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ノグ・アルド戦記⑨【#ファンタジー小説部門】

第8章「兄と弟と」

 空は曇天。晴れていれば朝陽が眩しかろう方角に、ユベル城が見えてきた。ユベル解放軍の変となるか乱となるか、歴史の分岐点となる一日が始まろうとしていた。

 行商のためウォレーを出発したと思えば、気がつくと大陸を一周していた。その一連の旅の中で、アイオルは随分と成長した。王都までの道中、反乱軍だけでなく山賊や盗賊とも剣を交えることがあったが、どの戦いも危な気なく勝利を収めている。キブやマヤといった【影の衆】の面々に勝るとも劣らない腕になってきた。ヴェントスの教えも当然あるのだろうが、アイオルの素質もバカにできない。ラズリもまた剣の達人とのことだったので、双子揃って先天的な名剣士である。

 城下町を駆け抜け、見張りの兵士を突き飛ばし、一行はユベル城の目の前に立った。

「ラピス」

 ニアーグ兵たちが破城槌で城門をこじ開けようとしている際、ラズリがアイオルに声をかけた。先日の諍い以来、面と向かって話すのは初めてだった。

「なんだ、ラズリ?」

「クーデターを起こしたのはターコイズ、聖王の弟だ。我々にとっては叔父にあたる」

「そう、なのか」

「といっても、私はその男になんの情けもないがな。それより、もしもターコイズがすでに制圧しているとしたら、聖王や反クーデター派の家臣たちは捕縛されているだろう。私はその捜索に当たりたいのだが、構わないだろうか」

 アイオルは面食らった。天上天下唯我独尊を絵に描いたようなあのラズリが、アイオルに許可を請うている。

「それはもちろん。だけど、なんで俺に?」

「お前は解放軍のリーダーだろう。リーダーに指示を仰ぐのは当然のことではないか」

 地下牢でアイオルに殴られてから、心境の変化があったらしい。しおらしさとは程遠いが、ラズリなりに気を遣っているのかもしれない。以前とのギャップに、アイオルはドギマギした。そばにいたエリフが助け舟を出した。

「私も同行します。エルドの人間である私が表に出ると、色々面倒でしょうから……それに回復魔法の心得がありますので、怪我の治療に役立てるかと」

「わかった。それじゃ頼む」

 ちょうど城門が開いたところだった。ラズリとエリフは頷き、地下へ続く階段を降りて行った。二人を見送った後、アイオルは後ろを振り返り、右手を天に掲げ叫んだ。

「ユベル解放軍、進めぇー!」



 クーデターを起こすくらいなのだから、十分に計画を練り、兵もたくさん集めたはずである。しかし、ウォレーとニアーグの二国を味方につけた解放軍の方が、反乱軍より士気は高く人数も多い。反乱軍の中には、解放軍の怒涛の進撃に逃げ惑う者もいた。

 一番奥の大きな扉をバタンと開けると、そこは広い部屋だった。奥には玉座が見え、何者かが座っている。傍らには、十数人の兵士たちが玉座を囲んでいる。

 玉座に座っていたのは、初老の男だった。痩身で背はすらりと高く、豪奢な鎧とマントが高貴な印象を与えている。髪や目の色は、アイオルやラズリによく似た瑠璃色だ。この男こそ、クーデターの首謀者にして、ユベル聖王国の王弟ターコイズだった。ターコイズは立ち上がり、怒りとも動揺ともわからない震えた声で叫んだ。

「貴様らか! 解放軍などという不届きな連中は!」

「そうだ! お前が反乱軍の頭だな!」

「いかにも! だが貴様の好きにはさせんぞ、ラズリ王子!」

 ターコイズは、アイオルをラズリと勘違いしているようだ。血走った目からは、憎しみの感情が渦巻いていた。

「ユベル聖王国王弟ターコイズ。あなたはなにをしでかしたかおわかりになって?」

「ニアーグの女王か。貴様にはわかるまい。私がどれだけ苦汁を飲まされてきたことか!」

 ターコイズは眉間にしわを寄せながら、恨みつらみを語りだした。

「我々兄弟は、幼少の頃から同じように育ってきた。同じ教育を受けながらも、勉学も武術も私の方が優秀だった。にもかかわらず、先に生まれたからという理由だけで、兄であるサファーが聖王を継いだ! 兄は昔から体が弱く、今も病床に伏している。ろくに政治もできていない男に、ユベルを治める資格はない!」

 顔を真っ赤にして、ターコイズは熱弁を続ける。

「それだけではない! あやつは、聖王の代理としてラズリ、貴様を任命した。弟であるこの私を差し置いてだ! 私に王座を奪われるのが嫌で、自分の息子を後釜にしたのだ!」

 アイオルは心が痛んだ。境遇こそ違うが、兄弟間の関係がこじれているのは自分たちと同じだ。ターコイズがサファーを恨んでいるように、ラズリも自分を恨んでいた。地下牢でのラズリの眼差し、憎悪を燃やしたあの眼差しは、目の前のターコイズと同じそれだった。

「これは聖戦だ! 腐敗した年功序列制度を壊し、ユベルは実力で評価される国に生まれ変わる! 貴様のような若輩者に邪魔はさせんぞ! 者ども、かかれ!」

 ターコイズの号令で、玉座を囲んでいた兵士たちが襲いかかってきた。迎撃の態勢を整えながら、ヴェントスがつぶやいた。

「なるほどな。反乱軍の中には、高い実力を持ちながらも出世に恵まれなかった者もいるということか」

 ユベル聖騎士団内で高位に就いている者は皆、例外なく身分の高い貴族である。ヴェントス自身もニアーグの名家に生まれていたことから、若くしてラピス王子の側近を務めることになったのだ。逆に言えば、いくら剣の腕を磨こうが、平民出身者の処遇はたかが知れている。ターコイズに従うこの者たちは、平民の出だというだけで不遇な扱いを受けてきたのだろう。

 実際、十数人の兵士たちは、いずれも強敵だった。それは手腕もさることながら、理不尽な貴賤の差別に対する憎しみが、彼らの士気を上げているのだろう。鬼気迫る攻撃に、解放軍は苦戦した。

 しかし、解放軍には「ユベルを取り戻す」という信念がある。アイオルにはユベルの王子として過ごした記憶こそないが、この数十日間で愛国心が芽生えていた。行商の中で見てきた住民たちの幸せは、アイオルにとっても大切なものになっている。それを奪うような輩を許せるわけがない。

 手練れの兵士たちをヴェントスやキーロたちに任せ、アイオルはターコイズの下へ駆け出した。ターコイズは銀色に輝く槍を構えている。

「来い! 私が引導を渡してやる!」

 ターコイズは勢いよく槍を振り回した。アイオルはそれをヒラリと躱し、ターコイズの懐に潜り込む。しかし、意外と俊敏なターコイズが、軽やかなステップで後退し、第二撃を繰り出す。咄嗟に左手の【颶風ぐふうの鱗】で身を守るアイオル。ターコイズの連続突きに、アイオルは為す術がなく防戦一方だ。アイオルの得物である片手剣は、リーチの長い槍とは相性が悪い。何度目かの攻撃で、【颶風ぐふうの鱗】は弾き飛ばされた。

 アイオルの眼前には、勝利を確信したターコイズの不敵な笑みがあった。



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