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ノグ・アルド戦記⑬【#ファンタジー小説部門】

第12章「竜の神器」

 先刻まで笑っていたのはエルド王国の第一王子だった。しかし、今この場で笑みを浮かべているのは、第二王子エリフただ一人である。それも、イグニのニヤニヤとはまた違う、凍りつくような冷たい表情だった。自国のユベル侵攻を止めるべくニアーグ王国に直談判したはずのエリフが、実はクーデターの黒幕だったなんて。

「可愛い弟に攻撃するなんて、あなたらしくないですね、兄上」

「エリフ……? なぜお前が……?」

「なぜ、ですか。フフフ、そうですね。もう隠す必要もないでしょう」

「その前に、【竜の神器】を返してもらうっすよ!」

 軽口とは裏腹に真剣な表情のキーロが、隼のような速さで駆け出し、エリフの手から【竜の神器】を奪い返そうとした。しかし、キーロが触れる一瞬前に、エリフの姿は消えてしまった。ほどなくして、消えた場所から2mほど前にエリフは現れた。

「転移魔法……!」

「せっかく話をしようとしているのに、少々邪魔な方がいらっしゃるようですね。しばらくの間、大人しくしていただきます」

 キーロに背を向けたまま、エリフは右手を振り上げた。すると、またしても黒い影が現れ、キーロの体を縛りつけた。全身だけでなく口元も塞がれたためか、キーロは声も出せない。

「ああ、安心してください。呼吸はできますから。ただし、他にも私の邪魔をする方がいらっしゃいましたら、同じ目に遭ってもらいます」

 冷たく言い放つエリフを前に、誰もその場を動かなかった。いや、動けなかったと言った方が正しい。心置きなく話せることができそうになり満足げなエリフは、やはり冷たい笑みで語り始めた。

「10年前、あの忌々しい嵐の日、私の母上は天国に行きました。そう、そこの双子の王子のせいでね」

 エリフは、ラズリの告白を聞いていない。かつてのイグニのように、まだ真実を誤解してしまっている。しかし、その場にいる全員が拘束魔法の恐怖に震えており、誰一人として口をはさむ者はいなかった。エリフの口調は、それまでの慇懃無礼なものから、盛大な独り言のように変わっていった。

「私には母上がすべてだった。母上のいない世界など考えられない。私には母上が必要だ。母上を取り戻すにはどうしたらいいのか、この10年間ずっと考えてきた。あらゆる書物を読み漁る中で、私は【竜の神器】の持つ力を知った。『竜の神器が頂に集いし時 大いなる力は甦り 最も強き望みが叶えられん』。そうだ、【竜の神器】の力をもってすれば、私の最も強き望みが叶う。すなわち、母上が甦るのだ」

 まるでとっておきの英雄伝を披露するかのように、揚々と語るエリフ。

「しかし、【竜の神器】を集めるには相当な準備が必要だった。我がエルドの【ほむらの牙】はいつでも手に入るとして、問題は残りの3つだ。普段は厳重に保管されているであろう【竜の神器】を引きずり出すには、大がかりな争いが必要だった。そこで私は、聖王に恨みを持つユベルの王弟に目を付けた」

 エリフに冷ややかな目を向けられ、ターコイズは「ヒッ……」と上ずった小さな悲鳴をこぼした。

「ユベル王弟を唆すためには、これまた準備が必要だった。城から出る機会の少ない王弟と接触するには、転移魔法しかない。私は魔法の研究に没頭し、転移魔法を含むあらゆる術を身につけた。転移魔法の副作用に耐えられるよう、体も鍛えた。転移魔法は行ったことのある場所へしか転移できないが、王弟の部屋は入ったことがあった。奇しくも、10年前のあの日、かくれんぼをしていたときにな」

 エリフの冷たい笑顔は、もはや狂気じみていた。目は血走り、興奮のあまり全身が震えている。

「それからは簡単だった。ユベル城の前までやってきてから、転移魔法で王弟の部屋に現れ、クーデターを起こすよう口説いた。転移魔法を習得する傍らで身につけた簡単な洗脳魔法が、ここで役に立つとは思いもしなかったよ。洗脳魔法の効果もあり、その後は面白いようにとんとん拍子で事が進んだ。クーデターの実行前夜、私は父上と兄上にも洗脳魔法をかけた。クーデターが起こった直後にユベル侵攻が行われるようにな。後は、ニアーグかウォレーの反応を見ながら、【竜の神器】を回収するだけだった。そこで、ひとまず【颶風ぐふうの鱗】を狙いにニアーグへ行ったら、あの忌々しいラピスがいるじゃないか」

 アイオルは、エリフと初めて会ったときのことを思い出していた。くたびれた様子の、ひ弱そうな青年の姿。でも、聡明で優しそうな物腰が、アイオルは好きだった。あのエリフがまさか自分を恨み続けていたなんて、にわかに信じられなかった。

「私は本当に幸運だった。王弟から『ユベルの【竜の神器】は一対の宝珠で、双子の王子がそれぞれ持っている』と聞かされたときは、怒りで自分を抑えることができなかった。ラピスは行方不明だったからな。しかし、ニアーグで再会したことで探す手間がかなり省け、私は近いうちにすべての【竜の神器】を集めることができると確信した。そして今まさに、すべての【竜の神器】が私の手元にある」

 突然、エリフの足元にある【竜の神器】が宙に浮いた。腰に携えた【ほむらの牙】も、一緒になって浮かんでいる。これもエリフの魔法だろうか。

「時は満ちた! この【竜の神器】の力で、母上が甦るのだ! お前たちには感謝するよ。私の掌の上で、素晴らしいダンスを踊ってくれたからなぁ! ハーッハッハッハッハッ!」

 悪魔のような高笑いの後、エリフは【竜の神器】とともに転移魔法で姿を消した。残されたアイオルたちは、黙って立ち尽くすことしかできなかった。ただ一人を除いては。

ふぁふぇふぁ、ふぁふふぇふぇふふぇっふだれか、たすけてくれっす!」

 ハッと我に返った一同。エメラが慌てて解除魔法をかけ、キーロはようやく拘束魔法から解放された。

「はーっ! しんどかったっす! あの男、レディーの扱いがなってないっすね!」

 相変わらず軽いキーロとは裏腹に、イグニの顔は深刻そのものだった。

「エリフが……嘘だろ……」

 弟の本性を目の当たりにして、イグニは膝から崩れ落ちた。【四炎しえん】の二人がすぐに駆け寄り、大柄なヴォルカノが体を支えた。モエルは主君の手を握りながら、目に涙を浮かべていた。

「イグニ様……」

「俺も、信じられねェ……です」

「あいつは……本当に優しい奴なんだ……自分よりも、誰かの幸せを優先するような、そんな奴なんだ……なのに……」

 【炎の騎士団フレイム・ナイツ】の意外な姿に、解放軍のメンバーは戸惑った。イグニも【四炎】の二人も好戦的で血も涙もないような印象だったが、こんなに優しい一面があったとは。

 ほとんどの人間が意気消沈しているところ、良くも悪くも現実に引き戻すのは、いつもキーロの役目だ。

「それにしても、エリフはこれからなにをするつもりなんすかね?」

 キーロに呼応するように、アイオルが言った。

「叔父さん! 叔父さんなら心当たりがあるんじゃないか?」

 アイオルが振り向くと、ターコイズは恐怖のあまり気を失っていた。

「なんだよ、気絶してんじゃん。肝っ玉のちっちゃい叔父さんだな!」

「いや、あんたがボッコボコにしたせいでもあるっすよ」

「あの……」

 聞き慣れない男の声が聞こえたので、その場にいた全員が声の主を探した。申し訳なさそうなその声の主は、【影の衆】のキブだった。

「もしかしたら、わかるかもしれないんですけど……」

「そうなのか! なんでもいいから教えてくれ!」

「あ、いえ、僕じゃなくて」

「実際に呼んだ方がいいんじゃない、兄者?」

 妹のマヤが口を添えた。兄妹以外は、なんのことかおよそ見当がつかなかった。

「そうだね、マヤ。あの、今から呼ぶんで、ちょっと待っててください」



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