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ノグ・アルド戦記外伝④【#ファンタジー小説部門】

第3章「望まぬ再会」

 オフェリアに別れを告げ、ギャリー隊はセルリアン城を目指す。セルリアン城までは、来た道を戻るよりも、そのまま南下していった方が早い。魔導羅針盤マジコンパスがギャリーの行きたい方向へ導いてくれるので、一行は道に迷うこともなく山道を降りることができた。

「ねえ、あれがセルリアン城じゃない?」

 3歩ほど先を走っていったデニが、遠くに見える建物を指差した。まるで晴れ渡る空のような色の城が、緑豊かな木々に囲まれている。ダナハ村以外の居住区域を知らない四人は、「おお~」という実にシンプルな感想をつぶやいた。
 目の前に広がる雄大な景色。そこでは、セルリアン公爵家対反乱軍の熾烈な戦いが繰り広げられているのだろう。そう思うと、ギャリーの心はなかなか晴れなかった。

 一行がセルリアン城に見惚れていると、突然草むらからなにかが飛び出した。また野犬か、と思い身構えたギャリーだったが、その正体は野ウサギだった。しかし、臆病なコンがビビり散らかすには十分な出来事だった。

「うわあああっ!」

 驚いた拍子に、コンは石の階段から足を踏み外した。大人であれば多少踏ん張りのきく道だが、少年のコンにはいささか険しすぎる。コンはそのまま崖から落ちてしまった。
 いや、厳密には「途中まで崖から落ちた」とする方が正しい。どこからともなく現れた男が、落下中のコンをキャッチし、コンは事なきを得た。

「大丈夫かい?」

「は、はい、ありがとうございます……」

 男の言葉に、コンはもじもじしながら答えた。
 その男は、子供の目線であることを差し引いても、かなり大柄だった。鍛えられた筋肉隆々の体は、服の上からでも十分な存在感を放っている。漆黒の衣装を身につけた姿は、高位な者を彷彿とさせるほど格調高い。群青色の髪を肩まで伸ばし、太く凛々しい眉毛を持つ。顔の彫りは深く、雄々しさの中に物腰の柔らかさを備えたような表情が、余裕のある為人ひととなりを思わせた。

 今しがたの救出劇を見ても、相当の運動能力を備えた者だとわかる。命の恩人とはいえ、この得体のしれない超人に抱きかかえられたコンは、ずっとビクビクしていた。

「コン! だいじょうぶか!」

 まず、デニが駆けつけた。そのすぐ後ろにはシアン。のんびり屋のギャリーは、二人からずっと離れた場所で、ゆっくりと階段を降りている。

「あれ、あんた誰だ?」

「この人がたすけてくれたんだよ、ギャリー」

 兄貴分の天然な無礼を、コンがさりげなく窘めた。

「あちゃー、そうだったのかぁ。いや、すんません」

「気にしていないよ」

 男は爽やかに微笑んだ。

「ところで、君たちは……いや、失礼。こちらが名乗るのが先だったな。私はアズール。武者修行の旅をしている」

「あ、俺らはですね……」

「私たち、『ギャリー隊』です。ダナハ村から来ました。私はシアン。こっちはリーダーのギャリー。で、こっちがデニ。あなたが助けてくれたその子は、コンっていいます。コンを助けてくれて、ありがとうございました。私たち、セルリアン城へ向かっている途中なんです」

 ギャリーがもたもたしている間に、しっかり者のシアンがてきぱきと答えた。

「ごていねいにどうも。そうか、セルリアン城に。実は私もそちらに向かうつもりだったんだ。もしよかったら、一緒に行かないかい?」

 本来なら見ず知らずの大人についていくことは、危険な行為だ。しかし、コンを助けてくれたアズールは信用に足る人物だ。また、打算的な考え方をすれば、強そうな大人は手頃な用心棒にもなる。それに、なんだか「いい人」の感じが出ているとギャリーは思った。

「大丈夫、だよな?」

 ギャリーは念のため、ギャリー隊の承認を請うた。

「私は賛成よ」

「おいらも!」

「僕も……この人、いい人だと思うから……」

「ってことで、よろしく……です。えーと、アズールさん」

「アズールでいい。あと言葉遣いも気にするな。私たちは対等なのだから」

「あっ、うん、わかった。よろしくな、アズール」

「よろしく、ギャリー、シアン、デニ、そしてコンも」

 ギャリー隊に、新たな仲間・アズールが加わった。



 セルリアン城へ向かう道中、ギャリーとアズールは互いの旅の目的を話した。

 アズールは、剣や槍などの武器を一切使わない拳法家だそうだ。大陸中を旅しながら、「その日必要なものは、その日に用意する」という生活を続けているらしい。セルリアンには、今日の分の食料を調達するために向かっているとのこと。どうりで身軽なわけだとギャリーは納得した。

 長い山道を抜け、ようやくセルリアンの城下町が見えてきた。町の入口までやってきたところで、ギャリーはあることに気づいた。

「人が、いないなぁ」

 家々が並び立つ通りにも、いつもは賑わっているはずの市場にも、住民らしき人影はなかった。

「妙だな」

 アズールも不審がった。ギャリーは、アズールに自分の考えを話してみた。

「もしかしたら、反乱軍がもう抑えたのかも」

「なるほど、その可能性はあるな。なにが起こるかわからないから、用心して進もう」

 セルリアンは、ユベル有数の城下町だ。華やかさは王都に負けるものの、ユベル一の広大な領土を誇る上、港があるので交流人口も多い。そんな町を歩いて人っ子一人見かけないとは、なにかあったと考えない方が難しい。

 城に近づくにつれて、だんだんと人の声も聞こえてきた。しかし、その喧騒は、賑わいとは別のもののようにギャリーは感じた。

 城の入口近くまで来たところで、一行はセルリアン城下の現状を知る。武器を手に取ったセルリアンの民、民の襲撃から城を守る兵士たち、まさに反乱軍がセルリアン城へ攻め入っている最中だった。

「反乱軍、これほどの実力とはな」

 アズールが感心したようにつぶやく。

「君たちが参加する必要もないんじゃないのか、ギャリー?」

「そうかもなぁ」

 ギャリーは少し拍子抜けした様子だったが、これでダナハ村での暮らしが改善されるのならなにも問題ないとも思った。
 自分たちの出る幕じゃないとセルリアン城に背を向けたとき、ギャリーの背後から声が聞こえた。

「ギャリー?」

 聞き覚えのある声。懐かしい声。振り返ると、水色の長い髪を一つに縛った、凛とした女性騎士が立っていた。

「お前、スレナか?」

 騎士は頷く。すると、小さい三人が一目散に騎士の下へ駆け出した。

「スレナねーちゃんだ!!」

「みんな、元気だった?」

 三人に抱きつかれたスレナは、優しく微笑んだ。

 スレナは、ダナハ村出身だ。1年前、ユベル聖王国に仕官するため村を離れ、その後の消息は不明だった。のんきな村人たちは、しっかり者のスレナなら大丈夫だと信じて疑わなかったので、特に気にするでもなかった。

「私シアンよ、覚えてる?」

「もちろんよ! みんなに会えて嬉しいわ! でも、どうしてここに?」

「ギャリーといっしょにきたんだよ!」

 デニが嬉しそうに答えた。

「おいらたち、ダナハ村をすくうんだ!」

「村を救う?」

「反乱軍に参加するために来たんだ。セルリアン公を倒してな」

 ギャリーがいつものニコニコ笑顔で話す。しかし、それとは対照的に、スレナの顔は俄然曇った。

「そう……なら私は、みんなの敵ってことになるわね」

「敵? なんで……」

「私はセルリアン公に雇われたのよ。反乱軍と戦うために」

「なんだって?」

 ギャリー隊は耳を疑った。スレナはセルリアン側の人間で、自分たちと敵対する関係である。そのことは、とても受け入れられる話ではなかった。スレナを見つけるや否や抱きついた三人も、不安そうな表情を浮かべながら彼女から少し距離を置いた。

「私は、ユベルの騎士になれなかった。でもそれじゃダナハ村の皆に合わせる顔がなくて、傭兵稼業をしていたの。そしてこの度、セルリアン城を守るために雇われたってわけ」

「そんな……」

「だからギャリー、セルリアン公を倒すつもりなら、その前に私を倒してから行きなさい」

「そんなことできるわけないだろ!」

「でもやらなくちゃならないのよ!」

「なんでだよ! 俺たち友達じゃないか!」

「友達よ! 友達だけど、仕方ないじゃない!」

 スレナが剣を抜き、切っ先をギャリーに向けた。その目は涙を浮かべていた。

「ここで私が裏切ったら、お金だけじゃなくて信用まで失うことになるの! 私たちのような孤児が生きていくためには、地道に信用を築くしかないのよ!」

「でも! それで友達同士戦うのかよ! そんなのおかしいって!」

 ギャリーとスレナとの押し問答が続く。その間に割って入るように、セルリアン兵の声が聞こえた。

「セルリアン全軍に告ぐ! 一旦城へ退却せよ!」

 それは、反乱軍の優勢を意味する報せだった。指示に従おうとしたスレナは、説得を試みるギャリー隊に背を向けた。

「ごめんね、みんな。でも私は、こうしか生きられないから」

 スレナは、セルリアン城に向かって走り去っていった。

 一部始終を一歩引いて見ていたアズールは、ずっと黙り込んでいる。泣きじゃくるデニたちをそっと抱き寄せ、ギャリーの方に目をやった。

「くそ……なんでこんなことになっちまったんだよ……!」

 ギャリーの複雑な心境を、アズールは推し量ることしかできなかった。



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