ノグ・アルド戦記⑯【#ファンタジー小説部門】
第15章「聖なる望みに光を与えん」
エメラルドグリーンの鱗、金色の爪、真紅の牙、蒼い双眸。【竜の神器】を捧げたエリフに応えて姿を現したのは、アクア王妃ではなく古の巨竜だった。巨竜はすべてを吹き飛ばすような雄叫びを上げ、獰猛な蒼い目でエリフを睨みつけている。
「な、なぜだ……母上は……母上はどこに……」
茫然自失のエリフ目がけて、巨竜が前足を踏み出した。間一髪、アイオルが飛び込んでエリフの体はぺしゃんこを免れた。
古の巨竜を目の前にして恐怖のあまり立ち尽くす人間たち。そんな中、唯一肉体を持たないオードが、冷静に原因を突き止めた。
「望みが変わったのだ」
「どういうことっすか?」
「あの者は元々、母親の蘇生を望んでいた。しかし、祭壇に着いたときにはその気持ちは薄れ、『母親のいない世界の滅亡』に望みが変わってしまったのだろう」
「そんな……」
絶望する人間たちに、巨竜は容赦なく襲いかかる。大きく口を開けたかと思えば、喉の奥が赤々と燃えている。
「灼熱の息吹だ! 皆、急いで儂の結界の中に入れ!」
「でもアイオルたちが!」
エメラが半泣きで指差す。アイオルとエリフは、瓦礫の中に横たわったままだ。
「アイオル! 早くこちらへ!」
オードの声に、アイオルは起き上がった。そして、エリフを担いで皆の下に急いだ。しかし、灼熱の息吹は、アイオルたちが結界の中に入り込む前に、巨竜の口から放たれた。
「ラピス!!」
灼熱が迫りくる中、サファー王が結界を飛び出した。そして、アイオルとエリフに水流魔法を浴びせ、結界の中へと流し込んだ。アイオルは、思わず叫んだ。
「父上ーーーーー!!」
結界の外が、一面真っ赤になった。サファー王は、アイオルに優しい笑顔を見せ、炎の中に消えていった。
アイオルは泣き叫びながら結界を出ようとした。しかし、複数人に取り押さえられ、身動きを封じられた。
「おい、やめろ! 死ぬぞ!」
「離せ! 離せよソルム!」
「聖王様の命を無駄にするな!」
ヴェントスが慟哭に近い声で怒鳴る。
真っ赤な景色が消えると、結界の周囲は焦土と化していた。その光景に絶望する一行。追い討ちをかけるように前足を振り下ろす巨竜。皆すんでのところで躱したものの、散り散りになってしまった。
アイオルは、エリフ同様に茫然自失としている。親子としての記憶がないとはいえ、目の前で父親が死んでしまったのだから無理もない。
巨竜がじりじりと近づいてきている。このままでは、ここにいる全員、いやノグ・アルド全土の命が消えてしまう。止められるのは、聖剣デシレを持ったアイオルだけだ。しかし、父親を失ったばかりのアイオルに、そんな気力は残されていなかった。
アイオルの傍に、魂の抜け殻のようなエリフがいた。転がった拍子に、黒いローブの懐からなにかが滑り落ちた。琥珀色をした液体と細かい茶葉が入ったボトルだ。
「アイオルーーー!! それを飲めーーー!!」
「え……?」
急に名前を呼ばれたアイオルは、声の主とボトルとを交互に見比べた。
「いいから飲めーーー!! 俺のおすすめ薬草茶だーーー!!」
アイオルはボトルを拾い、栓を抜いて薬草茶を一気飲みした。すると、アイオルの顔色は見る見る明るくなり、表情がはつらつとしてきた。
「高即効性の薬草茶! 滋養強壮、体力回復、精力増強といったらこいつだぜ! あとメンタル回復にも効果抜群さ! やっちまえ! アイオル!!」
「サンキュー、ソルム!!」
聖剣デシレを握り直し、アイオルは巨竜の方へ駆け出した。聖剣は、アイオルの心に呼応するかのように、光を放ち輝いている。アイオルの髪や目と同じ、澄んだ瑠璃色の光を。
「俺はノグ・アルドが好きだ! ウォレーもニアーグもエルドも、ユベルも! そこに住んでるみんなが大好きだ! だからお前なんかに壊されてたまるかよ!!」
聖剣から光があふれ出し、アイオルの体を包み込んだ。アイオルは光に運ばれるように宙へ舞い上がり、聖剣を巨竜の眉間に突き刺した。
巨竜は、断末魔のような叫び声を轟かせたかと思うと、白い光の粒となって分散した。光の粒は【頂の祭壇】のあったところに飛んでいき、元の祭壇の姿に戻った。【竜の神器】は力を失ったのかすべて灰色になっており、祭壇の床に転がっていた。
なにもなかったかのように鎮座している祭壇を見つめながら、アイオルはつぶやいた。
「やった……のか……?」
「そうだ。よくやったアイオルよ」
答えてくれたのはオードだった。
「そうか……やったんだ、俺」
噛みしめるように、アイオルはつぶやいた。愛する息子を守るため、我が身を犠牲にした聖王サファー。彼の最期の微笑みが、まだそこにあるかのようだった。
「父上……やったよ……俺……やっ…………た……よ……」
ノグ・アルド山の頂上で涙を流すアイオルの目は、まるで【泡沫の瞳】のように美しかった。サファーと同じ、瑠璃色の目。
いつの間にか空は青く澄み渡り、優しい陽光がアイオルを照らしていた。
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