ノグ・アルド戦記⑭【#ファンタジー小説部門】
第13章「死せる賢者」
消えたエリフの行方を知る手掛かりは、【影の衆】の一員であるキブが握っていた。妹のマヤは「呼んだ方がいい」と言っていたが、兄妹以外には誰を呼ぶのかおよそ見当もつかない。
全員の注目を浴びているキブは、おもむろに首飾りをはずした。すると、首飾りにあしらわれている猛禽類の爪のような形の石から、もくもくと梔子色の煙が上がり、キブの頭上に立ち込めた。
煙は、広がったかと思えば徐々に密集し、一人の人間の姿に変わっていった。ザポット王よりも老いたような、それでいて威厳のある老人だ。長い銀色の髪と髭、この世の真理を悟ったような眼差し、顔に刻まれた皺と傷、古い意匠のローブ、外見のすべてが只者ではないことを物語っている。
「じじ様、お話をしてくださいませんか」
キブの言葉に、煙の老人はゆっくり頷く。そして、深みのある低い声で口を開いた。
「儂の名はオードだ」
「オード……だって?」
反応したのはサファー王だった。
「ご存じなのですか、父上?」
「ああ。ノグ・アルド山の頂上には【頂の祭壇】という伝説の討伐隊を祀った神聖な場所があるのだが、その守り人の名がオードだと聞いたことがある。肉体は当の昔に滅んでいるものの、魂だけが現世に残り、祭壇を守り続けているとな。その姿に敬意を表し、【死せる賢者】と呼ぶ者もいる」
オードは頷いた。
「その通りだ、ユベルの血を引く者よ。儂は、【頂の祭壇】、ひいてはノグ・アルドの大地を守る者。キブとマヤは、儂の子孫。守り人となるため、里を出て修行している身だ」
兄妹は小さく頷いた。
「今このノグ・アルドの大地は、危険にさらされている。エルドの若き子孫が【竜の神器】と【頂の祭壇】を利用し、世界を誤った方向へ動かそうとしている」
エルドの若き子孫、エリフのことだ。
「儂は、キブの首飾りの中で一部始終を聞いていた。どうやらあの若者は、伝説を誤解しているようだ」
「誤解?」
アイオルが尋ねた。
「そうだ。『竜の神器が頂に集いし時 大いなる力は甦り 最も強き望みが叶えられん』とあの者は言ったが、これには続きがある。『大いなる力は 邪なる望みに闇を施し 聖なる望みに光を与えん』という続きがな」
「つまり……どういうことっすか?」
「簡単に言えば、私利私欲のための望みには相当の代償がある、ということだ」
「じゃあ、母上を生き返らせようとしているエリフは……自分の命を犠牲にするってことか!?」
イグニの質問に、オードは首を横に振った。
「それだけではない。死者の蘇生は、自然の理に抗う行いだ。自然の理に抗おうとして大いなる力が暴走し、この大陸全体が消滅する恐れがある」
「そんな……」
エメラが口を両手で覆った。
「どうすりゃいいんすか、オー爺!」
煙の老人にすっかり慣れたキーロが、食ってかかった。するとオードは、アイオルとラズリの方へ向き直った。
「聖剣デシレを持っているな?」
アイオルはきょとんとしていたが、ラズリは静かに頷いた。そして、自分の持っている剣を差し出した。激しい剣戟の後だというのに、刃こぼれ一つない。
「聖剣デシレは、聖なる望みを魔力に変える力を持つ。ユベルの血を受け継ぐ、無垢で健やかなる者にのみ力を貸すのだ」
「ならば、お前が持って行け」
アイオルに向かって、ラズリが聖剣を差し出した。
「私はこの通り満身創痍。右腕はもう動かすこともできないから、お前の足手を纏うだけだ。それに、私は無垢とは程遠い。天真爛漫なお前の方が適任だろう」
ラズリの言い方はぶっきらぼうではあったが、アイオルへの信頼が感じられた。
「儂もそのように思う。聖剣デシレを持つ者よ、名はなんと申す」
「ラピ……いや、アイオルだ」
アイオルは毅然とした態度で名乗った。
「アイオル、か。良い名だ」
オードの目が少しだけ緩んだように見えた。
「では直ちに【頂の祭壇】へ向かう。ただし、祭壇まではかなり険しい。生半可な志では、たどり着くことさえままならぬ。それでも、アイオルとともに進む者はいるか」
真っ先にヴェントスが答えた。
「私はアイオルの騎士。我が命は主君とともに」
ヴェントスの言葉を皮切りに、表明の声が次々と後に続いた。
「俺は騎士じゃねぇが、アイオルは弟みたいなもんだからな。それに、武器や物資の管理は俺の仕事だ」
「恩人さんには最後まで恩を返さなきゃ、ニアーグ女王の名が廃るわね」
「はいはーい、自分も行くっすよ! 奪われた【大地の爪】は自分で取り返さないといけないっすからね!」
「エリフは俺の弟だ。あいつは俺が止める」
「我々兄妹もお供します」
「兄者だけだと不安だから」
決して多くはなかったが、同行する者の存在はアイオルを勇気づけた。そして最後に、意外な人物が表明した。
「私も行こう」
「父上……!?」
聖王サファーの意志に、ラズリを含むほとんどの人間は驚いた。
「ラズリ、私の留守を頼む。それと、できればでいいのだが、不肖の弟の世話も頼みたい」
サファーは、気絶しているターコイズを一瞥した。
「それは構いませんが……お体はよろしいのですか?」
「心配には及ばんよ。それにアクア王妃のことは、城主である私の責任でもある。イグニ王子、君たちには悪いことをした」
「聖王……」
サファー王に頭を下げられたイグニは、申し訳ない気持ちになっていた。
「だから私は、自分の手で責任を取らなければならない。エリフ王子を止め、彼の人生を守ることが、今の私にできる最大の償いだ」
サファー王の目、アイオルやラズリと同じ綺麗な瑠璃色の目は、威風堂々としていた。
「よし、じゃあ決まりっすね! アイオル、ヴェントス、ソルム、エメラ女王、イグ兄、キブ、マヤ、サファー聖王、そして自分の9人! あ、オー爺を入れて10人か。オー爺って人数に入れて大丈夫なんすかね?」
「どうでもいい! ほらさっさと行くぞ!」
キーロの首根っこを掴み、イグニが足早に城を出ていった。
「あ、ちょ、イグ兄! もう! 兄弟揃ってレディーの扱いがダメダメっすよ!」
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