ソーシャリー・ヒットマン外伝5「蒼き真実は目の前に」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
すぬ婆に財布をスられた俺は、御八堂のきんつばに後ろ髪を引かれながらワールド・ブルー株式会社の本社ビルへUターンした。
あのクソババアめ、奇薬:肛門括約筋過弛緩誘発剤『OMORASI』の犠牲者第一号にしてやる。根来内弾の力をなめるなよ。
本社ビルの前まで戻ってくると、入口付近に一人の男がいた。
50代くらいのダンディなイケオジ。ダークブルーのスリーピーススーツをピシッと着こなすその姿は、見覚えがある。名前は確か……
「すぬたさんの知り合いというのは君かね? 私はこの会社でお先します部の部長をしている、蒼木だ。すぬたさんにこれを渡すよう頼まれてね」
蒼木の手には、俺の財布――アニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」の主人公・百 桃萌のイラストが描かれた限定グッズ――があった。
「あっ、はい、ども」
財布を受け取りそそくさと帰ろうとしたが、蒼木に呼び止められた。
「ところで、仕事の進捗はいかがかな。社会的殺し屋さん?」
「な、に……?」
◇
カランコロン……
なんとも言えない懐かしい音が響く。
俺は蒼木とともに「喫茶 花」へやってきた。夕方だからかほかに客はおらず、麗しいマスターのワンマン営業だ。
「いらっしゃいませ~。あら、蒼木部長! お久しぶりですね!」
「元気にしていたかい、小花くん」
「ええ、おかげさまで。蒼木部長もお元気そうで良かったです。でも、めずらしいですねぇ、蒼木部長がいらっしゃるなんて。お仕事ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
なんだ、マスターと知り合いだったのか。ワールド・ブルー本社の近くだから、知っていたとしてもなんらおかしくはない。前から思っていたが、小花さんという名前、なんかかわいい。
「コーヒーを頼むよ。割合は……」
「ふふ、砂糖7、ミルク2、コーヒー1、ですよね?」
「よく覚えていたなぁ! こちらの彼もそれでOKだそうだから、2つで」
「はい、かしこまりました。すぐにお持ちしますね!」
マスターは店の奥へ消えていった。
わからん。
なぜこの男が、俺の正体を知っているのか。
なぜこの男が、俺のコーヒーの黄金比を知っているのか。
この男は、一体何者なのだ。
「なぜこの男が……って顔をしているね」
エスパーか。
困惑していると、コーヒーが運ばれてきた。もはやコーヒーというより茶色い砂糖のかたまりなのだが、小花さんはなにもツッコまずにっこり笑顔で持ってきてくれた。かわいい。
「まずは、私の話を聞いてほしい。君は聞く必要がある。少し、いやかなり突拍子もない話ではあるのだが」
「……聞かせてもらおう」
「ああ」
蒼木は話し始めた。
「今、我が社では、極秘に進めているプロジェクトがある。『愛殺文』という兵器を作り、この世界をリセット、つまり滅ぼそうとするものだ」
「世界を、滅ぼす?」
「そうだ。しかし、これは蒼社長の意思とは無関係。社内に潜む、一部の悪い人間が企んでいることだ。私は愛殺文の発動を阻止するため、部下や協力者とともに策動している。君の知り合いのすぬたさん、彼女も私の協力者の一人だ」
すぬ婆が蒼木の協力者?
「蒼社長は挨拶を大切にする素晴らしいお方だ。その人柄に多くの人間が集まり、ワールド・ブルーは世界屈指の大企業となった。しかしその一方で、それを利用する人間も現れるようになった」
「要するに、味方も増えたが敵も増えた、ってことか」
「その通り」
蒼木はコーヒーを啜った。
「蒼社長をよく思わない連中が、愛殺文なんてものを開発したのだ。私はその反乱分子をあぶり出すために、社会的殺し屋を活用することを考えた。すぬたさんには食堂のおばちゃんとして潜入してもらい、怪しい人間を見かけたら報告するよう頼んでいる」
「それで? その怪しい人間ってのが俺だって言いたいのか?」
「まさか。君に蒼社長とゆに秘書の社会的抹殺を依頼したのは、この私なんだから」
「なんだって?」
「彼らは有名になりすぎた。彼らが社会の表舞台から姿を消せば、反乱分子が明るみになる。そこを一網打尽にしようと考えた。肉を切らせて骨を切る、ってやつだ」
「じゃあ、あの依頼人は……」
「私の部下である蒼林の変装だ。君の依頼人・木茂尾 琢になりすまし、君に依頼するよう命じた」
あれはキモオタじゃなかったのか。変装も演技もまんまキモオタだったから、まったく気がつかなかった。
「お前が俺に依頼したのはわかった。でも、なぜそれを今?」
「蒼社長の孫のことは、知っているだろうか」
「ああ、確かマイトンとかいったか?」
「そうだ。マイトンもまた愛殺文を阻止すべく暗躍している人間の一人だ。しかし、彼は暴走している。彼は反乱分子をなかったことにしようとしているのだ」
「なかったことにする?」
「言葉そのままで説明すると、愛殺文が投下される前に反乱分子を消すことで、失われた未来を取り戻そうとしているのだ。彼の暴走によって、罪なき人々が消されかねない。君も含めてな。君の情報は、すぬたさんを通してすでにマイトンに伝わっている」
「ちょっと待て。俺がすぬ婆と再会したのは、ついさっきだぞ?」
「すぬたさんの情報は、リアルタイムで『はよ開けんかい委員会』――秘密裏に反乱分子を探る我々のチームのことだ――に伝わっている。当然、君が潜入したことも、財布をスられたことも、飴で嘔吐したこともな」
くそっ、あんな姿まで知られていたとは。
「すぬたさんは、君を助けるために私を呼んだのだ。君が忠告を聞かないと確信したのだろう。彼女が不味い飴やスリで時間を稼いでくれたので、その間に私は準備を済ませることができた。そして私は、君にすべてを打ち明けることにした」
すぬ婆め、余計なことを。
「生憎だが、俺は愛殺文やら反乱分子やらに興味はない。自分の仕事をまっとうするだけだ」
「そう言うと思ったよ。だから、依頼はキャンセルだ。もちろんキャンセル料の62,900円は追加で支払う」
「はぁ?」
依頼をキャンセル? どういうことだ?
「君がマイトンに消されるわけにはいかないのだ。そうなれば、私まで消えてしまう」
「……言ってる意味がわからないんだが」
「これを見ればわかってくれると思う」
そう言って蒼木は、急にネクタイをはずし、ワイシャツのボタンをはずし、左の肩を露わにした。そこには、生々しい大きな銃傷があった。
俺は絶句した。その傷痕に見覚えがあったからだ。見覚えもなにも、まったく同じものを毎日見ている。
言葉を失った俺に、蒼木は信じられない言葉を発した。
「私……いや、俺の本当の名は、根来内 弾だ」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼が出会ったのは、ほかならぬ自分であった。
(続く?)
【参考記事】
↓「喫茶 花」
↓蒼木部長、マイトン
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