ノグ・アルド戦記外伝⑧(最終話)【#ファンタジー小説部門】
エピローグ「名もなき英雄たち」
ユベル南東部のセルリアンを巡る戦いは、領主ベレンスの投降により終結した。
ベレンスは爵位をはく奪され、投獄される。これにより、セルリアン公爵家は事実上取り潰しとなった。ダナハ村を含む旧セルリアン領の集落は、隣領であるプルシャンに吸収されはしたが、実質的な生活水準はむしろ改善されたという。
主を失ったセルリアンの兵士たちは、後に即位したラズリ聖王の温情で、ユベル聖王国本国への士官の道が開かれた。
ギャリー隊の四人は、反乱軍に助力した罪を問われ、ユベル本国の事情聴取を受けた。これについては、本来の目的が故郷の解放であることと、戦火を平和的に収束した功績を認められ、お咎めなしとなった。
「ギャリー隊の切り込み隊長」を自称するデニは、ギャリーたちとともにダナハ村へ戻り、18歳まで村で暮らす。村を出てからはしばらく傭兵稼業をしていたが、その器用さと身のこなしを買われ、ウォレー王国の隠密部隊からスカウトを受けた。持ち前のガッツと快活な性格も相まって、対人の情報収集に秀でた工作員として名を馳せることになる。入隊当初、当時の頭領とは親子に間違えられることも多く、「こんな大きい子供がいる年じゃないっすよ!」と赤面する頭領を見て楽しんでいたらしい。
ギャリー隊の中で一番臆病だったコンだが、一連の冒険により少し勇敢さが身についた様子。18歳になるや否やダナハ村を飛び出し、ユベル聖王国へ直談判し、士官に漕ぎつけた。ビビりな性格は相変わらずだが、正確無比な弓の腕と心優しさが功を奏し、見る見るうちに出世していくことになる。長いノグ・アルドの歴史の中で、【弓聖】と謳われるほどの弓の使い手は、後にも先にもコンただ一人だった。
ギャリー隊の紅一点であるシアン。ダナハ村へ戻ってからも、ギャリーたちの世話を焼く日々が続く。同年代のデニやコンが村を出てからもしばらくは残ったが、旧セルリアン城が騎士養成所に生まれ変わったのを機に就職。世話好きな寮母として、訓練に疲れた見習い騎士たちの面倒を見ることになった。その美貌と家庭的な姿に多くの若者から見初められるも、彼女が選んだのはギャリーによく似た養成所の責任者だった。
山の魔女オフェリアは、魔法道具『報告煙突』にてセルリアンでの一部始終を知る。彼女が発明した魔法道具の数々は、性能こそ特級品だが、複雑な機構と使用に膨大な魔力を要することがネックとなり、生産は叶わなかった。もっとも、世俗を嫌う彼女にとってそれはどうでもよく、彼女は今日も一人山に籠り、魔道の研究に勤しむのであった。
アズールは、一度ギャリー隊とともにダナハ村で暮らすも、しばらくして人知れず姿を消した。歴史上の彼は、セルリアン攻略時に深手を負い、そのまま引退したとされている。あまりにも呆気ない将軍生活の幕切れに、彼の実力を疑問視する声も少なくなかったが、真実を知る二人だけは誰よりも【蒼炎】の強さを理解していた。時折、ユベル南東部の山道で彼を目撃したという情報があったが、その真偽は定かではない。
エルド王国へ戻ったブレンネンは、同志アズールの引退を告げ、自らは引き続き本国のために戦い続けた。【四炎】を筆頭する将軍として【炎天】の名を汚すことなく奮闘した結果、在職30年という驚異的な記録を叩き上げることになる。これはエルド史上最も偉大な記録とされ、彼の死後エルド王都の中心部には【炎天の碑】なるものが建てられ、多くの民が拝むパワースポットとなった。
セルリアン公爵家との契約が途絶えたスレナは、傭兵を辞めユベル聖王国に仕官、念願のユベル騎士となった。武術の腕もさることながら、その真面目さと忠誠心に憧れて、彼女に師事したがる若者が後を絶たなかった。見た目も非常に麗しく、中には不純な動機で近づく者もいたが、「子供の頃からずっと好きな人がいる」との発言に大勢の男たちが涙したという。そのことについて「へー、誰なんだろうなぁ」とつぶやくギャリーに、彼女はとても不満げな視線を浴びせていたという。
ギャリー隊の隊長ギャリーは、セルリアン城制圧の最大の功労者として、ユベル中から称賛を浴びた。その類まれなる剣術に、ユベルはもとよりエルドまでもが彼をスカウトしたが、当の本人はダナハ村で牛の世話をして暮らす道を選んだ。のんびりとした性格は生涯変わることはなく、幼馴染の熱烈なアプローチに気づかなかったり、自身の婚礼の儀に寝坊して遅刻したりするなど、彼の生き様はどこまでもマイペースだった。
◇
セルリアンでの戦いの後、私は一旦少年たちと別れ、山道に戻った。行き先を告げた際、ギャリーから「これ、返しといて」と銀色に輝く剣を受け取る。まったく、相変わらず天真爛漫な奴だ。
山道の途中、特定の場所で草むらを掻き分け進むと、目的地である魔女の小屋にたどり着いた。私が扉を叩く前に、家主が現れた。
「久しぶりだね」
「ご無沙汰しています、オフェリア」
「まあ入んな。ちょうど茶を淹れたところさね」
彼女に促され、私は一人掛けのソファーに座った。彼女は、私に向かい合うように愛用のロッキングチェアに座った。
私はさっそく、お使いを済ませることにした。
「ギャリーから預かってきました。幸運なことに、一度も使うことはなかったようです」
そう言いながら、彼女に銀の剣を差し出した。剣の刀身には、“Revlis Glacie”と彫り込まれている。
「そうかい、それはけっこうなことだ」
銀の剣を受け取った彼女は、懐かしむように語り始めた。
「思い出すねえ、あんたが初めてここに来たときのこと。レヴリスの顔を見るなり『俺を弟子にしてください!』ってね。あれは笑ったよ」
「やめてください。昔のことでしょう」
彼女のからかい癖も相変わらずだ。
「レヴリスもそれなりに弟子は取ってたけどさ、あんたほど優秀な奴はいなかったよ。剣も魔法もすぐに覚えちまってさ。教え甲斐があるんだかないんだかわからなかったね」
「そうなんですか? 私はてっきりその逆かと思っていました。師匠は決して褒めてはくれませんでしたから。それに、この剣にも一度だって触れたことさえありません」
「あいつに嫉妬してるのかい?」
「……少し」
「まあ、あの剣はレヴリスの形見だからねえ、弟子よりも息子に受け継がせるのが筋ってもんさね。しかしまあ、まさかごていねいに返してくれるとは思わなかったよ」
紅茶を啜りながら、彼女が笑う。
「あいつは本当にレヴリスにそっくりさ。銀髪も、剣の腕も、笑顔も、なにもかも全部。アタシにまったく似なくてよかったよ」
「でも、オフェリアの魔法道具は、魔力がまったくない人間には使えないのでは?」
「それはあんた、魔女の子供に魔力がこれっぽっちもなかったら、お笑い種だよ」
再び紅茶を啜る彼女。
「あ、でも一つだけ、オフェリアにそっくりなところがありますよ」
「なんだい、それは」
「人の気持ちに鈍感なところ」
彼女の、カップを口に運ぶ動作が止まった。まずい、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「アズール、アタシは構わないよ。あんたのカップに、とびきりの猛毒を仕込んでやっても」
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