ソーシャリー・ヒットマン外伝3「蒼き時代を知る者」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
ターゲットは、ワールド・ブルー株式会社にいる。しかし、わけのわからないこの会社は、一筋縄ではいかないようだ。
なんとも悪夢のような依頼を受けてしまったが、悪いことばかりではなかった。
午前5時から開店している「喫茶 花」。麗しいマスター、そつがない店員、申し分ないクオリティーのモーニング。
そして、あんこ。あのあんこは美味だった。しつこさのない甘さは口当たりがよく、それでいて存在感がある。学級カーストの頂上でふんぞり返っている顔だけ美人ではなく、一生しゃべってる陽キャ筆頭コミュ力おばけギャルでもなく、誰とでも波風立てずうまく付き合えてノリもそれなりにある控えめお姉さん系の図書委員のような優しさだ。
あの優しい味は、どこから来ているのだろうか。
いや、まずは仕事だ。いい仕事をしなければ、いいものを食べても味気ない。
俺は今日も、ワールド・ブルー株式会社の本社ビルへ行かなければ。
◇
ターゲットである社長の蒼と秘書のゆには、今日はあいにく不在だった。
まあいい。取材という名目で本社ビルには自由に出入りできるし、社長と秘書は不規則な仕事が多い。情報収集をしながら、チャンスを見つけていけばいい。
今日は、各フロアの様子を見て回った。
どこだかのフロアでは、アパレル部門が設立されたことで社員がてんやわんやしていた。「バルセロナ」がどうとか聞こえたが、この会社は本当になにをしているのかわからん。スペインまで蒼に塗りつぶすとでも言うのか。マタドールの赤いヒラヒラを蒼に染める気か。ラ・トマティーナに使うトマトをすべて蒼くする気か。狂気の沙汰だ。
ふう、少し疲れた。確か、最上階にカフェテリアがあったはずだ。そこで休憩するとしよう。
エレベーターに乗り、最上階へやってきた。
ここのカフェテリアは、社員だけでなく来客も利用可能らしい。
昼休みはとっくに過ぎている。よって、客は0人。社員の話に聞き耳を立てて社長や秘書の情報を集めようという目論見は、失敗に終わった。まあいい、とにかく今は糖分補給だ。
調理場を覗き込む。おや、誰もいな……
「!!」
背後に気配を感じた。この俺の後ろを取るとは、只者ではない。一体、何者だ?
「……相変わらず甘いねぇ。『ヒットマンたる者、いついかなるときも油断するべからず』って、あれほど教えただろ」
俺は後ろをゆっくりと振り返った。すると、ひっつめ髪にかっぽう着姿の“食堂のおばちゃん”がそこにいた。見覚えのあるその姿に、俺は思わず声を上げた。
「すぬ婆! すぬ婆じゃあないか!」
「元気にしとったかい、弾ちゃん」
久しぶりに孫に会ったかのような笑顔だ。
すぬ婆は、俺がまだ駆け出しだった頃、裏社会で名の通ったソーシャリー・ヒットマンだった。製薬に明るく、ターゲットの体調を悪化させることに長けていたため、「内臓破り」の異名を持っている。
「こんなところで会うとは奇遇だね。仕事かい?」
「ああ、まあな」
「そうかい。ご苦労なことだね。そういえば、あたしのやったプレゼントは使っているかい?」
先日、俺が任務に使用した下剤とモップも、彼女の特製だ。
超強力瞬間下剤「スターゲザイー」は、舌の粘膜に触れた瞬間、激しい便意を脳細胞へ伝えるという恐ろしい薬品だ。モップ型下剤狙撃装置「MoLaSDe」と組み合わせれば、100m先の人間をも脱糞させることができる。
「それはそうと、すぬ婆がなぜここに? ヒットマンを引退したとは聞いていたが……」
「あたしかい? あたしはただの食堂のおばちゃんさね。なにか注文しに来たんだろ? 再会を祝して、今日は奢ってやるよ! なんでも好きなもの言ってごらん」
さりげなくはぐらかされたが、まあいい。
「それもそうだな。では、コーヒーを頼む。割合は……」
「砂糖7、ミルク2、コーヒー1、だろ?」
「ああ、さすがだな」
「ちょっと待ってなよ。すぐ持ってくから!」
すぬ婆との思わぬ再会に変なテンションになりながら、俺は窓際の席に座り、コーヒーを待った。
「あいよコーヒー。それと、はいこれ」
コーヒーを持ってきたすぬ婆が、なにか差し出した。小さなジップロックに飴玉のようなものが入っている。
「弾ちゃんの口に合うかわからないけどね」
大阪のおばちゃんか、と思ったが、思わぬ再会に変なテンションになったのは俺だけではなかったようだ。ありがたくいただくとしよう。
パクッ。
オロロロロロロロロロロロロロロロ
まずい。なんだこれは。くそまずい。う、わ、まずい。んなっ、おえっ、おうううーーーえっ、かはっ、うぐ、っあー! まずい! そしてくさい! なんだこれは!
この硫黄っぽい感じは……ドリアンか!
「謀ったな、すぬ婆……!」
かっぽう着姿の悪魔は、したり顔でこちらを見ている。
「ほんっとに甘いねぇ、弾ちゃんは。いつも言ってただろ。『ヒットマンたる者、いついかなるときも油断するべからず』だよ」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼の前途は多難である。
(続く?)
【参考記事】
↓「喫茶 花」
↓アパレル部門の話
↓すぬ婆
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