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関東エリアでの「雷三日」とSSI(3)

2024年6月2日から4日にかけて、関東地方では「雷三日」と呼ばれた通りの現象となりました。これまでの記事で、この期間の総観場の気象状況や、日ごとの対流雲や雷の動向の特徴を確認しました。

今回は、雷の予想に焦点を当てます。対流雲の発達を予測する際、予想天気図上にSSI(ショワルター安定指数)を重ねて表示したものがよく利用されます。本記事では、この事例を通して、数値予報モデルによる予測降水量と予測SSIが観測された発雷状況とどのように対応しているかを検証し、雷予想におけるSSIの利用について考察します。

数値予報モデルには気象庁のメソモデル(MSM)を使用し、初期値は6月2日、3日、4日のそれぞれの朝6時のデータを利用します。雷の観測データは、気象庁のLIDENを利用します。


雷予報について

SSIは大気の状態の安定度を評価する指標の一つで、安定度が低いほど対流雲の発生や発達の可能性が高まる傾向があると考えられます。ただし、対流雲の発生や発達はSSIだけでは決まらず、様々な気象要因が関与しています。そのため、雷予報では数値予報と雷観測データの統計を基にした、雷の可能性の高低を示す「雷ガイダンス」も活用されています。

しかし、このガイダンスの値だけでは、雷の主な要因(例えば、熱雷なのか寒冷渦による雷)や雷をもたらす対流雲がどこで発生し、どのように移動するかを把握するのは難しいです。そのため、予想天気図を活用し、対流雲の発達要因や動向を読み取る能力が求められます。

対流雲の発生や盛衰は、様々な気象状況や気象現象の影響を受けています。大気の成層状況であったり、鉛直シアー、エントレイメント(外部空気の取り込み)、下層収束や上層発散、総観場による上昇流励起、前線、シアーライン、地形、日射などの影響が考えられます。現業での予測作業において、これらの影響全て評価して予測することは困難です。

ここでは、現業作業中に簡単に見ることができる、予想降水量とSSI(実際にはこの近似値であるeSSI)を利用して考察するものです。最近では、大気の安定度を示す指標として、SSIより精緻に計算された、CAPEやエントレイメントを考慮したCAPE、CINなども利用されていますが、これらの指標については検討しておりません。ご容赦ください。

数値予報と雷域との関連

数値予報により予測された降水量とSSIを利用して雷の予想を行う場合、直感的には「降水量が予測され、かつ静的安定度が低い地域では、雷の発生可能性が高い」と考えがちです。このような予測資料の見方を表1に示します。しかし、実際にはこの期待通りにはならないことが少なくありません。

表1 数値予報モデルの予測と雷との対応関係への期待
残念ながらこの期待通りにはなっていません。

具体的な事例を見てみましょう。図1から3に、2日15時と3日18時、4日18時のMSMによる予測データや実況を重ねて示しています。
・MSM予測前1時間降水量(カラー表示)
・MSM予測eSSIの等値線(0, 1, -1, -2, -3は紫実線、3は赤実線)
・MSM予測の地上予測風(矢羽)
・LIDENによる前後1時間の雷の観測(赤丸:落雷、赤X:空間放電)
・地上気象観測

さらに、主な雷観測エリアを以下のように楕円で示しました。
 2日15時:A1,A2,A3
 3日18時:B1,B2
 4日18時:C1,C2,C3,C4

図1 MSMの予想の雨量とeSSI、実況のLIDENによる雷観測と地上観測 2024年6月2日15時
MSMの初期値は2日6時。表示内容は本文を参照。
図1,2,3の1時間予測降水量のカラバー

図1によると、6月2日15時の雷観測エリアA1とA2では、量は多くはありませんが降水量が予測されています。A3では予測されていません。前回の記事に示した降水強度の動画をみると、実況では、A1とA2雷は幅の広い降水帯(降水帯A)内で発生し、A3の雷もこの降水帯がちょうど侵入してきた前後頃に発生しています。

SSIと雷の対応は、A1とA3はeSSIが3以上となっていて、周囲より高い状況です。A2では、北西側と南東側はeSSIが低く、北東側と南西側でeSSIが高くなっており、周囲に比べてSSIが高いとも低いとも言いにくい状況です。

図2 MSMの予想の雨量とeSSI、実況のLIDENによる雷観測と地上観測 2024年6月3日18時
MSMの初期値は3日6時。表示内容は本文を参照。

図2から、6月3日18時の雷観測エリアB1では近傍に1時間30mm以上の降水量が予測されていますが、B2では予測されていません。B2の雷は、前回の記事に示した、山梨県付近で形成された対流雲が関東南部に東進してきた降水域Cに対応しています。MSMではこの降水域が予測できていませんでした。

SSIと雷の対応は、B1ではeSSIが1以下と概ね周囲より低くなっていますが、B2ではeSSIが1程度で、西側にはこれより低いeSSIの領域があり、周囲より高くなっています。

図3 MSMの予想の雨量とeSSI、実況のLIDENによる雷観測と地上観測 2024年6月4日18時
MSMの初期値は4日6時。表示内容は本文を参照。

図3から、6月4日18時の雷観測エリアC1とC2では降水が予測されていますが、C3とC4では予測されていません。C1とC3は、前回の記事で示した18時頃には南西から北東に伸びる強雨域が一時的に形成されたものに対応しており、この強雨域の北東側については降水を予測できていましたが、南西側は予測できていませんでした。

SSIと雷の対応は、C2ではeSSIが0以下、C4では-2以下と概ね周囲より低くなっています。C1ではeSSIが3以上で周囲より高め、C3はeSSIが1から3の間で周囲より高めとも、低めとも言えない状況です。

以上をまとめると、雷観測エリアと予測降水量の対応は次のとおりです。
 予測降水あり:A1, A2, B1, C1, C2
 予測降水なし:A3, B2, C3, C4

予測eSSIの値と雷観測エリアの関係は、次の特徴がみられました。
 eSSIが周囲より低め: B1, C2, C4
 eSSIが周囲より高め:A2, A3, B2, C1, 
 eSSIが周囲より高めとも、低めとも言えない:A1, C3
 (以下、ここでは、「高めとも、低めとも言えない」は「周囲より高め」として扱うことにします。)

各々の雷観測エリアを表1の分類(①から④)に当てはめると、次のようになります。
 ①:B1, C2
 ②:A1, A2, C1 
 ③:C4
 ④:A3, B2, C3

また、eSSIの絶対値については次の通りです。
 eSSIの値が1以下:B1, C2, C4
 eSSIの値が3以上:A2, A3, C1

この事例の結果からは表1の期待(①や③が多い)とは必ずしもなっておらず、同じ程度に②や④で雷が観測されていることがわかります。

期待通りになっていない理由について

表1で示した期待通りの結果にならなかった要因について、以下の観点から考察します。

  1. 雷雲発生における安定度以外の要因:
     雷雲の発生には、大気の静的安定度(SSI)以外の要因も大きく影響します。例えば下層の収束や地形効果、あるいはエントレイメント(対流雲への外部空気の取り込み)の影響が強い場合は、SSIの値が高い(安定度が高い)地域でも雷が発生する可能性があり、逆にSSIが低くても雷が発生しない場合も考えられます。

  2. 数値予報資料の時間的・空間的なズレ:
     数値予報モデルは完璧ではなく、予測には一定の時間的・空間的な誤差が伴います。特に対流雲による予測降水量には比較的誤差が大きく、これを利用した雷予測は精度が上がらないこともあるでしょう。
     メソモデルではB2など対流雲の発達を予測できない場合がありました。数値予報モデルが対流雲を予測しにくい特定の気象条件を特定することで、補足率を向上させる手法の開発につながる可能性があります。

  3. 降水を予想することで安定度の予測が変化:
     数値予報では、対流雲による降水を予測する際に、潜熱放出が上空の温度を上昇させる効果が組み込まれています。この結果、大気の状態が安定化し、SSIの値が高くなる場合があります。つまり、降水量が多く予測されるエリアで、実際にはSSIの値に基づく期待(①)が外れ、②に分類されるケースが発生するでしょう。
     さらに、図1~3のように狭い範囲のSSIの分布を評価することが、雷予想の目的には適さない場合もあるでしょう。

  4. 地形の影響:
     SSIは850hPa面の空気塊を持ち上げることで計算される指標ですが、特に以下の地形に関する要因で適用が難しい場合があります。
     ①  山地での適用の不適切性
     850hPa高度(約1500m)以上の山地では、数値予報モデルが計算する850hPa面の気温はモデル内の計算値で、実際に存在しない大気の気温です。このため、山地ではSSIを大気の安定度の指標として利用することが適切でない場合があります。
     ② 山地の温度分布と局地風の影響
     晴天時、斜面の向きによる日射の影響で、山地では局所的に気温の分布に大きな差が生じます。日射を受ける斜面では気温が上昇し、逆側の斜面では温度上昇が抑えられるためです。これにより、複雑な温度分布が形成され、山谷風も複雑な流れになるでしょう。特に、山地で発生する雷(特に熱雷)においては、高温域だけでなく、山谷風に伴う上昇流や収束・発散が影響を受けます。
     ③ 数値予報モデルの地形の単純化
     数値予報モデルでは、地形は実際の山地よりも単純化されています。その結果、地形による温度分布や風場がモデル内で正確に再現されない可能性があります。これにより、SSIの平面分布が実際の大気安定度を適切に反映しない場合があります。

地形高度と発雷との関連

 前節で地形が雷発生に与える影響について考察しました。本節では、地形と雷との関連を明らかにするために、地形図にLIDENの雷観測点をプロットした図(図4~6)を用いて検証します。これらの図では、6月2日、3日、4日の9時から21時までに観測された雷を地形図上に示しています。 

図4 2024年6月2日9時から21時のLIDENによる雷観測

6月2日は平野部や山麓で雷が観測されており、特に標高の低い地域での発生が目立ちます。

図5 2024年6月3日9時から21時のLIDENによる雷観測

6月3日は平野部や山麓での観測が中心ですが、那須や甲府盆地の北側といった標高の高い山地でも雷が発生しています。

図6 2024年6月4日9時から21時のLIDENによる雷観測

6月4日は、東海地方の山地など、他の日に比べて平野以外での雷発生が比較的多く見られます。

図7 2024年6月2から4日の日別の雷の地形高度別発生頻度 
日別の発生頻度(縦軸)を地形高度別(横軸)に棒グラフで示した。
折れ線グラフは、地形の高度の頻度を示している。

図7に示される日別の雷の高度別発生頻度を用いて、地形高度と雷発生の関連をさらに詳しく見てみましょう。
6月2日と3日は、地形の標高分布に比べ、標高が低い地域ほど雷観測の頻度が高い傾向があります。これは、平野部や山麓での雷活動が主だったことを裏付けています。
4日は、地形高度250~750mでは地形の標高分布と比較して雷発生の頻度が少ない一方、750m以上の高地では頻度が増加しています。このことから、4日は他の日に比べて標高750m以上の地域で雷発生が多かったことがわかります。

当然のことではありますが、日ごとに雷発生の特徴が異なることが確認されました。特に、山地で雷が発生しやすい気象状況とそうでない状況を区別できれば、対流雲の発生・発達エリアの予測や雷発生予測の精度向上に貢献するでしょう。

今後、再解析資料とLIDENの雷観測データを用いて、発雷の高度別頻度と気象状況の統計的な関連を調べることが重要です。これにより、山地での発雷メカニズムをより詳細に理解し、実用的な予測手法の開発につなげることが期待されます。

おわりに

2024年6月2日から4日の事例を通じて、雷の観測データとSSI、地形との関係について考察を行いました。この分析から、雷発生には地形や静的安定度以外にも、複雑な気象要因が絡み合うことが改めて確認されました。

次回の記事では、下層の収束に焦点を当て、雷発生の予測にどのように活用できるかを検討します。この検討が、より実用的で精度の高い雷予測手法の構築につながることを目指します。
















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