ソーシャリー・ヒットマン外伝12「蒼き怨恨と情報戦」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
俺は普段、助駒志大学に通いながら、「ダッシュ探偵事務所」で働いている……というのが表向きの姿。
大学生としての姿、探偵としての姿、そして社会的殺し屋としての姿を使い分け、日々を過ごしている。
したがって、社会的抹殺の依頼は、探偵事務所ではなく別の場所で受けることを原則としている。
だが、たまにいるのだ。
自分の都合だけを考えてやってくる、ターゲット以上に性根の腐った依頼人が。
◇
その日も俺はいつものように、女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」(略称「ピチポー」)を観ていた。陽名市役所に勤める冴えない中間管理職の山嵐 豪が、謎のインチキプロデューサー・パイナポー長谷から不思議な力をもらい、美少女アイドル・百 桃萌に変身し、市役所の悪事を裁いていくというストーリーだ。桃萌の決め台詞「桃でも食って出直してこいってんだ、この三下がァ!」が炸裂したところで、探偵事務所の扉が勢いよく開いた。
バタァーーーーーン!!!
なんだなんだ、騒々しい。
扉の方に目をやると、見るからに不機嫌そうな若い女が立っていた。
「あんたが社会的殺し屋? ヤってほしいやつがいるんだけど」
おいおい、まだ依頼を受けるなんて言っていないのに、随分と図々しいじゃあないか。
それに、この探偵事務所と社会的抹殺とは結びつかないようにしているはずだが、どこかで情報が漏れたのか。
女は、一枚の写真を取り出し、勝手に話し始めた。
「この写真の女、ワールド・ブルー株式会社の社長秘書をやってる『ゆに』っていうんだけど、この女を社会的に抹殺してほしいの」
ゆに? ああ、あいつか。
彼女をターゲットとする依頼はこれで2回目だ。1回目は諸事情でキャンセルされたとはいえ、2回も狙われるなんてなんとも不憫な奴だ。
「この女、私の彼氏を奪ったのよ! この女さえいなければ、樹生は私のモノになるはずだったのに……!」
樹生? ああ、蒼野 樹生のことか。
なるほどな。これで、この前ガーリー賀来から相談のあった件とつながった。
ゆには、蒼野からのストーカー被害に遭っている。蒼野がゆにに対し、一方的に復縁を迫っているのだろう。
そして目の前のこの女は、おそらく蒼野の浮気相手。だが蒼野が遊びだったのに対し、こいつは本気だったのだろう。ゆにとどうしてもやり直したい蒼野がこの女を捨てたんで、この女はゆにを逆恨みしているってわけか。
だいたいの事情はわかった。しかし、今の俺はあくまでも「ダッシュ探偵事務所」の探偵だ。社会的抹殺の依頼を受け付ける立場じゃあない。
黙ったまま黄金比コーヒーを啜っていると、この女の矛先は俺に向いてきた。
「ねえ、聞いてんの? こっちは依頼人なんだけど」
まったく、面倒くさい奴だ。
「なにか勘違いをしていないか? ここは『ダッシュ探偵事務所』。『探偵事務所』だ。その、なんだかヒットマンとやらじゃあない」
「しらばっくれても無駄よ。ちゃあんと調べはついてるんだから」
女は、応接セットのソファーに(勝手に)座ると、どや顔で話し始めた。
「名前は根来内 弾。助駒志大学に通いながら、『ダッシュ探偵事務所』で探偵業を営んでいる。それ以外の経歴は不明だが、一つだけ。依頼を受けターゲットを社会的に抹殺する『社会的殺し屋』が本業」
こいつのどや顔はめちゃくちゃ腹が立つ。
いや、どや顔を差し引いても、この女の態度にはさすがの俺も我慢ならない。「優しい弾ちゃん」でお馴染みの俺がキレるとどうなるか、この女にわからせてやらねば。
「どう? 当たってるでしょ? うちの会社の情報網を甘く見ないことね。わかったら、さっさと依頼を……」
「蒼衣 瞳」
「!? なんで……私、名乗ってないのに……」
「20XX年1月3日生まれ。21歳。やぎ座。B型。ワールド・ブルー株式会社宣伝部勤務。住所は×××××。電話番号は×××××。実家の住所は×××××。実家の電話番号は×××××」
「ちょっ……なんで……」
女の顔が蒼白く歪んでいる。
「好きな食べ物は寿司とマシュマロ。嫌いな食べ物はセロリとブロッコリー。趣味はデパコス巡り。特技はフラフープ(笑)。愛犬のトイプードルの名前は『からあげ』」
「やめ……やめて……」
「身長は157cm。体重は53kg。足のサイズは22cm。スリーサイズは上から×××××」
「いやぁーーーーー!!!!!」
女は発狂した。俺は、恐怖で引きつった顔の前に立ち、静かに口を開いた。
「『それ以外の経歴は不明』だと? フン、情報網が聞いてあきれる。こっちは探偵だぞ? これくらいのことは朝飯前なんだよ」
「あ……あ……」
「ああ、それと。これは俺の独り言なんだがな。かつてこの探偵事務所に殴りこんできた輩がいたっけ。そいつは確か『社会的殺し屋に依頼をしたい』とかなんとか、わけのわからないことを言ってたっけ。そして、自分自身の個人情報がまるごと全部漏れていることにも気づかずに横柄な態度を取り続け、結果的に自分が社会的に抹殺されたっけ。あー、怖いなー怖いなー。そんな怖いこと……」
「また起きるんじゃあないか?」
メンチを切るヤンキーくらい顔を近づけて、俺はつぶやいた。
蒼衣 瞳は、這って逃げるように探偵事務所を後にした。
「やれやれ」
俺は机の上の調書に目をやった。ガーリー賀来が蒼衣のことをきっちり調べ上げてくれてたおかげで、殴り込みに迎撃できた。これで当面、蒼衣は大人しくしているだろう。後は蒼野だな。
まったく、いこえるのライブチケットが反故になったというのに、ここまでしてやるとはね。「優しい弾ちゃん」も大概にしたいところなのだがな。
ふう、少し息抜きするか。黄金比コーヒーを淹れ直して、ピチポーの続きでも観よう。
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼は、キレるといろいろヤバい。
(続く?)
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