ソーシャリー・ヒットマン①【#漫画原作部門】
第1話 キザな御曹司
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
今日はこれから依頼人と会う約束をしている。
依頼人の指定した喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。
◇
カランコロンカラン。
午前11時、例の喫茶店にやってきた。
だが、俺の知っている喫茶店とは趣がまるで異なる。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。
わかったか? わかったらこの「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」を一つ頼む。
俺が席に着くや否や、一人の男が近づいてきた。
「あんたが例の殺し屋かい?」
男は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。
「お前が依頼人だな?」
俺が聞き返すと、男はコクリと頷く。席に着くよう手振りで促すと、男は俺の真正面にそそくさと座り込んだ。
小太りの体躯に、髪や肌は脂ぎっていて清潔感の欠片もない。服装は、上がぴっちぴちのアニメキャラクターTシャツ(女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」シーズン1の初回限定盤Blu-ray BOXの付録だ)、下は安物のジーパン。
間違いねぇ。こいつぁ……オタクだ。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかったぜ」
「御託はいらん。ターゲットは?」
俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。
「おまたせしましたぁ~☆ 『萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク』ですぅ~☆」
小娘の持っているトレイの上を見ると、ピンク色の液体が入ったバカでかいジョッキがその存在を知らしめていた。ジョッキの上部は、生クリームやらストロベリーソースやらなんかチョコバナナとかについてるあのカラフルなやつやらがたっぷりと乗っかっている。くそっ、美味そうじゃあないか。
ドンっとジョッキを置く小娘。この重さじゃあ無理もない。チョコバナナとかについてるあのカラフルなやつがちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。
注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。
……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。
……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。
……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。
……おいおい、店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」を美味しくさせたいとでも言うのか……!?
参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。
「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」
◇
ふう、たのし……窮屈な場所だった。
ほとんど小娘たちと話してばかりだったが、ラストオーダー後にちゃんと仕事の話もつけてきた。外はいつの間にか真っ暗だ。
まあいい。事務所に戻ったことだし、依頼内容を確認するか。
依頼人の名は、木茂尾 琢。23歳、フリーターだ。
今回の依頼は、いけ好かない同級生をどうにかしてギャフンと言わせたい、とのことだった。いつも思うのだが、悔しいときにギャフンと言う人間は果たして存在するのだろうか。だいたい「ああー!」とか「くそー!」とか、その辺が相場だと思う。というわけで、「ギャフン」という言葉を言わせればOKかどうか確認したところ、別にそういうわけではなかった。単純に恥をかかせたいだけのようだ。まぎらわしい。
ターゲットは、木座 奈矢郎。大手便器メーカー・High Setsの御曹司だ。
今回の依頼は、大勢の社員の前で失禁させること。これによりターゲットは「うわぁ~あの人、便器メーカーのお坊っちゃんなのにウンコ漏らしてる~」と多くの社員たちに白い目で見られる。報酬24,980円の大仕事だ。しくじるわけにはいかねえ。
潜入方法は至ってシンプル。清掃員になりすまし、ターゲットに下剤をぶち込む。実にシンプル。「シンプルイズベスト、ベストイズシンプル」というのが、ヒットマンの心得の一つだ。
ひとまず、手段は決まった。
そういえば、依頼人が妙なことを話していた。
「知ってるかい、旦那? ピチポーのシーズン2、情報解禁されたんだぜ! 新キャラクターも悪くないが、やっぱり主人公の百 桃萌が最高だな! なんせ声優が宇津串 憩絵、我らが『いこえる』だもんな! シーズン2は、いこえるが主題歌も担当するらしいぜ。ぐへへ」
キモすぎる。まあいい。有益な情報に変わりはない。
「いこえる」こと宇津串 憩絵は、今をときめく人気声優だ。
その代表作は数知れず、かわいい女の子キャラクターの声をあてれば右に出る者はいない。声優のみならず、歌手やナレーターなど多方面で活躍する、俺の推しタレントだ。
まあ、それはさておき、今は仕事だ。
ターゲットの行動パターンは完全に把握した。出勤時間は午前8時。休みは日曜日と水曜日。休日以外は毎日同じ時間に出勤しているので、そこを狙う。よし、これでいこう。
綿密な計算を繰り返し、練りに練った計画は完璧なものとなった。
後は、これを実行するだけ。
ピンポーン。
おや、来客だ。
ガチャ。
「すみません、『ダッシュ探偵事務所』はこちらでよろしいでしょうか」
俺の仕事は、表向きは探偵となっている。ヒットマンの仕事の話は基本的に別の場所でするので、この事務所はカモフラージュみたいなものだ。
「ダッシュ探偵事務所」という名前は、たまに「脱臭炭探偵事務所」と間違えられるが、個人的には気に入っている。
本物の探偵事務所と思って直接訪問する客は、非常にめずらしい。俺は少し訝りながら、応接セットに案内した。
来訪者は2人だった。
どちらも女性で、一人は冴えないOLのような風貌のおばさ……中年女性だ。
もう一人は、帽子にサングラスにマスクと、明らかに正体を隠しているふうだ。きっと著名人なのだろう。雰囲気で察するに、20代くらいだろうか。心なしか、良い香りがする。
「今日はどういった要件で?」
「この子、一週間ほど前からストーカー被害に遭ってるんです」
「ストーカー?」
「はい……盗撮した写真がポストに入っていたり、無言電話がかかってきたり……」
「警察には?」
「それが、脅迫状が届いてしまって……『警察に言えば、お前の声優人生はどん底に落ちる』と」
「声優人生?」
「ああ、すみません! 私、那須尾 丹子と申しまして、タレントのマネージャー業をしております。そしてこちらは……」
「大丈夫です、丹子さん。自分の口から言わせてください」
聞き覚えのある、天使のような美声。
ま、ま、まさか。
サングラスとマスクをはずした女性は、俺がよく知る人気声優だった。
「初めまして、探偵さん。宇津串 憩絵と申します」
いいいいこえるだっ!!!
「仏滅の刀」の廿日市 蛍瑠役!
「したいん?スケート」の黒土 林檎役!
「漬物係」の干岩 蕪子役!
そして、「ピーチパイン・ポーキュパイン」の主人公・百 桃萌役!
あの! 宇津串! 憩絵! なのかあっ!!!
「あ」
「あの、探偵さん……?」
「あばばばば」
「!?」
「あば……あ、すみません……取り乱してしまって」
「い、いえ……こちらこそこんな夜分にごめんなさい」
はい。いこえるの「ごめんなさい」いただきました。
「お、おほん。えー、本題に入っても?」
「あっ、はい、すみません。えーっと、おナスさん」
「那須尾です。依頼というのは、ストーカーの正体を突き止め、ストーカー行為をやめさせてほしいんです。この子には才能があります。その才能の芽を摘み取るような輩は許せないんです!」
ほう、なかなかわかっているじゃあないか。さすがはいこえるのマネージャーだ。
愛しのいこえるのためだ。この根来内 弾、男、いや漢を見せてやろうじゃあないか。
「やりましょう」
「ありがとうございます! 探偵さん!」
はい。いこえるの「ありがとうございます」いただきました。
「ところで焼きナスさん」
「那須尾です」
「クソボケストーカー野郎に心当たりは?」
「なんか急に生き生きとしたんじゃありませんか、探偵さん?」
「気のせいです。で、心当たりは?」
「そう、ですね……特には……憩絵は?」
「……わかりません。私、人に恨まれるようなことしたつもりないのに……」
その通りだ。いこえるが誰かに恨みを買うとはとても思えん。大方、どっかの勘違い野郎が、命知らずにもいこえるを口説き落そうとしたのだろう。地獄に落ちればいいのに、そいつ。
「そうですか。では、しばらく周辺を見張りましょうか」
「よろしくお願いします」
「では、契約書にサインを」
「はい」
「あとですね、ボケナスさん」
「那須尾です。なんかひどくなってません?」
「気のせいです。こちらにいこえrじゃなくって宇津串さんの住所を」
「わかりました」
「あと、もしものときのために、宇津串さんの電話番号を」
「わかりました」
「あと、この色紙にサインを」
「私のですか?」
そんなわけあるか。大概にしろよオタンコナスめ。
「いえ、宇津串さんの」
「必要ですか?」
「必要です」
「ふふっ。私は大丈夫ですよ、丹子さん」
はい。いこえるの「ふふっ」と直筆サインいただきました。
◇
複数の依頼を掛け持ちすることは、ままあることだ。
今回も、木茂尾の依頼はほぼ達成間近なので、もう一件受けることにした。ただそれだけのことだ。
決して依頼人がいこえるだからとか、そういう不純な動機ではない。決して。
いこえるの来訪から一夜が明け、さっそく俺は任務に繰り出した。
おナスによれば、盗撮写真が投函されるのは決まって水曜日。それも、いこえるが仕事をしている間、つまり日の明るいうちとのことだ。
今日はちょうど水曜日。うまくいけば、一日で犯人を突き止められるかもしれない。
ところで、この犯人の行動だが、なぜ撮った写真をわざわざ本人に送るのか意味がわからない。こういうのは一人で楽しむのが醍醐味ではないのか。まあいい。
午前8時。いこえるが出勤した。ネイビーのキャップにティアドロップサングラス、グレーのパーカー、ボトムスはデニムのバギーパンツ。意外とカジュアルなコーディネートじゃあないか。これもまた似合うのだから、いこえるってすごい。
午前9時。出勤ラッシュを過ぎ、人通りもまばらになってきた。怪しい人物はいないようだ。
午前10時。辺りは閑散としている。怪しい人物はいないようだ。
午前11時。辺りは相も変わらず長閑なものだ。怪しい人物はいないようだ。
正午。なんか飽きてきた。そして腹が減った。喉も渇いた。「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」が飲みたい。怪しい人物はいないようだ。
午後1時。やばい。もう空腹を通り越して飢餓だ。帰りたい。いやダメだ。仕事だ。それにしてもこの状況はまずい。一旦どこかで昼食を摂らなければ……む、怪しい人物が現れたぞ。
あ、あいつは!
木座 奈矢郎じゃあないか!
あの野郎、俺のいこえるを脅迫していたとはな。
だが、これも不思議な巡り合わせだ。2件の依頼のどちらも、ターゲットが木座だったのだからな。社会的地位がなくなれば、奴は権力も失う。警察
を抑制する力もなくなるから、ストーカーとして突き出すことができる。一石二鳥だ。
木座の犯行の瞬間をばっちり撮影した俺は、思わず不敵に笑った。
◇
決行の日がやってきた。
午前7時、俺は清掃員の姿でターゲットの会社に潜入した。なんともいえないグリーンの作業着を身にまとい、右手にモップを、左手にバケツを持つ。あくまでもカモフラージュだが、これで俺が殺し屋だとは誰も思うまい。
使用する下剤は、超強力瞬間下剤「スターゲザイー」。舌の粘膜に触れた瞬間、激しい便意を脳細胞へ伝えるという恐ろしい薬品だ。うっかり舐めてしまうと地獄を見ることになるが、俺は免疫を打ってあるから心配ない。
スターゲザイーをどうやって飲ませる(あるいは舐めさせる)のかについては、このモップが重要となってくる。
正確には「モップ型下剤狙撃装置『MoLaSDe』」といって、柄の先端から強力な下剤を射出できる優れモノだ。射程距離は申し分なく、最大100m先の人間をも脱糞させることができる。これでターゲットの口に下剤をぶち込むという算段だ。我ながら完璧なプラン過ぎて武者震いがする。
午前8時、モップで床を磨くフリをしていると、ターゲットが現れた。全身まっ白のスーツを着こなし、自分はえらいんだぞと言わんばかりにふてぶてしく歩いてやがる。オフィスのロビーでは、大勢の社員がターゲットの方へ向き、挨拶をしている。ターゲットはバカでかい口を開きながら挨拶に応えている。格好の餌食だ。
俺は階段下のスペースに潜み、「MoLaSDe」を構え、誰にも悟られずにトリガーを引いた。
狙いはバッチリ。射出されたスターゲザイーは、見事ターゲットの口に命中した。
ターゲットはおもむろにうずくまる。顔は見る見る青ざめていく。がんばってトイレまで這いつくばって行こうとするが、残念だったな。トイレは生憎、別の清掃員が掃除中なのだよ。
ターゲットは限界を迎えた。その証拠に、奴のスラックス臀部は白から茶色へと変わっている。
それを見た周囲の反応は、皆まで言わずともわかるだろう。
任務完了だ。
俺は人知れずオフィスを後にした。
◇
その日の夕方、木座の解雇が現地メディアで報道された。
奴は「ウンコ王子」という不名誉なあだ名をつけられ、経営陣からこっぴどく叱られたらしい。それまでの横柄な態度も非難され、ついでにいこえるのストーカーの件も相まって、会社にはいられなくなったそうだ。ざまあみろ。
俺はというと、2人の依頼人からしっかり報酬をもらった。
加えて、いこえるからの感謝の印として、ツーショットチェキを撮ってもらった。俺の目がつぶっているのはボケナスマネージャーのせいだが、まあいい。
俺はコーヒーを淹れ、本革張りのソファに腰掛けた。砂糖7、ミルク2、コーヒー1が俺の黄金比だ。
仕事をやり遂げた後のコーヒーは、美味い。
◇
社会的殺し屋、根来内 弾。
彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。
(続く)
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