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ノグ・アルド戦記外伝③【#ファンタジー小説部門】

第2章「魔女問答」

 魔女オフェリアの家で一泊した「ギャリー隊」は、思いもしなかった方法で目を覚ます。鶏の鳴き声でもなければ、オフェリアの怒鳴り声でもない。

 ビーッ! ビーッ!

 家中から聞こえてきたけたたましい警告音だった。少年たちは驚き、ベッドから崩れ落ちた。寝起きの悪いギャリーを除いて。

「まったく、報告煙突チムニー・リポーターの警告で目覚めなかった人間は初めてだよ」

 客室の様子を見に来たオフェリアが、呆れたようにつぶやいた。

「その寝坊助をさっさと起こして連れてきな。ちょいとあんたたちに話がある」

 リビングに集められたギャリーたちは、オフェリアの指示で暖炉の前に座った。

「こいつは『報告煙突チムニー・リポーター』といって、危険や重大な情報を教えてくれる魔法道具なんだ。さっきの音はこいつの仕業さ」

 ギャリーはまだ眠そうだったが、ほかの三人は真剣な表情でオフェリアを見つめていた。オフェリアは、暖炉の火を杖でかき混ぜている。報告煙突チムニー・リポーターの警告内容を確認しているらしい。

「どうやらあんたたちにとって残念な報せみたいだね。反乱軍が国境を抑え、ユベル国外への出入りはできなくなっちまったってさ」

「ええっ?」

 さすがのギャリーも、この情報を耳にして呆けているわけにはいかなかった。目的地までの道のりが、完全に閉ざされてしまったのだから。

「さて、どうしたものかねぇ……あんたはどうしたい?」

 オフェリアがギャリーに問うた。

「どうしたい?」

「そう。現状、ウォレーに行くことはできなくなった。ということはだ、これからなにをするかは、あんたが決めなくちゃならないだろ?」

「俺が、決めるのか……」

 ギャリーは少し考え込んだ。その様子を見たオフェリアは、少し補足した。

「ギャリー、あんたはその子らよりかは大人だよ。間違いなくね。でもね、その子らを安全なところに連れていくったって、安全なところなんてどこにもないんだ。それなら、自分はどうしたいか、自分はなにをすべきか、自分になにができるか、この三つを考える必要があるんじゃないのかい?」

 一語一句ていねいに諭すようなオフェリアの言葉。これに対し、ギャリーが出した答えは。

「俺は、みんなと一緒に、平和に暮らしたい」

 ギャリー隊は皆「うんうん」と頷いている。

 オフェリアが再び問うた。

「それが『どうしたいか』だね。それじゃ次、なにをすべきだい?」

「なにをすべき……戦争を終わらせるべき、かな」

 いつになく考え込むギャリー。その姿に、ギャリー隊は少し戸惑っていたが、誰一人として口を挟む者はいなかった。

 オフェリアとの問答は続く。

「戦争を終わらせる、か。それじゃ、戦争を終わらせるために、あんたにできることはなんだい?」

「俺にできること……」

 ギャリーは考えた。戦争を終わらせるために、自分になにができるのか。あまり頭脳労働に慣れていないギャリーは、少し手こずっている。

 オフェリアが助け舟を出した。

「じゃあ、少しヒントをあげようかね。ギャリー、あんたの特技はなんだい?」

「とくぎ?」

 ギャリーは予想外の質問にキョトンとした。

「あー、えー、うーんと……剣かなぁ」

「あんたたちは?」

 オフェリアは、今度はギャリー隊に問うた。

「おいらはねぇ! いたずらしたり、鍵開けたり、あとかっぱらい!」

 デニが、犯罪行為の数々を無邪気に誇った。

「私は、お料理とかお洗濯、お裁縫も得意よ!」

 シアンが、家庭的な一面を覗かせる。

「僕は……弓……」

 コンの声は小さかったが、彼なりに決意に満ちた一言だった。

「そうかい、答えてくれてありがとうね。ほれ、もう答えは出たようなもんだろ、ギャリー?」

「俺たちも……戦う?」

 オフェリアがニヤッと笑った。

「そうさね、昨日の野犬との戦いを見た限りでは、なかなかのもんだったよ。ギャリーの剣も、コンの弓も。デニは器用ですばしっこいから、隠密行動なんか合ってるかもね。シアンは大した衛生兵になれると思うよ」

 自分たちのような子供が、と困惑しているギャリー隊に、そっと背中を押すようにオフェリアが続けた。

「もちろん、あんたたちだけでどうにかできる問題じゃないさ。それにアタシだって、大人がおっぱじめた戦争に子供を巻き込ませたくないよ。ただ、誰かが用意してくれる平和なんてないのさ。自分の望むもののためになにをするのか。自分がしたいこと、自分がすべきこと、自分にできることをわかってる人間は強いよ」

 ギャリーは、オフェリアの言葉を反芻していた。誰かが用意してくれる平和なんてない……

 ビーッ! ビーッ!

 報告煙突チムニー・リポーターが、再び警告音を響かせた。

「なんだい、今日はやけに多いねえ」

 オフェリアは面倒くさそうに杖を取り、暖炉の火をかき混ぜた。そして、警告内容を確認した後、ギャリー隊に向き直った。

「ユベル解放軍ってのが、反乱軍を鎮圧するために動き出したそうだ。ダナハ村を救いたいってんなら、急ぐこったね」

 ギャリーにゆっくり考える時間はなかった。それでもギャリーは、悩むでも焦るでもなく、本心で答えた。

「決めた。俺たちギャリー隊は、セルリアン城へ行こう。俺たちの手で、ダナハ村の自由を勝ち取るぞ!」

 少年たちは決意の雄叫びを上げた。



 セルリアン城へ行き、領主ベレンスの悪政を絶つ。ギャリーがそう決断してからオフェリアの家を出るまで、さほど時間はかからなかった。

 出発前、オフェリアはギャリーに餞別を贈った。

「あんたに渡しとくものがある。ほら」

「ん、これはなんだ?」

「アタシの魔法道具『魔導羅針盤マジコンパス』だよ。所有者の心を読み取り、目的地まで導いてくれる。極度の方向音痴でも、迷わずセルリアン城まで行けるだろうさ」

 ギャリーは照れ笑いを浮かべている。

「あと、離れていても連絡が取り合える『伝輪でんわ』も人数分渡しとくよ。番号の書かれたスイッチを回せば、その番号に対応した伝輪でんわを持つ相手と話すことができる。数字はわかるかい? わからなければ今覚えな。複数人で同時に会話することもできるからね。音量? そこのダイヤルで自由自在さ。どこまでも大きくなるから、気をつけて調整するんだよ」

 1から4までの数字が振られた腕輪が、四人に配られた。少年たちは、とっておきのアイテムを手にはしゃいでいる様子だ。

「それと、こいつも持っていきな」

 自分の首にかけた魔導羅針盤マジコンパスをギャリーがまじまじと観察していると、オフェリアは一振りの剣を差しだした。銀色に輝く、立派な両手剣だ。刀身になにか印字されているが、文字の読み書きができない少年たちには解読できなかった。

「古い知り合いが使ってた剣なんだけど、大剣を片手で振り回すあんたなら使いこなせるだろ」

「ほえー、かっこいいなこれ! ありがとう、オフェリア!」

「みんな、生きて帰ってくるんだよ」

 オフェリアに見送られ、ギャリー隊はセルリアン城へ向かった。

 ひとり家に戻るオフェリア。おもむろに机の引き出しを開け、古びた手紙を取り出してそれを眺める。そして、思わず独り言ちた。

「銀髪も、剣の腕も、笑顔も、なにもかもだ。全部あんたにそっくりだよ、レヴリス」



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