ソーシャリー・ヒットマン③【#漫画原作部門】
第3話 高飛車な女将
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
今日はこれから依頼人と会う約束をしている。
例の喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。
◇
カランコロンカラン。
午前11時、例の喫茶店にやってきた。
この雰囲気にも慣れてきた。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。いつも思うが、なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。
わかったか? わかったらこの「ダッシュスプラッシュリフレッシュレモンスカッシュ」を一つ頼む。
俺が席に着くや否や、一人の男が近づいてきた。
「ヒットマンってのは、あなたですね?」
男は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。
「お前が依頼人だな?」
俺が聞き返すと、男はコクリと頷く。席に着くよう手振りで促すと、男は俺の真正面にそそくさと座り込んだ。
ん、こいつの顔には見覚えがある。50代くらいの、うだつの上がらなさそうなバーコード頭。そうだ、俺が通っている助駒志大学で、リース機器の営業をしている男だ。こんな冴えない眼鏡スーツのサラリーマンもいたもんだと、逆に印象に残っていた。
「私はこういう者です」
男が差し出した名刺には「羽下野 桂」と書いてある。
「えーっと、『ハゲノカツラ』さん」
「『羽下野 桂』です!」
「失礼。それで、依頼というのは?」
俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
いつもそうだが、なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。
「ごめんなさい、ご主人様~! 『ダッシュスプラッシュリフレッシュレモンスカッシュ』が完売になってもうてん! 『めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶』ならすぐ出せるんやけど……」
なぜ急に関西弁のタメ口になったのかは謎だが、まあいい。そいつを寄越せ。
さて、仕事のはな
「おまたせしましたぁ~☆ 『めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶』ですぅ~☆」
いくらなんでも早すぎやしないか。まあいい。
小娘の持っているトレイの上を見ると、普通の麦茶がある。普通の麦茶以外の表現が見つからないくらい普通の麦茶だ。普通の麦茶の中の普通の麦茶だ。くそっ、美味そうじゃあないか。
ドンっとコップを置く小娘。勢いよくコップを置く必要があるのだろうか。麦茶がちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。
注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。
……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。
……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。いつも言っているが、そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。
……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。
……おいおい、またしても店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「めちゃめちゃびちゃびちゃチャチャチャ麦茶」を美味しくさせたいとでも言うのか……!?
参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。
「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」
◇
「この人なんですけど……」
ハゲノがスマホの画面を見せてきた。高級老舗旅館「鷹菱屋」のホームページだ。
「鷹菱屋の875代目女将、鷹菱 弥那子。こいつを社会的に抹殺してほしいんです……!」
ハゲノがホームページの「御挨拶」をタップした。見るからに慇懃無礼そうなおばはんが、作り笑いを浮かべながら三つ指をついている。
「私の娘がね、昨年の春に兵金大学を卒業して、ここの仲居として働いてまして。先代女将には大変良くしてもらって。でも、今年に入って先代が亡くなり、後継ぎであるこの女が旅館を継いでからは地獄の日々で……毎日私や家内に電話をかけては『もう辞めたい』と泣きじゃくって……退職するよう話しても、後が怖くてできないそうで……」
娘を思う親、か。そういうのは嫌いじゃあない。
ちなみに、兵金大学はここいらではかなり偏差値が高い。俺の通う助駒志大学、世界有数の医療技術を誇る衛慈簗医科大学と三つ揃って「助兵衛」と呼ばれる、いわゆる御三家の一つだ。
そんな名門大を卒業したにもかかわらず、クソ女将にいびられ続ける日々なんて、随分と気の毒じゃあないか。
「お願いします! かわいい娘を助けたいんです!」
ハゲノは再びスマホをいじり、画面を変えてこちらに見せた。
「これが私の娘です」
画面を見ると、ハゲノとハゲノの妻であろう女との間に、20代前半くらいの美少女がいた。背は低めだが目鼻立ちが良く、どことなく「いこえる」に似ている。
「やりましょう」
コップの中の氷をガリガリ噛み砕き、俺は言った。
◇
ハゲノとの面談から一夜が明け、さっそく俺は任務に繰り出した。
鷹菱屋のホームページでは、女将の動静を掲載している。偶然にも、今日の午後に助駒志大学で講演会が開かれるらしいので、そこを狙う。
今回使用するアイテムは、この二つ。
一つは、超強力瞬間睡眠薬「バック・トゥ・ザ・スイート・タイム」、通称「バクスイ」。舌の粘膜に触れた瞬間、ものすごい睡魔を脳細胞へ伝えるという恐ろしい薬品だ。うっかり舐めてしまうと翌日の朝までぐっすりだが、俺は免疫を打ってあるから心配ない。
もう一つは、「第二の誰か創造薬『CreSotS』」。体の一部(たとえば髪の毛)を溶かすことで、一定時間その人物の姿になることができる。効力は、髪の毛1本で約1時間。
作戦はこうだ。
「バクスイ」で鷹菱を眠らせ、「CreSotS」で俺が鷹菱に変身。そして、鷹菱の姿で講演会をぶち壊せば、奴の社会的地位は急降下する。我ながら完璧なプラン過ぎて尿意を催す。
二つの神器を手に、俺は助駒志大学へ向かった。
◇
助駒志大学の講堂には、すでに人だかりができていた。
俺は学生スタッフになりすまし、飲み物を渡す名目で鷹菱の楽屋へ向かった。コップの中の麦茶には、「バクスイ」を少量溶かしてある。爆睡時間は約1時間に調整済みだ。よし。
コンコン。
「は~い」
「失礼します」
ガチャ。
楽屋に入ると、厚化粧のアラフィフおばはんが、かったるそうにタバコをふかしていた。おいおい、ここは禁煙だぞ。
「あっ、学生スタッフの者ですが、お飲み物をご用意しました」
「あっそう、そこに置いといてくれる?」
「あっ、はい。失礼しま……ああーっ!」
バッシャーン。
俺は麦茶をこぼしてしまった。正確には、鷹菱の口に麦茶をぶっかけた。
「ちょ、なにzzz……」
さすが「バクスイ」。ものの一瞬で爆☆睡だ。
後はこいつの髪の毛を1本頂戴して、「CreSotS」に溶かす。そして飲む。うむ、くそまずい。
俺の体は見る見る脂肪まみれとなり、ボン、ボン、ボンのグラマラスボディーになった。
コンコン。
「は~い」
「あ、鷹菱さん、そろそろ本番ですー」
本物の学生スタッフが呼びに来た。
「は~い、今行きます~」
俺は爆睡中の鷹菱の代わりに、ステージへ向かった。
◇
大勢の拍手に迎えられ、俺はステージに上がった。そして、重要なことに気づく。
俺は人前に立つことに慣れていない。
やばい。
緊張してきた。
どうするどうするあばばばば。
ええい、ままよ!
黙りこくる俺、固唾を呑む観客。
俺はマイクを手に取り、おもむろに口を開いた。
「ウンコ」
「!?」
観客がざわつき出した。
「ウンコウンコ! ウンコウンコウーンコ!」
だんだんと、ざわつき半分、爆笑半分くらいになってきた。いいぞ、もっとやってやる。
「おっぱい」
なんだかハイになってきた。得も言われぬ快感がある。
「おっぱいおっぱいぼいんぼいん、おっぱいぼいんぼいん」
ついでに、リズムに乗せて胸を揺らす振り付けまで披露してやった。まったく、サービス精神が旺盛で自分でも困る。
「バーカバーカ! クソガキども! バーカバーカ!」
捨て台詞を吐いて、俺はステージを降りた。大歓声の中、めっちゃスマホ向けられてる。
任務完了だ。
俺は人知れず講堂を後にした。
◇
その日の夕方、鷹菱の講演の様子が現地メディアで報道された。
案の定、鷹菱屋のSNSは大炎上。鷹菱は事実無根を主張するも、鷹菱屋を追放された。
ハゲノの娘は、別の旅館に転職し、楽しく働いているらしい。今度泊まりに行こうかと思っている。決して、一目見てみたいわけじゃあない。
俺はコーヒーを淹れ、本革張りのソファに腰掛けた。砂糖7、ミルク2、コーヒー1が俺の黄金比だが、生憎砂糖もミルクも切らしている。まあいい。今日はブラックだ。
仕事をやり遂げた後のコーヒーは、美味い。
◇
社会的殺し屋、根来内 弾。
彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。
全話リスト