ソーシャリー・ヒットマン外伝11「蒼き依頼はいつもの店で」
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
今日はこれから依頼人と会う約束をしている。
例の喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。
◇
カランコロンカラン。
午前11時、例の喫茶店にやってきた。
ピンク色の店内。いつものように、給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。本当になんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。
わかったか? わかったらこの「ナタデココココナッツコアララッココーラ」を一つ頼む。
「は~い、おまたせ~」
アタッシュケースを持ってやってきたのは、知り合いだった。
ガーリー賀来。俺が通っているヘアーサロン「モヒートで乾杯」、通称「モヒカン」のオーナーだ。190cm超えの身長に中性的な顔立ち、モデル顔負けのスタイルと抜群のファッションセンス、そしてなにより違和感しかない角刈りヘアーが特徴のオネエスタイリストだ。
しかし、それは表の顔に過ぎない。奴は裏社会で工作員の顔を持っており、俺の仕事をなにかと手伝ってくれている。先日も、いけすかない社長令嬢をすっぽんぽんにするために力を貸してもらったところだ。
そんな奴が、この俺に依頼だと?
「弾ちゃん、おひさ~!」
「おい、なんでお前がいるんだ」
俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
いつも思うが、なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。
「おまたせしましたぁ~☆ 『ナタデココココナッツコアララッココーラ』ですぅ~☆」
小娘の持っているトレイの上を見ると、暗黒物質のようにどす黒い液体が入ったバカでかいジョッキが、その存在を知らしめていた。角切りのナタデココやココナッツミルクプリンが、ジョッキの中でぷるぷる揺れている。ジョッキの縁には、コアラとラッコのミニフィギュアがちょこんと乗っかっている。くそっ、かわいいじゃあないか。
ドンっとジョッキを置く小娘。この重さじゃあ無理もない。コアラとラッコが反動でジョッキから弾き飛ばされて俺の膝の上に落ちたが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。
注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。
……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。
……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
本当にバカバカしい。そんなものあるわけないといつも言っているだろう。俺は騙されんぞ。
……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。
……おいおい、店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「ナタデココココナッツコアララッココーラ」を美味しくさせたいとでも言うのか……!? もはやコアラとラッコはいないが。
参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。
「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」
◇
「で? まさかお前が依頼人とか言うなよ、賀来?」
「まあ、依頼人であって、依頼人ではない、ってカンジ?」
「ちょっとなに言ってるかわかんない」
「んもう! いいから聞いてよね~!」
賀来はそう言うと、2枚の写真を取り出した。1枚にはスーツ姿の若い女、もう1枚にはこれまたスーツ姿の若い男が写っている。
ん、この二人には見覚えがあるぞ。どちらも、ワールド・ブルー株式会社の社員だ。最近まであの会社の食堂によく出入りしていたので、大抵の社員の顔と名前は覚えてしまった。
賀来は、女の写真の方を指しながら話し出した。
「この子、ワールド・ブルー社の社長秘書をしている『ゆに』ちゃんっていうんだけど……」
「知っている。仕事で何度か会ったことがある」
「あら、そうなの? ゆにちゃん、ウチの店で働いている子の友達なの。それでね、こっちの男に付きまとわれて迷惑してるって、ウチの店の子に相談があったみたいで」
賀来は、今度はもう一方の写真を指した。
この男のことも、俺は知っている。
「蒼野 樹生だな?」
「な~に、弾ちゃん! あの会社でめっちゃ友達できてんじゃ~ん!」
「そんなわけないだろう。それで、ゆには蒼野からストーカー被害に遭っているってわけか」
「そうよ。そこで弾ちゃんにお願いなんだけど、蒼野のストーカー行為をやめさせてほしいの」
いつも世話になっている賀来の依頼とはいえ、こいつは受けられそうにない。俺は、仕事の範疇に入らないことには手を出さない主義だ。ヒットマンの心得の一つ、「餅は餅屋、餅屋は餅だけ」ってやつだ。
「警察に相談すればいいじゃあないか」
「んもう! それができないから困ってるんじゃないの! 乙女心がわかってないわね~!」
「お前だっておじさんだろう」
「むきー! それは言わない約束よ! せめてお兄さんにしてちょうだい!」
「だけどな、ストーカー行為をやめさせるったって、社会的抹殺とはわけが違うんだぞ」
俺は「ナタデココココナッツコアララッココーラ」の最後の一滴をストローで啜った。
「もちろん、アタシも手伝うわ! 前に預かったこれ、まだ使えそうだし」
そう言って、賀来はアタッシュケースをそっと撫でた。
ケースの中身はおそらく、魅力的な最高級全衣類溶解パウダー「SupPADaCA」だろう。どんな衣類も完全に溶かしてしまう劇薬で、先日の任務の際に賀来に託していたブツだ。
「今度、あの会社で夏祭りみたいなのやるらしいじゃな~い? そのときにアタシも忍び込んでやってみようかと思って!」
「ブルサマのことか? それならとっくに終わったが」
「え?」
「え?」
「……もしかしてそれって、7月13日だった?」
「ああ」
「ああんもう! 1か月間違えちゃったじゃないの~!」
賀来は少々早とちりというか天然なところがある。この間も、ファーストフード店で俺がポテトをつまみながらスマホをいじっていると「もう弾ちゃん! スマホ食べながらポテト見るのは行儀悪いわよ!」と大声で言われた。周囲の客は、明らかに笑いを押し殺しながら肩を震わせていた。本人に自覚がないだけに、俺がめちゃくちゃ恥ずかしかった。
依頼は破談かと思い、俺は席をはずそうとした。が、賀来は食い下がってきた。
「ちょ、待って! 待って弾ちゃん!」
「なんだ」
「報酬……この報酬なら、きっと弾ちゃんもやってくれると思うから!」
賀来はニヤリとしながら財布を開き、切り札を繰り出すかのようにその中から1枚の紙を取り出した。
そ、それは!
「あら~? 目の色が変わったわね~!」
「な、なぜお前が、それを……!」
「そう! これは宇津串 憩絵のファンクラブ会員100人限定ライブのチケットよ!」
なんてことだ! 俺の推しであり、「いこえる」の愛称で爆発的人気を博している人気声優、宇津串 憩絵のライブチケットだと! それも、俺があらゆる手を尽くしても手に入らなかったファンクラブ会員100人限定のやつ! 毎年開催されている周年記念ライブで、今年はデビュー10周年というのもあり倍率が729倍という異常な高さだったやつ! それを、なぜ賀来が!
「言ってなかったけど、アタシもいこえるのファンなのよ~! だからこのチケットを手放すのはつらいんだけど、弾ちゃんが依頼を聞いてくれるなら……」
「や! り! ま! しょ! う!」
俺は、今までの人生で出したことのないくらい大きな声で、依頼を受けた。
賀来にはいつも世話になっているからな、それに応えないのは不義理というもの。ヒットマンの心得の一つ、「旅は道連れ世は情け、仕事は俺に任せとけ」ってやつだ。決して、報酬に目がくらんだわけじゃあない。決して。
「それじゃあ決まりね! ほんっと、弾ちゃんってば優しいんだから~!」
「わかったから、早くそれを寄越せ」
「んもう! せっかちなんだから!」
賀来からチケットを受け取る。しかし、なにやらチケットの様子がおかしい。
「……賀来」
「なあに、弾ちゃん?」
「お前、これどこで手に入れた?」
「詳しいことは内緒だけど、まあ裏ルートよね」
「日付見たか?」
「日付?」
俺は賀来にチケットを見せつけた。「ナタデココココナッツコアララッココーラ」以上にどす黒い感情のせいか、手がわなわな震えている。
「これ、去年のチケットなんだが……」
賀来の顔が真っ青になった。
「い~~~~~や~~~~~ん!!!!!」
「この腐れ角刈りオカマ野郎がーーーーー!!!!!」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼は、いこえるのオタクをかなり拗らせている。
(続く?)
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