そのラーメンはオール・フォー・ワンの味がした【#モノカキングダム2023】
8年ほど前になるだろうか。
地方の役場職員として働いていた僕は、当時もの凄く貧乏だった。というのも、人付き合いを優先しすぎて首が回らなくなっていたからだ。
当時の職場は飲み会が多く、何かにつけて飲みに行く慣習のようなものがあった。加えて、”良い若手職員”でありたかった僕は、基本的にお誘いを断らない。自分自身が飲み会好きだということも相まって、誘われるままに参加し続けていた。
もちろん、上司や先輩が多く払ってくれることが多いので、単発で見れば大した出費ではない。しかし、「塵も積もれば山となる」のとおり、色々なコミュニティに顔を出していれば、見る見るうちにお金は減っていく。気がつけば、3年間かけて貯め続けていた貯金を切り崩し、それすらも枯渇しかけていた。当時を振り返れば、お金と一緒に精神も擦り減っていたように思う。
「少しくらい断ればいいのに」と今なら思うが、当時の僕にその選択肢はない。一度断ればもう二度と誘ってくれないような気がして、それがとても怖かった。だから、たとえそれがどんなに気乗りしない会合でも、先約がない限りは必ず出席していた。
そしてそれは、友人と遊ぶときも同じだった。
ある日、大学時代の友人たちと遊んだときのこと。
僕を入れて9人の大所帯で、夜遅くまでカラオケを楽しんでいた。20代の青春である。今はもう午後10時には眠くなるので、夜更かしは若者の特権かもしれない。
僕はカラオケが好きなので、やれアニソンだ、やれ特ソンだ、やれKinKi Kidsだ、と大いに歌って大いに踊った。とても楽しかった。
しかし一方で、財布の寂しさに一抹の不安がよぎる。とりあえずカラオケ料金は払えそうだが、残金は0に近い。
盛り上がっているうちに、いつの間にか時間はてっぺんを越えている。ひとしきり熱唱し満足した若人たちは、カラオケボックスを後にした。
時間帯は真夜中。車の通りもまばらで、人気はほとんどない。さぁ帰ろう、と思った矢先、友人の一人が口を開いた。
「みんなでラーメン食ってこうぜ!」
緊急事態発生。緊急事態発生。僕の脳内にエマージェンシーコールが鳴り響く。金がない。金がないのだ。ラーメン1杯の値段などたかが知れているが、それすらも払えないくらいに困窮している。
ところが、そんなことを友人たちは知る由もない。周りを見渡せば、すっかり乗り気の8人がウキウキと車に乗り込んでいるではないか。
これは断るわけにはいかない。よし、食べなくてもいいから、最後まで彼らに付き合うことにしよう。
深夜営業をしている近所の山岡家に辿り着いた。入口付近の券売機で、友人たちは次々と己の欲するラーメンを選択していく。
ラーメンを食べるほどの財力がない僕は、当然スルー。餃子やトッピングの煮卵でさえ、僕にとっては手の届かない代物となっていた。
しかし、カラオケで散々歌い散らかした若者の胃袋は、確実にカロリーを欲していた。ましてや、ラーメン屋特有の脂っこい匂いが食欲をそそっているのだから、食べたくないわけないのである。
ラーメン食べたい。でも、食べられない。
席に着くと、一人だけ食券のない者がいることに、その場にいた全員が気づいた。
「アルロン、食べないの?」
その質問に答えるのも恥ずかしかったが、「私、今ダイエット中だから」という丸の内OLみたいな返しは、瘦身の若かりしアルロンには無理がある。
観念した僕は、純粋にお金がなくて食べたいけど食べられない旨を告白した。
すると、友人たちは何かを協議し始めた。
「みんな、サービス券何枚持ってる?」
山岡家では、ラーメン1杯を購入する毎にサービス券が1枚付与される。それを10枚集めると、ラーメン1杯と交換できるのだ。
8人は、先ほど手に入れたそれぞれのサービス券を集約した。中には、自分の財布に眠るサービス券を取り出す者もいる。
こうしてかき集められたサービス券10枚が、僕の目の前に差し出された。
「アルロン、これでラーメン食べられるぞ」
僕は感激した。彼らは僕のために、サービス券を恵んでくれたのだ。
ありがとうありがとう、と泣きながらすすったラーメンは、とてもあったかく、荒んだ心に沁み込んでいった。
あれから8年。僕らを取り巻く環境は、随分と変わってしまった。定期的に会う者もいれば、すっかり疎遠になった者もいる。年を重ねるほど、彼らとの思い出が少しずつ薄れていくのは、仕方のないことなのだろう。
しかし、あのときのラーメン、オール・フォー・ワンのラーメンの味を、僕は一生忘れない。
本記事は、【ことばと広告】さんの企画「#モノカキングダム2023」への応募作品です。
テーマは「あったか」ということで、言葉遊びで少し捻ってみようかなどと考えましたが、今回は純粋な気持ちを書きました。
お読みいただき、ありがとうございました。
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