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ノグ・アルド戦記⑩【#ファンタジー小説部門】

第9章「反乱の陰で」

「死ね小僧!」

 とどめかと思われたターコイズの一撃を、アイオルはなんとか回避した。しかし、槍の先が左腕を掠め、アイオルは体勢を崩しその場に倒れ込んだ。腕輪は砕け、青く輝く宝珠が涙のようにアイオルの足元に零れ落ちた。

「【泡沫うたかたの瞳】だな? それは私が所持すべき物だ。返してもらおう!」

 ターコイズは槍を振り上げた。その瞬間、アイオルは【泡沫うたかたの瞳】を掴み、ターコイズ目がけて投げつけた。

「そんなに欲しいならくれてやるよ!」

 【泡沫うたかたの瞳】は見事にターコイズの左目に当たった。ターコイズは悲鳴を上げ、左目のあたりを手で覆った。

「隙あり!」

 アイオルの渾身の一振りが、銀色の槍を弾き飛ばした。アイオルは、勢い余ってそのままターコイズに突進した。ターコイズはビターンと仰向けに倒れた。ターコイズが上体を起こすと、アイオルの剣が目の前に突きつけられている。左の瞼を青紫色にしたターコイズは、ついに白旗を上げた。

「わ、わかった。私の負けだ。だから、命は……命だけはどうかぁっ!」

 ターコイズの投降に、ほかの兵士たちも武器を手放す。ちょうどそのとき、広間の入口からラズリが現れた。その横には、優しい顔つきの男性(ターコイズに似ている)が、ラズリの肩を借りている。この人物こそ、ユベル聖王国を治める聖王サファーだった。

「終わったようだな」

「はい、父上」

 ターコイズは、さっきまで戦っていた青年と、聖王とともに現れた青年とを交互に見比べ、そして混乱した。

「ど、どういうことだ!? 王子が2人だと……!?」

 アイオルがいつもの調子で答えた。

「俺はラズリじゃない。10年前、大洪水に流されたラピスの方だ。まぁ、今はアイオルって名前でやらせてもらってるけどな」

「ラピス王子……!? まさか、生きていたのか……」

「そういうこと」

 ターコイズの捕縛をヴェントスに任せ、アイオルはラズリと聖王の下へ向かった。

「えっと……どうも。アイ……じゃなくって、ラピスです」

 初めて会う聖王を前に、アイオルはぎこちない。それでも聖王サファーは、アイオルとの対面を喜んだ。

「ラピス……よくぞ無事で。お前を助けてやれなかった、愚かな父を許してくれ」

「いやぁ、許すもなにも……」

「ラズリから一通り聞いた。記憶がないこともな。だが私にとっては、ラズリと同じくらい大切な息子に変わりない」

 サファーは、10年ぶりに再会した次男をそっと優しく抱擁した。

「生きていてくれてありがとう」

 サファーの、そしてアイオルの目に、うっすらと涙が浮かんだ。四つの瑠璃色が、【泡沫うたかたの瞳】のようにキラキラと光っている。


 親子の感動の再会に水を差すように、ラズリが口火を切った。

「さて、後始末は私がやろう」

 そう言うなり、ラズリはターコイズの方へつかつかと歩いていった。入れ替わりで近づいてきた顔はアイオルと瓜二つだが、表情はまるで違った。弱者をいたぶるような、冷酷な笑みを浮かべている。

「どうしてやりましょうか、叔父上?」

「ら、ラズリ……すまなかった! もうなにもしない! 王位もいらぬ! だから命だけは……」

 懇願するターコイズに、ラズリは冷たく詰問した。

「此度のクーデター、すべて叔父上が考えたものか?」

「そ、それは……」

「やはり違うのだな? なにか引っかかると思っていた。エルドの侵攻が始まったのは、クーデターの直後だ。まるでエルドが、クーデターが起こるのを知っていたかのようだった。タイミングが良すぎる。これを叔父上だけで考えたとは思えない。叔父上を唆し、裏で操っていた者がいるはずだ」

 聖王代理を務めただけあって、ラズリはノグ・アルド情勢をくまなく把握しており、推察力にも長けている。案の定、ターコイズは黒幕の存在を白状した。

「その通りだ……。私は、兄上やラズリを疎ましく思っていた。そこを怪しい男につけこまれたのだ。男は真っ黒のローブを纏い、顔をフードと仮面で隠していたから、正体は知らぬ。そんな怪しい男だ、私も最初は聞く耳を持たなかった。しかし、男の魔法のような話術にだんだんとその気にさせられ、奴の提案に乗ってしまった……『言った通りのタイミングでクーデターを起こせば、ユベル聖王国の実権を握らせてやる』という提案にな」

「その男とはどこで出会ったのだ?」

「現れたのだ、突然。私が部屋に一人でいるときにな。奴は……奴は、転移魔法を使えるのだ」

「転移魔法?」

「空間を自由に移動する古の魔法だ。存在すら知らぬ者の方が多い。知っていたとしても、生半可な魔道士では髪の毛一本転移することもできぬ。そして、転移には体力を著しく消耗する。全力疾走で移動するような感覚だから、移動する距離が長ければ長いほど消耗も激しい。体の弱い者には無理だろう」

「叔父上はどうして転移魔法のことを知っている? それもこんなに詳しく」

「私は兄上に対抗心を燃やしていたからな。兄上より賢いことを証明したいという一心で、幼少の頃からあらゆる書物を読み漁っていた。その中で、なにかの本に書いてあったのを覚えていたのだ。もっとも、私に魔道の才はなかったがな」

 転移魔法。こんな高等魔法を扱うことができる者は、ノグ・アルド大陸広しと言えど、数えるほどしかいないだろう。ターコイズが男の口車に乗せられたのは、その魔道の腕に恐怖を感じたからかもしれない。

 ターコイズは、恐ろしい記憶が甦ったのか、脅えた表情になっていた。声も先ほどより震えている。

「その男の正体に心当たりはないのか?」

「ない……。転移魔法は、転移先の光景を頭に浮かべないといけない。つまり、訪れたことがある場所にしか転移できないのだ。私は自分の部屋に誰も通したことはないし、部屋の掃除をするのはすべてメイド、女性だ。男を招き入れたことなど一度もない。だから心当たりもなかったし、恐ろしかったのだ……」

 ターコイズは、わなわなと震え出した。顔は恐怖で引きつっている。これ以上、黒幕について話をすることは難しそうだ。

 話を聞いていたラズリは、しばらく考えてから、おもむろに口を開いた。

「これは一つの仮説だが、その男はエルドの人間である可能性が高い」

 ラズリの横では、同じ顔の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。

「どゆこと?」

「わからないか、ラピス。叔父上にクーデターを起こすよう仕向けた者がいる。そしてクーデターが発生した直後、エルドがユベルへの侵攻を始めたのだ。エルドの人間がクーデターを手引きしたと考えるのが妥当ではないか?」

「確かに……!」

 ラズリは右手を顎につけ、考えるように歩き出した。

「エルドの人間だとすると、現時点で最も疑わしいのは【炎の騎士団フレイム・ナイツ】だな。大陸随一の手練れが揃っているのなら、転移魔法を使える者がいてもおかしくない。叔父上の部屋のことは気がかりだが……」

 【炎の騎士団フレイム・ナイツ】。軍事大国エルドの中でも、特に優れた者だけを集めた精鋭部隊。その中に、クーデターの黒幕がいるかもしれない。ユベル国内だけの話かと思われたクーデターが、実はエルドの差し金だった可能性がある。

 それだけでも頭が痛いのに、追い討ちをかけるようなことが起きた。

「俺たちがなんだって?」

 凄惨な城内に不釣り合いな、はつらつとした声が響いた。声の主は、2人の従者を連れ、広間の入口に立っていた。ギラギラとした眼光に、少しばかりニヤついている表情は、「狂戦士」という表現が似合う。真紅に輝く鎧を纏い、右手に持った大剣を肩に乗せ、左手には投げ戦斧を携えている。エリフと同じ柿色の髪が、燃え上がるように逆立っている。

 エルド王国第一王子にして【炎の騎士団フレイム・ナイツ】の団長イグニが、そこにいた。



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