ソーシャリー・ヒットマン外伝8「蒼き祭りは突然に」(前編)
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
だが、生憎今は休業中だ。俺は今、ワールド・ブルー株式会社本社ビルの最上階で、皿を洗っている。
「ほれ、ぼやぼやしてんじゃないよ! オムライスの皿が足んないよ!」
すぬ婆の怒号が飛んでくる。まったく、相変わらず人遣いが荒い。くそっ、なぜこんなことに……
◇
遡ること数日前。
いつものように「ラブリーメイドカフェ☆冥土の土産」へ行こうとしたとき、すぬ婆から忠告を受けた。俺は忠告どおり変装して行った。
思い切って、髪の毛をグリーンとシルバーに染めた。「サイクロン!」「メタルゥゥ!」という立木文彦ボイスが聞こえてきそうな具合だ。これに黒マスクをつければ……完璧だ。誰も俺がソーシャリー・ヒットマンだとは思うまい。
そして「冥土の土産」へ行き、「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を注文したまでは良かった。
あの、いつもの、わけのわからん呪文を唱えた瞬間、
ぐにゃり
と視界が曲がり、全身にブワッと圧力がかかり、大きな渦のようなものに巻き込まれた。
そこから先はあまり覚えていないのだが、カメラのフラッシュがカシャーアカシャーアうるさくまぶしく、大勢の観客が歓声を上げ、七夕大賞がどうとか、彦星がどうとか、ハッシュタグがどうとか、なんかいろいろあった。
すぬ婆やワールド・ブルー社員たちはなぜかメイド服だったし、どういうわけか「喫茶 花」の小花マスターもいた(なぜか割烹着だった)(めちゃくちゃ似合っててかわいかった)。
なにがなんだか……という感じで記憶が曖昧なのだが、一つ言えることは、俺がソーシャルに殺られてしまったということだ。
お祭り騒ぎの後、すぬ婆と話しているところに小花マスターが顔を出した。割烹着から私服に着替えている。
「お疲れさまでした~! 髪、良い感じですね!」
「えっ、あっ、はい」
「あんたの割烹着も似合ってたよ、小花ちゃん。どうだい、食堂で働いてみんかい?」
「そうですね~、お店もありますから……今回みたいにイベントとかならお力になれるかもです!」
真っ向から否定せず、可能性を探し出して提案する。なんて素敵なんだ。けっこn
「それいいね!」
心の中で小花マスターにn度目のプロポーズをしかけたタイミングで、高らかな声が聞こえた。振り返ると、ワールド・ブルーの社長・蒼 広樹がいた。そばに秘書のゆにもいる。
「我が社の食堂で夏祭りをやろう! 名付けて『ブルーサマーフェスティバル』、『ブルサマ』だ!」
一瞬、体操服に着替えて踊るのかと思ったが、違った。困惑する一同を差し置いて、蒼社長は続けた。
「ゆにさん、さっそく日程調整を頼むよ。小花さん、いつなら空いてるかな? ぜひ『喫茶 花』と合同開催ってことにしようじゃないか。ああ、それなら御八堂さんも呼びたいな」
「わかりました。御八堂には私から打診しておきます。小花さん、急で申し訳ありませんが、日程の方を調整させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、私は構いません」
なんだか俄然慌ただしくなってきたな。まあいい。俺には関係のないことだ……と思っていたのだが。
「お祭りってんなら、人手が足りないよ。小花ちゃんが来るなら大勢の社員が集まるだろうさね」
「もう、おすぬさんったら」
「どうだい、皿洗いとしてこの子に一日働いてもらうのは」
すぬ婆の目線がこちらに向けられた。
……「この子」って、俺のことか?
いやいやいやいや!
むりむりむりむり!
おいおい、なにを言い出すんだこのオババは。仮にも裏社会で暗躍する社会的殺し屋に、なんだって食堂の皿洗いをさせようとしているんだ。
しかし、俺の心の叫びなど露知らず、小花マスターの顔は明るくなった。
「良いですね! 弾さんが手伝ってくれたら私も嬉しいです! お願いできますか?」
フン、そこまで言うなら仕方あるまい。せっかく「ワールド・ブルー」「喫茶 花」「御八堂」の三つが集まる貴重な機会だ。ここまで頼まれて無下にしちゃあ、社会的殺し屋の名が廃るというもの。やれやれ、俺のお人好しにも困ったもんだ。
「あっ、はい」
「やったぁ~! ありがとうございます! あ、ゆにさん、この日でOKです!」
「よろしくお願いします。波さんにもお伝えいただけますか?」
「もちろん! この日は休業日にして、二人で参加します! では、私はこれで」
小花マスターはルンルンで帰って行った。スキップ気味の後姿もまたかわいらしい。結婚してくれ。
「いやー、楽しくなりそうだね! じゃ!」
蒼社長は、秘書を引き連れて颯爽と去って行った。なんだったんだ……と思っていたら、ゆにが踵を返してこちらに向かってきた。な、な、なんだですか。
「……あの、失礼ですが、どこかでお会いしたことがありませんか?」
「き、気のせいです」
「そうですか……変なことを聞いてすみません」
「いえ……」
ゆには社長の背を追いかけて去って行った。
ふう、あぶないあぶない。
確かに会ったことはあるが、そのとき蒼とゆには社会的抹殺のターゲットで、俺は調査のために別の変装(記者)をしていた。
俺としたことが、元とはいえターゲットに顔を覚えられるとは。
冷や汗を拭っていると、すぬ婆が口を開いた。
「ということさね」
「なにが『ということさね』だ。なぜ俺が皿洗いなど」
「キャンセルされたんだろ、仕事?」
「!!」
「蒼木部長との話は聞かせてもらったよ。その上で、あんたに新しい仕事を振ってやろうと思ったのさね。でもあれだね、急に厨房に入ってもきっともたもたしちゃうだろうから、明日から手伝ってもらおうかね。ちゃんと給料は出すし、賄いもつけるよ。うちの食堂はメニューが豊富だからね、弾ちゃんの好きなものもたくさんあるよ。あ、でも賄いで食べられるのは一品だけだからね。追加注文は自腹だよ。あたしのオススメはね……」
本当に食えない人だな、すぬ婆は。
◇
というわけで、俺は今、ワールド・ブルー株式会社本社ビルの最上階で、皿を洗っている。
例のイベント、「ブルマパーティー」だかなんだかはいつ開催するのだ。これが終わるまで、俺は皿を洗い続けなければならないのだろうか。冗談じゃあない。
「あんたっ! これオムライスじゃなくてチキンライス用の皿じゃないのさ! このドジ! マヌケ! ××××××!」
すぬ婆の罵詈雑言が飛んでくる。早く帰りたい。
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼が皿洗いを卒業する日はいつなのか。
(後編に続く)
【参考記事】
↓数日前の話
【#ワールドブルー物語】
【「ソーシャリー・ヒットマン」シリーズ】
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外伝も含めてマガジンに掲載していますので、ぜひお読みください!
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