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ノグ・アルド戦記①【#ファンタジー小説部門】

【あらすじ】
かつて人類と竜とが戦ったノグ・アルド大陸。

人類は【竜の神器】という武器を手に竜と戦い、激闘の末に勝利した。
竜は封印され、平和を勝ち取った人類は4つの国をつくり、長きにわたり繁栄を築いていった。

ノグ・アルド暦618年。南のユベル聖王国でクーデターが起こる。さらに、東のエルド王国がユベルへの侵攻を開始した。

西のウォレー王国随一の商業組織・グランド商会の青年アイオルは、ひょんなことから動乱に巻き込まれる。
自らの素性を知ったアイオルはユベル解放軍を結成し、ノグ・アルド大陸の平和のために奔走する。

ノグ・アルド戦記 あらすじ



プロローグ「旅の行商人」

 雲一つない青空の下、グランド商会の馬車は街道を走る。向かい風は少し強く、幌の端っこがぱたぱたと靡いている。馬は嘶くこともなく、並足で積荷を引っ張るその姿は優雅そのもの。蹄が大地を踏みしめるたびに馬車はカタカタと揺れるが、その振動がまた心地良い。この調子であれば、日が暮れるまでに国境を越えられそうだ。


 グランド商会は、ウォレー王国、いや大陸全土の中でも屈指の商業組織である。創設者にして現当主のテラ・グランドは、稀代の大商人で、一代で商会を築き上げた。商売のかたわら身寄りのない子供の世話もしていることから、人は彼を二つの意味で「商業の父」と呼ぶ。グランド商会の屋敷の隣には小さな孤児院があり、そこで育った子供たちの進路は、グランド商会で働くか、ウォレー王国に仕官するか、二つに一つだった。


 ウォレー王国。伝説の冒険家・ウォレーが築いた国で、ノグ・アルド大陸の西部に位置している。国土面積は他の三国家よりも小さいが、大陸随一の港と街道を擁していることから、交流人口は多い。豊かな山林に恵まれたノグ・アルド大陸の中は比較的平地が多いので移動がしやすく、ウォレー自身が旅の行商人だったことも相まって、商業が特に盛んである。

 現国王のザポットは高齢だが、為政者としての器量を十分に備えた人物だった。「ウォレーの民に貴賤なし」というのが彼の信条で、王族だろうと平民だろうと質実剛健に働かせた。居城こそ立派であるものの、衣食は贅沢をせず、しかし祝い事があれば国を挙げて宴を開く、なんとも民との距離が近い君主である。それゆえに民の信頼は厚く、全員が慎ましいながらも満ち満ちた生活を送っている、それがウォレーという国だった。


 馬車がウォレー王国を出発してから、半月が経とうとしていた。あてもなく街道を進み、町や村など人気のある場所で停まっては売買をする。それを繰り返し、今やユベル聖王国の北東部にまでやってきた。もうすぐエルド王国との国境に差しかかる。ということは、緊張感を持って越境に臨まなくてはならない。


 ノグ・アルド大陸は4つの国家が東西南北に分かれている。その中でも南のユベル聖王国は、大陸一の繁栄を誇っている。建国者は、かつて古の巨竜を鎮めたとされる聖女・ユベル。国民の大半を聖職者や信仰深い者が占めているのはそのためで、「聖王国」という名称の所以もまた然りである。君主は「聖王」と呼ばれ、ユベルの後継者として崇められる存在となっていた。

 一方、東のエルド王国は民の毛色がまったく違う。開拓の戦士・エルドが興したこの国は、豊富な軍事力と燃える野心を抱えており、要するに「血の気が多い」のである。特にユベル聖王国とは長年の確執があるらしく、南の大国へ侵攻する好機を今か今かと待っている状況のようだった。したがって、ユベル‐エルド間の国境を越える際は、たとえウォレーの行商人であっても気を引き締めなくてはならないのである。


 国境の砦が見えてきたところで、一旦馬車を停める。すると、砦の方向から一騎、こちらに向かってやってきた。馬上の男――グランド商会の用心棒で、名をヴェントスという――は、遠くから見ると大層な騎士に見えるが、近くで見れば見るほどみすぼらしい。全体的に細身で、顔は青白く、頬はこけている。目は虚ろで隈も深く、体調が万全のときはあるのかと思わせるほど常に顔色が悪い。年はまだ四十前だが、長い黒髪を結わえたポニーテールは白髪交じりで、実年齢よりも老けて見える。よく見るとハンサムな顔立ちではあるものの、その面影を消し去るように気苦労が覆いかぶさっていた。
 手にした羊皮紙を差し出しながら、ヴェントスは手続きの結果を知らせた。

「通行許可証だ、ソルム」

「いや、俺が持っとくよ」

 貨物用のワゴンの中から、3人目のキャラバンメンバーが顔と左腕を出し、通行許可証を無造作に掴んだ。その腕には、青く輝く宝珠が埋め込まれた美しい腕輪がはめられている。瑠璃色の直毛セミショートが風に吹かれ、さらりと流れた。髪と同じ瑠璃色の目は、まるでこれからスリリングな冒険に出かけるかのように爛々と輝いている。無理もない。アイオルにとっては、今回が初めての旅となるのだ。



 アイオルがグランド商会にやってきたのは、10年前の嵐の日だった。特にユベル王都付近の被害は甚大で、湖をひっくり返したかのような土砂降りによって、河川という河川が激しく氾濫した。大洪水に見舞われたあの夜、見知らぬ若い騎士が8歳の子供を抱きかかえて孤児院に押し入ってきた。豪雨を浴びた長い前髪と必死の形相とが、端正な顔を歪ませている。そして、脇目も振らず痛烈に懇願した。

「この子を助けてくれ! 頼む!」

 騎士の叫びを聞くや否や、当主テラが屋敷の奥から駆けつけた。二人ともずぶ濡れで、顔面は蒼白。特に子供の方は容態が深刻で、昏睡状態だった。一刻を争う事態だと悟ったテラは、すぐに二人を自分の寝室に運び、医者を手配した。翌朝、二人は一命をとりとめ、夕方にはベッドから起き上がるまでに回復した。

 しかし、子供の方に重大な問題があった。目が覚めてからの第一声が「ここ、どこ?」だったのはわかるとして、自分の名前を聞かれて首を横に振るのは、明らかに様子がおかしい。騎士が「私の名前がわかりますか?」と聞いても同じだった。騎士はひどく落胆し、テラはそれを心配そうに見守ることしかできなかった。

 そのまた次の日、テラは二人を連れてウォレー城へ向かった。なんでも、今後の処遇をザポット王と相談するとのことだった。結果として、子供は孤児院で預かり、騎士の方は商会が用心棒として雇うことになった。記憶を失くした子供は「アイオル」と名付けられ、グランド家や孤児院の他の子供らとともに、のびのびと育っていった。



 あんなに恐ろしい目にあったというのに、アイオルもヴェントスも、何事もなかったかのように振る舞っている(もっとも、アイオルは記憶がないのだが)。そして、あの日から10年が経った今、アイオルは初めての行商で、初めてエルド王国に足を踏み入れることになるのであった。

「エルドってどんなところかな? うまいもんあるかな?」

 まるで観光に来ているような口ぶりのアイオルに、ヴェントスが苦言を呈する。

「まずは仕事だ。だが、今日はもう遅い。宿を手配してくる」

 そう言うとヴェントスは踵を返し、国境近くの集落へ向かった。西日に照らされた影が槍のように伸びては日没とともに消えていく。馬車は国境を越え、エルドの地へ足を踏み入れた。



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