ソーシャリー・ヒットマン外伝18「蒼き夢に霞む月」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
ワールド・ブルー株式会社内の秘密組織「はよ開けんかい委員会」から、仕事の依頼があった。その依頼のため、俺はスットン共和国に行くことに。案内兼護衛の蒼久内 茜が運転する車で空港に向かい、今しがた到着したところだ。
空港の駐車場、メタリックブルーの車内にて。インパネ周りに目をやると、カーナビの枠外に小さく「Blue Moon」と刻まれている。
そう、これを作ったのは蒼 樹、イッチャンだ。
「……なぜお前が蒼 樹のことを?」
しばらくの沈黙の後、蒼久内がおもむろに口を開いた。無理もない。イッチャンと蒼久内との間に面識があったとは思えないし、あったとしても俺のことなど話題にも上がらないだろう。
それに俺自身、イッチャンのことをだれかに話すのは、これが初めてだ。
「昔話をしよう」
◇
小学生の頃、よく行く公園があった。友達がいなかったから、俺はいつも一人で遊んでた。砂場で泥団子を作ったり、ジャングルジムでスパイごっこをしたり。
ある日、いつものように学校から公園に直行したとき、見慣れない子どもがいた。俺よりも幼い、だけどどこか聡明な印象の男の子だ。
その子はベンチに座りながら、なにかの機械をいじくっていた。俺には、メカニカルな糸電話のように見えた。俺は単純な興味本位で、その子に声をかけた。
「それ、なに?」
男の子は、こう答えた。
「どうぶつとはなせるきかい」
俺は、自分より年下の少年が、ハイテクな機械を作っていることに感動した。
「すっげー! それじゃ、犬や猫とも話せるようになるのか!?」
「うん。でもまだかんせいしてない」
「? なにか足りないのか?」
「ほんとうにはなせるかどうか、ほんもののどうぶつでためしてない」
男の子は舌足らずのたどたどしい話し方だったが、言葉の端々に科学者としての矜持があった。
「そっかぁ。その辺に猫でもいればいいんだけどな……あ」
俺が周囲を見渡すと、ちょうど一匹の黒猫が、こちらに向かってトコトコと歩いてきていた。黒猫は、男の子の膝の上に乗っかり、そこがまるで自分の定位置のように丸まった。
「お前の猫か?」
男の子は、首を横に振った。
「それにしてはやけに懐いてるな……」
黒猫は喉をゴロゴロと鳴らしながら、まったりとくつろいでいる。
「そうだ! この猫で試してみるといいんじゃあないか? お前に懐いてるみたいだし!」
男の子はコクンと頷き、手にしたメカニカル糸電話の片方を、膝上の黒猫の顔に向けた。そして、もう片方から小さな声で「こんにちは」と囁いた。
黒猫は、一瞬だけ耳をピクッとさせた後、「ふにゃあ」と一鳴きした。そのとき、男の子側の糸電話から「こんにちは」と確かに聞こえた。
「おおお! すげーじゃん! 猫と話せたじゃん!」
俺は興奮した。世紀の大発明だ。
「ねえねえ! 俺にもやらせて!」
俺は男の子から糸電話を奪うように受け取り、「あなたの名前はなんですか?」と言った。
すると、黒猫の「にゃうん」という鳴き声とともに「名前はまだない」と聞こえてきた。
「すっげー! 夏目漱石じゃん!」
今思えば、感動するところはそこではなかったのだが、とにかく俺はテンションがぶち上がった。男の子は、嬉し恥ずかしそうな顔で、首の後ろ側を掻いていた。
「お前ほんとにすげーな! そういえば、名前なんてんだ?」
「イッチャン」
「イッチャンはニックネームだろ。ほんとの名前!」
「……いつき。あお、いつき」
「あおいつき? ……『蒼い月』か! かっこいいな!」
「かっこいい?」
「うん! すごくかっこいい! だってさ、英語にしたら『ブルームーン』だぜ?」
「ブルームーン?」
「ほら、月ってさ、普通は黄色じゃん。それが蒼いんだから、クールな感じがするだろ? なんつーかさ、頭良さそうでさ、すべてを冷静に見守ってるような感じがするじゃあないか!」
俺はつい早口でまくし立ててしまったが、イッチャンは黙って聞いていた。
「かっこいい。すげーかっこいいよイッチャンは」
「……ありがとう」
イッチャンは、膝上の黒猫をそっと撫ぜた。黒猫は、へそ天の体勢でリラックスしていた。
「その黒猫、イッチャンのとこで飼ったら? もし親に反対されそうなら、俺が一緒にお願いしてやる!」
「うん。おとうさんとおかあさんにきいてみる。ぼく、いつもひとりぼっちだから、たぶんゆるしてくれるとおもう」
「そっか……あ、こいつの名前決めようぜ! どんな名前にする?」
寝息を立てている本人(いや本猫か)をよそに、俺とイッチャンは名もない黒猫の名前を考えた。
「かっこいい名前がいいよなー……」
俺が「ブラックサンダー」や「ダークインフェルノ」などと候補を考えていたら、イッチャンが突然質問した。
「おにいちゃんはなんていうなまえなの?」
「俺? 俺は裏社会に生きる男だから、ほんとの名前は教えられないな」
「うらしゃかい?」
「えっと……ある使命のために、正体を隠しているのさ」
「なまえがないの?」
「いや、ある。俺は悪人をやっつける正義のスナイパー、弾! どうだかっこいいだろ! 俺が考えた名前だ!」
「『ダン』?」
「そうだ。ちなみに苗字は『根来内』って言うんだ。これも俺が考えたんだが、スナイパーっぽくてかっこいいだろ?」
「じゃあ、こいつのなまえも『ダン』にする!」
「え?」
「だって、おにいちゃんみたいにやさしいから」
「お、おおふ……まあな……」
「いまからおまえは『ダン』だ。よろしくね、ダン」
ダンは「にゃにゅは~ん」と鳴いた。糸電話からは「俺様はダン」と聞こえた。俺とイッチャンは二人して笑った。
◇
すっかり日が暮れて、空港の駐車場には夜の帳が降りていた。
運転席の蒼久内は、昔話の間、ずっと俯いたまま黙りこくっていた。
「とまあ、こんなことがあったってわけだ。だから『Blue Moon』でピンときた」
以前、「喫茶 花」の近くで見かけた黒猫は、間違いなくダンだ。ダンを追いかければイッチャンに再会できると思っていたのだが、気がついたらいつもの店を訪れていた。
「これは俺の推測だが」
俺はこれまでワールド・ブルーに関わってきた中で、一つの仮説を立てていた。だがそれは、もはやほとんど確証に変わってきている。
「自然や動物を愛するイッチャンだから、地球を死の星にする愛殺文を阻止しようとしているんじゃあないか? 黒猫に時空跳躍能力を授けたのは、家族や重要人物たちをタイムスリップさせて救うため。自分の息子のマイトンに黒猫を託したのも、反乱分子を処分し愛殺文の発動を未然に防ぐため。そう考えれば、すべての辻褄が合うんだ」
俺を蒼久内の方に向き直った。
「お前や蒼下葉のじいさん、『Citrus』の連中も、イッチャンのその優しさに惚れ込んだんだろう? なら俺は、こんな回りくどいやり方をしなくても、喜んで協力するさ! イッチャンは、俺の友達だからな!」
蒼久内は黙ったままだったが、一回だけ小さく頷いた。
どうやら俺は、引っ込みのつかないところまで来てしまったらしい。
まあいい。ヒットマンの心得の一つ「昨日の友は今日も友」だ。
スットン共和国行きの便がもうすぐ出る。それからが本当の戦いだ。
🌙
ここはワールド・ブルー株式会社の地下2階にある小さな部屋。部屋の電気は消えている。
真っ暗な部屋にはたくさんのモニターがあって、不気味な光を放っている。
モニターを見れば、会社のあらゆる場所にカメラが設置されていることがわかる。
モニターの前には、一人の少年が座っている。
頭にはきれいな蒼色のヘッドホン。
ヘッドホンからは、とある車内の会話が流れている。少年はその会話に聞き入っていた。
「イッチャンは、俺の友達だからな!」
車のエンジンが切れたと同時に、音声は途切れた。
少年は静かにヘッドホンをはずし、部屋の天井を仰いだ。
両目から、雫がこぼれないように。
(続く?)
【参考記事】
↓蒼 樹
↓弾とダン
【ワールドブルー物語】
【「ソーシャリー・ヒットマン」シリーズ】
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