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牛乳を売るしかなかった男の末路
単身で出張中、上司から電話がかかってきて「新しいイベントの実行委員会の会計をお願いしたいんだけど」と頼まれたときの正しい返事は、
「はい」
「わかりました」
「がんばります」
のどれでしょうか。
そうですね、答えはそれです。
◇
「うちの町は、夏はイベントがあるけれど、冬はなにもない。だから冬もイベントをやろう」
地元の子どもたちの提案によって実現された、冬のイベント。当時役場職員3年目で企画部署に所属していた僕は、冒頭の上司の依頼に「はい。わかりました。がんばります」と答え、晴れて実行委員会のメンバーとなった。
本来ならイベントは観光部署の管轄なのだが、“町内の若者たち(概ね35歳以下)だけで実行委員を構成し、町の補助金を利用して自分たちだけで運営する”という謎ルールがあったので、実行委員のメンバーは寄せ集めだった。今思えば、僕は「行政サイドとの架橋」的なポジションだったのだと思う。おかげで、ひどく忙しい年度末を過ごすことになったのだが。
なにもかもが初めてだったので、イベント開催の勝手がまるでわからない。手探りの中、「雪合戦をやろう!」「スノーモービルなんか面白くない?」などと企画や段取りを考え、夜遅くまで会議した日も少なくなかった。僕の場合、公務ではなくボランティア扱いなので、時間外手当もつかない。それでも、役場代表として恥じぬよう、一生懸命やってきた。
僕は会計のほかに、販売ブースの責任者にもなった。販売ブースといっても、スープとホットミルクを売るだけの、テント1張分の小さなスペースだ。僕以外に5人くらいのメンバーがいて、スープの試作など楽しくやっていた。
しかし、ホットミルクに関しては、本番までほとんど手つかずだった。「牛乳あっためて売るだけでしょ?」と高を括っていたのである。事実、物品の準備さえできていれば、当日までやることがなかった。
牛乳の手配は、実行委員長(地域おこし協力隊のお姉さん)が御自ら買い出しに行ってくれることになっていた。
前日準備のとき、実行委員長がニッコニコで牛乳を届けてくれた。その数、1リットル紙パックのものが80本。
はちじゅ、80本!?!?!?
バカなの? 1杯100mlとして、すべて売るのに800杯になる。人口5,000人程度の町で、前例のないイベントでは、100杯も売れれば御の字だ。その8倍売れと? ねえ、バカなの?
実行委員長は「外は寒いから、みんなホットミルク飲みたいだろうなーと思って!」とかなんとかほざきやがっていらっしゃる。いやいや、横でスープも売るんだよね? そっちのが目玉商品なんだよね? じゃあなんでスープよりも牛乳の方がはるかに多いんだよ!!!
しかし、買ってきてしまったものは仕方がない。牛乳は日持ちしないから、売れ残ったらさばくのが大変だ。会計兼販売ブース責任者としてかなりの精神的ダメージを負ってしまったが、なんとかして売るしかない。
1月某日。イベント当日がやってきた。やってきてしまった。
アイスキャンドルや花火を使用するので、開始は外が暗くなる午後3時から。僕は80本の牛乳を率いて、販売ブースに陣取った。ホットミルク用に渡された鍋は、炊き出しで使うような口径60cmくらいのバカでかいやつだった。マジで800杯売る気だ。
しかし、こんな大鍋いっぱいの牛乳なんて、そう簡単に温まらない。オープンの30分前とかに火を点けても、全っ然温まらない。それもそのはず、真冬の北海道、ましてや積雪量が少ない分気温がぐんと下がる十勝だ。黄昏時にはマイナス10℃を優に下回っていた。
イベントが開始して30分が経った。ぬるまミルクではまったく売り物にならなかったが、隣ではスープが飛ぶように売れている。「冬のイベントを提案した中学生が実行委員となって、自分たちの考えたスープを販売」という謳い文句の下、地元新聞社の取材なんかも来ている。販売ブースのほかのメンバーは、全員スープ側だ。キャッキャキャッキャしている反対側で、僕は牛乳を温めながら、時折お客様に頭を下げるだけのマシーンと化していた。ただでさえ800杯を売るというベリーハードモードの任務があるのに、出鼻をくじかれてしまった。もう帰りたい。
さらに30分が経過。ようやく大鍋の中はホットミルクになってきて、売りに出せるようになった。ありがたいことにお客様もたくさん来るようになってきたので、今度は人手が足りなくてあわあわしている。それを見かねた役場の先輩(実行委員ではなく客として来てた)が、手伝ってくれた。嬉しすぎて、涙の代わりに鼻水が出た。
先輩のおかげもあって、なんとか店も軌道に乗ってきた。が、牛乳はあと70本くらいある。残り時間は1時間を切った。うん、無理だね!
こうなればもうヤケクソである。牛乳をパックのまま販売しよう。2本で100円だ。それでも完売にはならなかったので、道行く人にムリヤリ押しつけた。牛乳や雪の白とは裏腹に、店の売り上げは血のように真っ赤だった。
全然無事ではなかったが、なんやかんやでイベントは終わった。
イベントが終わった後も、僕にはやることがたくさんあった。補助金申請の関係で報告書を作らなければならないのだ。僕は「行政サイドとの架橋」だったので、会計の部分のみならず必要書類すべてに関わった。これも全部ボランティアだ。公務との並行はかなりしんどかったが、なんとかやり遂げた。少なくとも、会計関係は自分に責任があるので、何度も何度も確認した。
収支決算報告書の作成中、僕はあることに気づいた。
「そういえば、販売ブースの売り上げってどうなったんだ?」
牛乳を売りさばくのに必死だったので、売上金は実行委員長が管理していた。実行委員長に売上金の所在を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「一生懸命がんばってくれたから、販売ブースの人たちに全額還元しました!」
なんだってーーーーー!!!!!
ウソだろおい! なに勝手なことしてんだよ! 会計の僕を通さないでお金配るなよ! ていうか、僕も販売ブースの人なんだが! もらってないんだが!
うすうす感づいてはいたが、それが今確信に変わった。
こいつは、バカだ!!!!!
漫画やアニメの表現で「気絶して後ろに倒れる」みたいなものがあるが、本当に卒倒するかと思った。
少なくとも白目は剥いてた。美内すずえの作画みたいになってた。おそろしい子…!
補助金の要項には違反していないし、渡したお金の回収は困難だったので、そのまま処理することになった。しかし、僕のダメージは計り知れなかった。最後の会議で反省点を片っ端から挙げたのだが、副実行委員長(また別の地域おこし協力隊のお姉さん)に「それはアルロンさんがしっかりしていないから」と一蹴された。もうやめて。とっくにアルロンのライフは0よ。
そんなこんなで、初めての冬のイベントは、満身創痍で幕を閉じた。
後日聞いた話では、スープ販売がきっかけで結婚に至った実行委員カップルがいるとのことだった。僕に声をかけた上司曰く「若者だけの実行委員会にしたのは、婚活の意味合いもあった」らしいので、その思惑は一部成功したことになる。
一方、彼女の一人もできなかった僕に、上司は「お前は一体なにをしていたんだ」と言った。いや、あのですね……牛乳を……売っていたんですよ……はい……。
でもなんか釈然としないんだよなあ。僕が大量の牛乳を温めている間、彼らは愛情を温めていたってことでしょ? 僕が書類を作っている間、彼らは思い出を作っていたってことでしょ? 僕が夜遅くまで机の上で悩んでいる間、彼らは夜遅くまでベッドの上で悩ましいことを
あああああ!!!!! 腹立つううううう!!!!!
人の幸せは、ほかの誰かの犠牲の上に成り立っている。それを痛感した24歳の冬だった。
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