡くなり、後継ぎであるこの女が旅館を継いでからは地獄の日々で……毎日私や家内に電話をかけては『もう辞めたい』と泣きじゃくって……退職するよう話しても、後が怖くてできないそうで……」

娘を思う親、か。そういうのは嫌いじゃあない。

ちなみに、兵金大学はここいらではかなり偏差値が高い。俺の通う助駒志大学、世界有数の医療技術を誇る衛慈簗えいじやな医科大学と三つ揃って「助兵衛」と呼ばれる、いわゆる御三家の一つだ。

そんな名門大を卒業したにもかかわらず、クソ女将にいびられ続ける日々なんて、随分と気の毒じゃあないか。

「お願いします! かわいい娘を助けたいんです!」

ハゲノは再びスマホをいじり、画面を変えてこちらに見せた。

「これが私の娘です」

画面を見ると、ハゲノとハゲノの妻であろう女との間に、20代前半くらいの美少女がいた。背は低めだが目鼻立ちが良く、どことなく「いこえる」に似ている。

「やりましょう」

コップの中の氷をガリガリ噛み砕き、俺は言った。



ハゲノとの面談から一夜が明け、さっそく俺は任務に繰り出した。

鷹菱屋のホームページでは、女将の動静を掲載している。偶然にも、今日の午後に助駒志大学で講演会が開かれるらしいので、そこを狙う。

今回使用するアイテムは、この二つ。

一つは、超強力瞬間睡眠薬「バック・トゥ・ザ・スイート・タイム」、通称「バクスイ」。舌の粘膜に触れた瞬間、ものすごい睡魔を脳細胞へ伝えるという恐ろしい薬品だ。うっかり舐めてしまうと翌日の朝までぐっすりだが、俺は免疫を打ってあるから心配ない。

もう一つは、「第二の誰か創造薬Create Second of the SomeoneCreSotSクリソツ』」。体の一部(たとえば髪の毛)を溶かすことで、一定時間その人物の姿になることができる。効力は、髪の毛1本で約1時間。

作戦はこうだ。
「バクスイ」で鷹菱を眠らせ、「CreSotSクリソツ」で俺が鷹菱に変身。そして、鷹菱の姿で講演会をぶち壊せば、奴の社会的地位は急降下する。我ながら完璧なプラン過ぎて尿意を催す。

二つの神器を手に、俺は助駒志大学へ向かった。



助駒志大学の講堂には、すでに人だかりができていた。

俺は学生スタッフになりすまし、飲み物を渡す名目で鷹菱の楽屋へ向かった。コップの中の麦茶には、「バクスイ」を少量溶かしてある。爆睡時間は約1時間に調整済みだ。よし。

コンコン。

「は~い」

「失礼します」

ガチャ。

楽屋に入ると、厚化粧のアラフィフおばはんが、かったるそうにタバコをふかしていた。おいおい、ここは禁煙だぞ。

「あっ、学生スタッフの者ですが、お飲み物をご用意しました」

「あっそう、そこに置いといてくれる?」

「あっ、はい。失礼しま……ああーっ!」

バッシャーン。

俺は麦茶をこぼしてしまった。正確には、鷹菱の口に麦茶をぶっかけた。

「ちょ、なにzzz……」

さすが「バクスイ」。ものの一瞬で爆☆睡だ。

後はこいつの髪の毛を1本頂戴して、「CreSotSクリソツ」に溶かす。そして飲む。うむ、くそまずい。
俺の体は見る見る脂肪まみれとなり、ボン、ボン、ボンのグラマラスボディーになった。

コンコン。

「は~い」

「あ、鷹菱さん、そろそろ本番ですー」

本物の学生スタッフが呼びに来た。

「は~い、今行きます~」

俺は爆睡中の鷹菱の代わりに、ステージへ向かった。



大勢の拍手に迎えられ、俺はステージに上がった。そして、重要なことに気づく。

俺は人前に立つことに慣れていない。

やばい。
緊張してきた。
どうするどうするあばばばば。

ええい、ままよ!


黙りこくる俺、固唾を呑む観客。
俺はマイクを手に取り、おもむろに口を開いた。

「ウンコ」

「!?」

観客がざわつき出した。

「ウンコウンコ! ウンコウンコウーンコ!」

だんだんと、ざわつき半分、爆笑半分くらいになってきた。いいぞ、もっとやってやる。

「おっぱい」

なんだかハイになってきた。得も言われぬ快感がある。

「おっぱいおっぱいぼいんぼいん、おっぱいぼいんぼいん」

ついでに、リズムに乗せて胸を揺らす振り付けまで披露してやった。まったく、サービス精神が旺盛で自分でも困る。

「バーカバーカ! クソガキども! バーカバーカ!」

捨て台詞を吐いて、俺はステージを降りた。大歓声の中、めっちゃスマホ向けられてる。

任務完了だ。
俺は人知れず講堂を後にした。



その日の夕方、鷹菱の講演の様子が現地メディアで報道された。

案の定、鷹菱屋のSNSは大炎上。鷹菱は事実無根を主張するも、鷹菱屋を追放された。
ハゲノの娘は、別の旅館に転職し、楽しく働いているらしい。今度泊まりに行こうかと思っている。決して、一目見てみたいわけじゃあない。

俺はコーヒーを淹れ、本革張りのソファに腰掛けた。砂糖7、ミルク2、コーヒー1が俺の黄金比だが、生憎砂糖もミルクも切らしている。まあいい。今日はブラックだ。

仕事をやり遂げた後のコーヒーは、美味い。



社会的殺し屋ソーシャリー・ヒットマン、根来内 弾。

彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。





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