見出し画像

『僕の宇宙の旅』池田久輝(朗読用台本・無料利用可)

小説家 池田久輝(第五回 角川春樹小説賞受賞作家)が朗読文化発展のために、無料で提供する朗読用台本です。
配信、イベント等での朗読台本として無料でご利用いただけます。
利用の際はこちらをご一読ください。

『僕の宇宙の旅』

 それほど空が好きだったわけじゃない。毎晩、星空を見上げて何かを想うなんてこともほとんどしなかった。けれどある日の夜、僕は偶然に目撃してしまった。
 そのとき僕はベランダで夜風に当っていた。すると遥か上空から何かが真っ逆さまに落ちてきたのだ。ゴウゴウと音を立て、光を放ちながら。
 流れ星? もちろん僕は咄嗟にそう思った。珍しい、運がいいんだなと微笑みもした。けれど、どうも変だ。あまりに近過ぎないだろうか。音まで聞こえるなんてちょっとおかしい。気付くと僕は家を飛び出していた。不思議に思いつつ、僕の足は落下点へ向けて駆けていた。
 どんどんと速度を上げていく。ゴウゴウという音は更に大きくなり、光に照らされた通りが徐々に白く輝き出す。
びっくりした。彼女がいた。
光が降り注ぐ先には彼女の姿があったのだ。
「君も見ていたの?」と僕は言った。
 彼女はゆっくりと視線を上げた。そして、白い空を見上げながら彼女は小さく頷いた。
「この光はなんだろう? 流れ星?」
 僕は訊ねる。でも、彼女は何も答えない。ただ、遠い遠い空を眺めていた。
「こんなのを見たのは初めてだ。僕はそれほど宇宙や星に興味があったわけじゃない。けれど、目の前でこんな光景を体験したら好きになるかもしれないな。宇宙へ行ってみたい、星と星の間を飛んでみたい、そんな気持ちになる」
 彼女は何も答えなかった。僕はじっと彼女を見つめるしかなかった。
 そこでふと気付いた。おかしい。これだけの光と音なのだ。なのに僕と彼女以外、その場には誰もいないのだ。もっと人が集まってきてもよさそうなものだ。この光が見えないはずがない。この轟音が聞こえないはずがない。
「見ていてくれたのね」突然、彼女がぽつりと呟いた。「来てくれたのね」
「――え?」
「これはわたしが呼んだ光。わたしが呼んだ音。あなたのために」
 そう言って彼女はまた口を噤んだ。
「僕のために……? 僕のために君が呼んだ?」

 それほど空が好きだったわけじゃない。
 でも、今は違う。
 僕の想いは彼女へと旅立っていく。

(了)

*この作品は「第一回 U35 京都朗読コンテスト」、「第三回 U35 京都朗読コンテスト」の一次予選の課題テキストとして使用。

小説家 池田久輝(いけだひさき)
2013年、『晩夏光』にて第五回角川春樹小説賞を受賞。翌年には続編となる『枯野光』を発表(角川春樹事務所)。 以降『まるたけえびすに、武将が通る。』(幻冬舎)、『虹の向こう』『ステイ・ゴールド』(双葉社)などを上梓。 2017年には、『影』が「日本推理作家協会賞短編部門」の候補作となる。
池田久輝の公式 X(旧Twitter

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?