速報:アメリカの竜巻事例におけるGSM初期値の天気図
竜巻が、2021年12月10日夜から11日にかけてアメリカ南部や中西部の6つの州で発生して、広範囲で竜巻の被害が相次ぎました。歴史上最大規模の竜巻被害の一つとなり、ケンタッキー州メイフィールドで最も大きな被害があったと報道されています。現象としては、スーパーセルによって複数の竜巻が次々に生み出されたとの見解が示されています。
フックエコーのレーダー画像も報道されるなど、スーパーセルに関するメソスケールの現象が報道されています。しかし、総観規模の気象状況については上空のマイナス30度以下の寒気が示された以外は、特に情報はありませんでした。
この竜巻発生時の総観場の気象状況を確認したく、気象庁全球モデル(GSM)の客観解析(初期値)においてどのように表現されているか調べるために、見慣れている気象庁数値予報天気図と同じ要素の天気図を作成しました。図1の通り天気図では規模感も合わせたいため、地図は基準の経度のみ変えて、スケールは同じとし、緯度の位置関係は同じに設定しました。フロリダ州の緯度は、小笠原諸島から伊豆諸島南部の緯度とほぼ同じことがわかります。
GSMは空間解像度が約20kmのため、スーパーセルのようなスケールの小さい現象は解析・予想できません。このため、このスーパーセルが発生した環境について考察することになります。
GSM初期値の天気図を活用して、竜巻をもたらしたメソスケール現象発生の背景には、前線を伴う急速に発達した低気圧、寒冷前線に先行するシアライン、下層の2方向からの暖かく湿った空気の流れ込み、中層での乾燥した空気の流れ込みなどがあることがわかりました。
10日から12日にかけてのGSM初期値の天気図
GSM初期値における、次の天気図を作成しました。
① 500hPa面高度・渦度の天気図
(数値予報天気図:AXFE578上図と同じ要素を表示)
② 500hPa気温・700hPa湿数の天気図
(数値予報天気図:FXFE5782下図と同じ要素を表示)
③ 700hPa上昇流・850hPa気温/風の天気図
(数値予報天気図:AXFE578下図と同じ要素を表示)
④ 850hPa相当温位の天気図
(数値予報天気図:FXJP854と同じ要素を表示)
⑤ 海面更正気圧・地上の風と気温、下層雲の天気図
これらの5種類の天気図を、2021年12月10日0時(以後、時間は全て世界標準時)から12日18時までの6時間毎の動画にしました(図2から6を参照)。
客観解析における低気圧と前線
これらの天気図を使って、低気圧と前線を解析しました。図6に示した11日12時の天気図上に、10日12時から12日0時までの12時間毎の低気圧と前線の位置を示します(図7参照)。
前線を伴う低気圧が急速に発達しながらアメリカ中部から北東部へ進んでいて、低気圧の中心気圧は11日0時からの24時間で20hPa深まっていました。被害の大きかったケンタッキー州メイフィールドは、この発達中の低気圧の暖域内にある時に竜巻被害が発生し、その後の11日の21時頃に寒冷前線が通過していることがわかります。また、高気圧が大西洋からフロリダ付近、メキシコ湾へ張り出していました。
寒冷前線に先行するシアライン
これら天気図では11日12時と18時に寒冷前線に先行するシアラインが明瞭です。このシアラインは寒冷前線の前面の南西風と、大西洋にある高気圧の縁辺から低気圧に向かう南よりの風の境界に位置しています。さらに、気圧の谷、下層雲量の5割以上のラインとも対応がよいです。
図8にシアラインの位置を示します。11日6時の天気図からは前述のシアラインの特徴は不明瞭ですが、12時と18時から外挿したシアラインの位置を示しています。この時間、シアーラインに対応すると推定できるライン状の下層雲の領域が出現し始めていることもあり、シアラインが発生しつつあるタイミングと考えられます。
GSMの初期値解析がシアラインを的確に表現できていたとすると、ケンタッキー州メイフィールドでは、寒冷前線は11日12時頃に通過していましたが、この6時間程度前の11日6時頃にシアラインが通過していたことがわかりました。
なお、メイフィールド付近での竜巻発生の時刻は確認できていませんが、RealEarthで衛星画像を確認すると11日3時頃から6時頃にかけて発達した対流雲が確認できました。
東西方向の鉛直断面図
メイフィールドでシアラインが通過したタイミングの11日6時における、この地点を中心とした東西方向の鉛直断面図を図9に示します。
メイフィールド付近では、下層(925hPa面付近)では相当温位約330Kの暖かく湿った気流が解析されています。風速は約45ktと水蒸気フラックスが大きくなっています。その上方では相当温位は低下していて、対流不安定の成層で、シェードで示した鉛直流は地上付近から200hPa面まで上昇流となっています!
また、メイフィールドから西に位置する、東経93度(図9では横軸267度)付近に地上の明瞭な寒冷前線が解析できます。その上方のおよそ700hPaから500hPa面では相当温位318K以下の乾いた空気があって、地上の寒冷前線より東に達し、前述の上昇流域のすぐ西側にまで達しています。
以上から、寒冷前線の東の暖域内において下層で相当温位(約330K)が最も高く、速い風速で流れ込んでいる領域で、シアラインが形成されたようです。さらにその西には、700から500hPa面の層の厚い乾いた空気が流れ込み、対流不安定の成層状態が形成され、下層収束により不安定が顕在化して対流雲が発生、発達中の状況と考えました。
シアライン付近は顕著な上昇流を伴い、大気の状態が最も不安定な領域であることから、竜巻を次々と発生させたスーパーセルの一部はこのシアライン、またはこの付近で発生したと推測します。
このシアラインの動向を見るために、図9の11日0時から18時の動画を図10に示します。
シアラインに伴う上昇流域は東方向に進み、6時間間隔の解析からでは12時頃がピークと言えそうです。
シアライン最盛期の各種天気図
シアラインは12月11日12時頃に上昇流が最も顕著となり、この頃が最盛期と考えられます。この時間の図2から図6の天気図を図11に示し、それぞれの天気図に寒冷前線とシアラインの位置を重ねました。
シアラインに対応して、500hPa面の正渦度極大域がライン状にのびています。温度場は相対的に暖かい領域にあり、上空の寒気はシアラインから北西側に離れています。700hPa面では明瞭な湿域の南東端にシアラインが位置し、ライン状の顕著な上昇流域とも対応しています。850hPa面では、寒冷前線に対応する等温度線の集中帯から少し離れた南東側にシアラインは位置し、気温約12度線に沿っています。また、850hPa面でも南西風と西ないし西南西のシアラインが形成されています。地上から少なくとも850hPa面までシアラインがほぼ同じ位置にあり、ほとんど鉛直方向に傾いていないと思われます。
上層の寒気がこのシアラインの発生や発達に影響していたかについては、この断面図からではシアライン付近には寒気が見られないため否定的です。ただし、この寒気を伴うトラフが低気圧を発達させた影響で、暖かく湿った空気が流れ込むことにつながっているため、間接的にはシアライン形成に関連すると考えられます。
寒冷前線に対応する等温度線の集中帯は、シアライン発生期において温度傾度が強い状況です。前線強化に伴って上昇流が励起されて、発生期のシアライン付近で不安定が顕在化した可能性もありそうです。
925hPa面の暖湿気の流れ
図9から、925hPa面付近に相当温位330Kの暖かく湿った空気の流れ込みがみられます。これがシアライン形成に寄与したと考えています。この流れがどこから来ているか、925hPa面の相当温位天気図を作成して動画で確認したところ、メキシコ湾のメキシコ西岸を北上する流れが起源になっているようでした。図12に、その流れの位置を示します。
まとめ
竜巻を発生させた環境場について、以下の通り、GSM初期値を使った推測をまとめます。
・急速に発達する低気圧の暖域内、寒冷前線の南東側にシアラインが形成されていた。
・シアライン付近では、下層に暖かく湿った空気が流れ込み、中層では西から乾いた空気が流れ込んでいたため、対流不安定な成層状況となっていた(シアライン付近の上層は相対的に暖かく、不安定には上層寒気の影響はほとんどない)。
・前線強化に伴う上昇流の励起や、下層の合流場により対流不安定が顕在化して、シアライン上で顕著な上昇流域が形成された。
・シアライン付近の下層に流れ込んだ暖かく湿った空気は、メキシコ湾のメキシコ東岸を北上してきた。
・竜巻を発生させたスーパーセルのいくつかは、このシアライン付近(シアライン発生期含む)で発生した可能性がある。
気象庁数値予報天気図と同等の天気図を、アメリカの竜巻発生事例で作成しました。これら天気図は、大陸のシアラインや対流雲が発達した環境場の特徴をうまく表現できていました。特に、700hPaの上昇流域の強さやその分布は、日本周辺ではほとんど見られないのではと感じました。