ノグ・アルド戦記外伝①【#ファンタジー小説部門】
プロローグ「少年たちの戦い」
ノグ・アルド大陸で最も栄えているユベル聖王国といえども、国内全域が満たされているわけではなかった。王都から離れた田舎では、領主による理不尽な圧政に苦しむ集落も少なくない。ここダナハ村も同様だ。
豊かな作物に恵まれた牧歌的なダナハ村で、住民たちは過酷な生活を営んでいた。収穫の9割は領主へ貢がなければならず、常に貧困状態。かといって、村が山賊や野犬に襲われても、流行り病におかされても、なに一つ援助しない。それどころか、自分の食べる分が減ることに対し糾弾する。それが、領主であるセルリアン公爵ベレンスという男だった。
セルリアン家は、ユベル貴族の中でも名門と呼ばれている。ユベル南東部を広く治めており、ダナハ村を含め数多くの集落がセルリアン領に属している。昔は「セルリアンに暮らす者は心が豊かである」とまで謳われていた。しかし、20年ほど前にベレンスが領主となってからというもの、過酷な搾取によって、住民は心身ともに痩せ細っている。
もちろん、聖王サファーやラズリ王子がまったくなにもしていないわけではない。年に一度、ユベル全域で聖王の定期視察が行われ、各集落の様子を聖王自ら見に来ていた。しかし、その日だけはベレンスも住民に優しく接し、良き為政者を取り繕っていた。普段の様子を密告しようものなら家族もろとも処刑されるため、住民は恐怖でなにもできなかった。
そんなダナハ村に吉報が舞い込んできた。「王弟ターコイズがクーデターを起こした」という報せが届いたのだ。村は歓喜に包まれた。そして、若い男衆は武器を手に、ベレンスのいるセルリアン城を目指し飛び出していった。
しかし、この好機を待っていたといわんばかりに、山賊たちが現れた。残された老人や女子供だけでは、太刀打ちできないと踏んだのだろう。
ところが、その目論見はあえなく失敗に終わる。一人の少年が、大剣を軽々と振り回し、十数人の屈強な山賊たちをねじ伏せた。無造作に伸びた銀髪、大人顔負けの体格と剣技、そしてなにより屈託のない笑顔が特徴的な少年だった。
「さっすがギャリー! 山賊どもをのしちまった!」
舌足らずな声が、ギャリーの耳に入ってきた。ギャリーが振り返ると、まだ10歳くらいの少年が目をキラキラさせて近づいてくる。
「デニ、危ないから隠れてろっつったろ?」
「へーきへーき! ギャリーがみーんなやっつけてくれたし」
「うーん、そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。ま、いっか」
ギャリーがニカッと笑った。
物陰から様子を見ていた二人の子供も、ギャリーの周りに集まってきた。二人とも、デニと同じくらいの年齢だ。
ギャリーを含め、この村にいる子供のほとんどは孤児である。ベレンスの悪政が始まってからというもの、ダナハの住民は十分な栄養が摂れず、とても子供を生み育てられる環境ではない。そのため、労働力を確保するという名目で、山に捨てられた子供を引き取っていた。といっても、今はギャリーを含め4人しかいないが。
17歳のギャリーは、この村では一番お兄さんだ。前は2つ年上の幼馴染がいたが、ユベル聖王国に仕官するためにダナハ村を出ていった。そのため、残りのチビたちの面倒をギャリーが見ている。
しかし、今回は追い払えたとはいえ、毎度毎度ならず者に襲われては子供たちが危ない。残った村の大人たちと話し合った結果、ギャリーは幼い子供たちを連れて村を離れることにした。
旅立ちのとき、村長や婦人らがギャリーたちを見送りに来た。
「じゃ、行ってくるね。でも、俺がいなくてほんとに大丈夫?」
「なに、山賊どもが来たら、このフライパンで頭をかち割ってやるさ! こっちはなんとかするから安心しな!」
心配するギャリーに、牛飼いのおばさんが元気よく答えた。ギャリーと目を合わせ、優しく微笑む。
「すまんのう、ギャリー。お前さん一人に子供らを任せてしまって……」
老いた村長が、申し訳なさそうな声を出した。返答は、ギャリーではなくデニがした。
「だいじょうぶ! ギャリーの面倒は、おいらたちがちゃあんと見るからね!」
「おい、逆だろ」
寂れた村に、明るい笑い声がこだました。
歩き出した少年たち。目的地は、隣国のウォレー王国。そこには、大きな商会が営んでいる孤児院があるらしい。そこに辿り着くまで逃げおおせなければ。
四人の少年たちの戦いは、ここから始まった。
全話リスト
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