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ノグ・アルド戦記外伝②【#ファンタジー小説部門】

第1章「ギャリー隊」

 大きな剣と子供たちを連れて、ギャリーはあてもなく歩いていた。ギャリーの後ろを歩く三人は全員、年端も行かぬ少年少女だ。

 デニは、明朗快活でいつも元気いっぱいな少年。生意気な発言をすることもしばしばだが、立ち振る舞いにはまだまだ子供っぽさが残る。いたずら好きで、手先が器用なのをいいことに、鍵開けや盗みなどを働くこともある。しかしそれは、生きていくために仕方のないことでもあった。

 デニの後ろをビクビクしながら歩くのが、コン。とても臆病な男の子で、ウサギが一羽飛び出してきたときには、ウサギ以上に飛び上がる。一方で、弓の腕はなかなかのものであり、ダナハ村では一番の狩人だった。

 殿しんがりを務めるのは、紅一点のシアン。ギャリーの次に年長で、大人しい少女である。とてもしっかりしており、ギャリーがのんびりとした性格というのも相まって、彼女の方が姉貴分のように見えていた。
 そして今も、ギャリーは兄貴分としての尊厳を失いかけていた。

「あれぇ? おっかしいなぁ、なんか変な山道になってきたぞ」

「ねぇ、ギャリー。おいらたち迷ったんじゃない?」

 ギャリーは、ウォレー王国を目指していた。ウォレー王国は、ノグ・アルド大陸で一番の商業大国であり、その筆頭であるグランド商会には孤児院があるとのことだった。今回の旅立ちを機に、グランド商会のお世話になろうと思っていたのである。

 しかし、ウォレー王国のある西へ向かっていたつもりだったギャリーは、あろうことか反対方向の東へ進んでいた。東側には軍事大国・エルド王国があり、国境近くは険しい山道が続いている。

 ギャリーは、方向音痴だった。

「こっちの方だと思うんだけどなぁ」

「どうしてそう思うの?」

 5つ下のシアンの質問に「いや、なんとなく」と答えるのが、ギャリーという人間である。



 ギャリーの判断するとおりに進めば進むほど、道は険しくなってきた。さらに、夜が近づいてきたことで、辺りは暗くなりかけている。

「こんなところに孤児院なんてないよ……ギャリー、戻ろうよ……」

「コン、考えようによってはさ、人がいない方が安全じゃないか?」

 能天気な兄貴分に、コンの顔は一層青くなった。

 その直後、草陰からガサガサッと物音がした。臆病なコンは「ひぃぃっ!!」と飛び上がり、ギャリーの後ろにしがみついた。そして、3つの影が一行の前に現れた。3頭の野犬だ。

「怖いよぉギャリぃ……」

 脅える三人を庇うように、ギャリーは剣を構えた。目は野犬の方を見たまま。

「大丈夫だ。俺が追っ払ってやる。念のためお前たちも構えとけ。デニとコンの二人で、シアンを守ってやるんだぞ」

 二人の弟分はコクリと頷いた。

 3頭のうち1頭が先陣を切り、ギャリー目がけて突進してきた。ギャリーはそれを軽やかに躱し、すかさず一太刀を入れる。剣は野犬の体を掠め、一筋の切り傷をこさえた。その細い傷から鮮血が噴き出し、1頭目は逃げ出した。

 2頭目は、すでにターゲットを後ろの三人に定めていた。虚勢を張るデニ、脅えながら弓を構えるコン、じっと立っているシアン。野犬が向かって来るや否や、コンが張りつめた弦から手を放す。矢は野犬の脇腹を貫いた。その隙に、デニがナイフで喉笛を切り裂く。深手を負うほどではなくとも、野犬には十分すぎるダメージだ。とどめに、シアンの投げた小石が左目に直撃し、2頭目も敗走していった。

 残るは1頭。しかし、ほかの野犬を相手にしている間に、四人はその姿を見失っていた。

 死角から、野犬が飛び出した。そこは、シアンの真後ろ、完全に隙だらけだった。

 シアンは、反射的にしゃがみ込んだ。手遅れか……と思いきや、野犬は黒コゲになっていた。体毛を焼かれながら、最後の野犬が去っていく。

「ったく……人ん家の前でドンパチやらんでくれないかねぇ」

 人間の声がしたので、四人は(特にコンは)飛び上がった。草むらの中に、女性が一人立っていた。流れるような水色の髪をした女性だ。眼鏡をかけておりとても知的だが、どこか気怠そうな表情である。幼くはないが老けてもいない年齢不詳なその姿は、ミステリアスな印象を醸し出している。
 女性の持つ杖の先からは、微かに細い煙が立っていた。どうやら、この人が炎魔法で助けてくれたらしい。

「おいおい、礼の一言もないのかい」

 女性は不服そうにつぶやいた。すかさず、ギャリーが「助けてくれてありがとう、おばさん!」と答えるが、女性の眉間のしわは一層深く刻まれた。

「あんた……レディの扱いがなっちゃいないね」

「すみません! もう、ギャリーったら!」

「ほえ? 俺なんかまずいことした?」

 シアンが慌ててフォローするも、当のギャリーはわかっていなかった。

「まあいいさ。ところであんたたち、なんだってこんな辺鄙なところにいるんだい」

「それが、道に迷っちゃって。俺たちダナハ村から来たんだけど、ウォレーに向かおうとしたらここに」

「ウォレー? ダナハから西だろう。ここは東、逆方向だよ」

「え、そうなの? あちゃー……」

 ギャリーは苦笑いをした。もっとも、他人にしてみれば普通の笑顔とそう変わらないのだが。

「子供だけでウォレーへ? とんだ無茶をするもんだね」

「うん、まぁ、ちょっとわけがあって」

「ふぅん、そうかい。でも今日はもう遅い。一晩だけ泊めてやるからついてきな」

 女性は、ぶっきらぼうに言い放った。



 女性についていくと、草むらの向こうに一軒の小屋が建っていた。大きくはないが、しっかりしたレンガ造りだ。煙突からは、なんともいえない奇妙な色の煙が、マーブル状に混ざりながら流れ出ていた。

 中に入ると、外から見るより広い空間が広がっていた。それでも、壁という壁は分厚い本で埋め尽くされ、机や棚は怪しい液体や粉末、水晶玉や謎の道具が所狭しと並んでいる。いや、置かれていると表現する方が正しい。
 部屋の様子を見たギャリーは、またしても失言をした。

「へぇ、おばさんって魔女なのか」

 シアンが再び小突いたが、手遅れだった。

「あんた、次またその言葉を口にしたら、二度としゃべれないようにするよ」

 愛用のロッキングチェアに座りながら、女性は毒づいた。

「あ、ごめんなさい。おば……ねーさん」

「はぁ……まあいいさ。アタシはオフェリアだよ」

「俺はギャリー。で、こいつらは」

「おいらデニ!」

「私、シアンっていいます」

「……コンです」

「はいどうも。して、あんたたちダナハから来たんだったっけ。どうしてまたウォレーに?」

 ギャリーは、これまでの経緯をオフェリアに話して聞かせた。ユベル国内で内乱が起き、村の男衆は領主を討つためにセルリアン城へ向かったこと。それによって今まで以上に村の治安が悪くなったため、子供たちだけでも避難しようとしていること。ウォレー王国にはグランド商会という孤児院を経営している場所があるので、そこの世話になろうとしていること。

 オフェリアは、一部始終を黙って聞いていた。そして、ギャリーが話し終えた後、おもむろに口を開いた。

「なるほどねぇ。それで子供たちだけで国境を越えようってかい」

「俺たち孤児なんだ。村長やおばさんたちにはよくしてもらったけど、自分たちのことは自分たちでどうにかするのが、俺たちのやり方なんだ」

「それが、おいらたち『ギャリー隊』ってわけさ!」

 デニが自信満々に答えた。ギャリーは「えー、俺が隊長?」と不満そうだったが、三人がギャリーをとても信頼していることが、オフェリアには見て取れた。

「そうかい。それなら大丈夫そうだね。ま、今晩はゆっくりするといい。狭いし、なにもないところだけど、多少の食事やベッドはある。ただし、アタシも忙しいからね、明日の朝には出てってもらうよ」

「ありがとうございます、オフェリアさん!」

 シアンとコンの無邪気な笑顔に、オフェリアの顔もほころんだ。しかし、支度が終わり食事を始めようとしたとき、ギャリーが三度目の無礼を働いたことで彼女の機嫌はひっくり返った。

「ところでさ、オフェリア。飯の中に毒なんか入ってないよね?」

「アタシは構わないよ。あんたの分にだけ、とびきりの猛毒を仕込んでやろうか」



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