『フラミンゴ』池田久輝(朗読用台本・無料利用可)
小説家 池田久輝(第五回 角川春樹小説賞受賞作家)が朗読文化発展のために、無料で提供する朗読用台本です。
配信、イベント等での朗読台本として無料でご利用いただけます。
利用の際はこちらをご一読ください。
『フラミンゴ』
「フラミンゴが飛んだぜ」
その話が私のもとに届いたのは今月初めのことだった。たっぷりと湿った夏の風がそろそろ部屋の扉を叩くであろう、そんな気配を嫌でも感じる日だった。だが、夏よりも早く私の部屋にやって来たのはサトウという名の友人だった。その時、私は遅い昼食をすませ、コーヒーを飲んでいた。しかし、サトウは遠慮なくリビングに上がってくるなり、イスにも座らずおもむろに口を開いたのだ。「フラミンゴが飛んだぜ」と。
カップを持つ私の手が宙でとまった。
「どこへ飛んだんだ?」
「さあ、どこだろうな」
サトウはジーンズのポケットに両手を突っ込み、窓の外へと視線を逸らせた。
こうなることは私にもなんとなくわかっていた。近いうちにフラミンゴは飛び立ってしまうだろう。ここから逃げ出すようにして……。それはおそらくサトウも感じていたに違いなかった。私はカップをテーブルに置き、そっと切り出した。
「あいつ、仕事も辞めたそうじゃないか。そのせいなのか? 飛ぶことになった原因は」
「おまえ、どこまで聞いているんだ?」
「いや、特に。何度か電話を入れたが出なかった」
「……そうか」
サトウはゆっくりと首を横に振った。おれの電話にも出なかったよ、きっと彼はそう言いたいのだろう。
「あいつは一体どうしたんだ。君にも何も話していないのか」
フラミンゴとの付き合いはサトウの方が長い。つまり、私の知らないフラミンゴを彼は知っていることになる。しかし、サトウはまた首を横に振った。今度は間違いなく否定だった。フラミンゴはサトウにも理由を告げず、急に飛んでしまったのだ。
「とにかく、フラミンゴのやつは片足どころか両足でも立っていられなくなった。おれが知っているのはそれだけさ」
サトウはおどけるように肩をすくめた。そして「行ってくるよ」と不意に声を落とした。
「え?」
「フラミンゴを探し出す」
「探し出すって、行方がわからないんだろう?」
「行方はわからないさ。でも……湖には戻ってくる。飛んだあと、羽を休めるためにね」
「――湖?」
私は訊ね返したが、サトウは何も答えなかった。意味ありげに眉をひそめると、「じゃあな」と言い残して部屋から出て行ってしまった。
取り残された形になった私は、閉まったばかりの扉を眺めるしかなかった。私はその扉を見つめながら、水辺に座って穏やかに微笑む頬の赤いフラミンゴの姿を思い浮かべていた。
(了)
*この作品は「第二回 U35 京都朗読コンテスト」の一次予選の課題テキストとして使用。
小説家 池田久輝(いけだひさき)
2013年、『晩夏光』にて第五回角川春樹小説賞を受賞。翌年には続編となる『枯野光』を発表(角川春樹事務所)。 以降『まるたけえびすに、武将が通る。』(幻冬舎)、『虹の向こう』『ステイ・ゴールド』(双葉社)などを上梓。 2017年には、『影』が「日本推理作家協会賞短編部門」の候補作となる。2023年8月、最新刊『警官は吠えない』が小学館文庫より刊行。
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