ソーシャリー・ヒットマン外伝2「蒼き悪夢と花の香と」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
昨日は散々な目に遭った。
依頼を遂行するために潜入したワールド・ブルー株式会社は、とんでもないところだった。
ターゲットである社長の蒼広樹、その秘書のゆに。奴らの身辺調査のため記者を装って社内の情報収集していたのだが、すればするほどわけがわからなくなっていく。
まず、部署の名前だ。
秘書室や広報部はわかるとして、「さよなら部」ってなんだ。「お先します部」ってなんだ。「おととい来やがれ課」、通称オトキヤってなんだ。
あと、社員の苗字に「蒼」が多すぎる。というか、「蒼」のない者はいない。
蒼木、蒼林、蒼森、蒼田、蒼畑、蒼空、蒼海、蒼川、蒼石、蒼岩、蒼柳、蒼村、蒼井、蒼島……どれが誰だかわからない。
この会社を取材してしまったがために、るろ剣を読んでも四乃森蒼紫ばかりに目が行くし、AVを鑑賞しようとしても蒼井そら作品ばかりに目が行くようになってしまった。
しまいには、女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」第616話のサブタイトルが「蒼い世界でブルベ夏」と来たもんだ。午前5時からの楽しみだったピチポーでさえ、俺を青く、いや蒼く塗りつぶそうとしていた。
まるで悪夢だ。
真っ蒼に染められた悪夢から抜け出すには、いつもの喫茶店に行き、ピンク色の店内で給仕服に身を包んだ小娘たちに囲まれながら、「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」を飲み「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を頬張るしかない。
しかし、如何せん午前5時だ。いくらポイントカード228枚目の俺でも、開店時間の午前11時を6時間も早めるなんて芸当はできない。
一応、スマホで近くの喫茶店を検索してみる。まぁ、こんな早い時間にやっている喫茶店なんてあるわけな……
あった。
「喫茶 花」というらしい。午前5時というとんでもなく早い時間からオープンしている。そして奇しくも、滞在中のビジネスホテルの近くにある。
俺は悪夢から目覚めるため、「喫茶 花」へ向かった。
◇
オフィスが立ち並ぶ通りの路地裏に入ると、別世界に入り込んだかのような雰囲気だった。
午前5時20分、俺は「喫茶 花」の少し古びた木製のドアを押して中に入った。
カランコロン……
なんとも言えない懐かしい音が響く。
いつも行く喫茶店とは、趣がまるで違う。いや、むしろこっちの方が正解というかザ・喫茶店なのだろう。
「いらっしゃいませ。おはようございます、1名様ですね。こちらへどうぞ」
店員が席を案内する。ネームには「波」と書かれていた。若干「蒼」を連想して苦しくなったが、ここで引き返してはヒットマンの名が廃る。
「こちらメニューになります。お決まりになりましたらお呼びください」
普段通っている店の小娘どもは甘ったるいアニメ声だが、この店はそんなことないようだ。流れるような案内と説明はそつがなく、かといって無愛想ではなく爽やかな笑顔だ。小娘どもはこの店員を見習って然るべきだろう。
さて、せっかく来たのだから朝食でも食べるとするか。
「あ……え……あっ、すっ、しゅみ、すみませぇん……」
「はーい、お決まりですか?」
「も、もに……もぉにんぐこぉへぇせっとのでぇ……」
「モーニングコーヒーセットのDですね。トッピングはございますか?」
「えっ……あっ……えっ……あん、あ、あんこで……」
「あんこは有料ですがよろしいですか?」
「あっ……はい……」
「かしこまりました。コーヒーは食事と一緒にお持ちしてもよろしいですか?」
「あっ……はい……」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「あっ……はい……」
「確認のため復唱しますね。モーニングコーヒーセットのD、こちら食パンのみとなります。そしてトッピングがあんこ。以上でお間違いないですか?」
「あっ……はい……」
「ご注文ありがとうございます。すぐにお持ちしますね」
「あっ……はい……」
本当にそつがない。
午前6時前だというのに、そこそこ客がいる。店員と親しげに話しているあたり、常連客なのだろう。
常連客であろうデブでハゲのキモいおっさんに「小花ちゅわん」と呼ばれているマスターは、可愛い仕草と色香がなんとも麗しい。
「お待たせいたしました。モーニングコーヒーセットのDと、トッピングのあんこでーす。ごゆっくりどうぞ」
俺の目の前には、香ばしいコーヒー、焼きたてのトースト、上質なあんこがある。
コーヒーの黄金比は、砂糖:ミルク:コーヒーの割合が7:2:1なのだが、今はブラックで飲みたい。青く、いや蒼く染まった俺の体を、黒で上塗りしてほしかったからだ。蒼に染まったこの俺を慰める奴になってくれ。
コーヒーを啜り、トーストにあんこを塗って食べる。
あんこはしつこくない甘さで、コーヒーともお茶とも合う不思議なフレーバーだった。いつも生クリームやらストロベリーソースやらなんかチョコバナナとかについてるあのカラフルなやつやらばかり食べていたから、たまにはこういう甘さ控えめのあんこも悪くない。しっとりとした口触りは、優しさに包まれたような感覚だ。きっと目にうつる全てのことはメッセージだ。
気がつくと、カップも皿も小鉢も空になっていた。
俺は勘定を済ませ、少し古びた木製のドアを今度は開いて外へ出た。
「ありがとうございました! またお越しください!」
俺は新たに推しの喫茶店を見つけた。ここに来れば、あの蒼い悪夢から解放される。
ワールド・ブルー株式会社。手強い相手だが、俺にできない仕事はない。社長の蒼と秘書のゆに、この二人を社会的に抹殺する日も近いはずだ。
社会的殺し屋、根来内 弾。
彼は、「喫茶 花」がワールド・ブルー株式会社の御用達であることを知らない。
(続く?)
【参考記事】
↓部署名、社員の苗字
↓「喫茶 花」関連
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