2024年9月、能登半島豪雨の教訓:予報の課題と防災
2024年9月、能登半島を襲った豪雨は、地域に深刻な被害をもたらしました。今回の豪雨の状況や天気図からどのような擾乱が関わっていたのでしょうか。また、このような豪雨の予測が難しい理由や日本海側の大雨のパターンについても触れ、今後の予報にどう活かしていくかを探ります。
この記事では、一般の方にも理解していただけるよう、専門用語や高度な天気図の説明を控えています。そのため、気象の知識をお持ちの方には簡素に感じられる部分があると思いますが、どうかご理解いただければと思います。
2024年9月の能登半島豪雨の概要とその要因
2024年9月21日から22日にかけて能登半島を襲った豪雨では、線状降水帯が発生し、石川県輪島で1時間に121mmという猛烈な雨が観測され、24時間降水量は400ミリを超えて記録的なものとなりました(図1参照)。この大雨は輪島市や珠洲市、能登町を中心とした地域に深刻な被害をもたらし、1月の地震で崩れた土砂が渓流に残っていたことも影響して、土砂災害や河川の氾濫が発生し、被害が一層広がりました。
気象庁や地元気象台は、事前に大雨への警戒を呼びかけていたものの、予想されていた雨量は過小で、また線状降水帯の事前予報ができなかったことが今後の課題として指摘されています。
天気図から確認できる今回の豪雨の主な要因としては、日本海に停滞した前線が挙げられます(図2参照)。さらに、東シナ海に台風第14号があり、この影響で前線に向かって南から非常に暖かく湿った空気が流れ込んでいました。加えて、前線の北側には秋の高気圧が位置しており、北側と南側で温度差が大きくなったことで、前線が強まり大雨を引き起こしやすい気象パターンが形成されました。このような条件が揃った気象パターンを、ここでは「R6能登豪雨タイプ」と呼ぶことにします。
輪島の豪雨は、日本海側の地方としても稀な現象
輪島では、9月21日午前中に猛烈な雨が降り、6時間で272.5mmもの雨量を記録しました。さらに、22日の朝にも激しい雨が降って、午前0時から午前8時までに100.5mmの降水量が観測されました。この2つの雨の強まりにより、24時間降水量は400mmを超える記録的な大雨となっています(図3参照)。
今回の輪島での大雨は、6時間で272.5mmという短時間での猛烈な降雨を伴う記録的なものでした。全国的にこのような大雨の発生状況を確認するため、アメダス(地域気象観測システム)の観測地点の中で、過去に6時間降水量が250mm以上となった記録がある地点を調べました。
図4には、アメダス観測地点のうち、6時間雨量の最大値の記録が250mmを超える地点が示されています。プロットの色はこの最大値の雨量を表しています。太平洋側では九州から東海、また九州と沖縄のほぼ全域で、250mm以上の6時間雨量を記録した地点が多く、関東から東北にかけての太平洋側でもある程度の地点で確認できます。一方、日本海側では、九州から山陰西部にかけて該当する観測地点が見られるものの、山陰東部から北日本にかけては、250mmを超える雨量を観測した地点が非常に少ないことがわかります。
こうしたデータから、石川県で稀な現象が発生したというよりも、むしろ山陰東部以東の日本海側で今回のような豪雨が発生すること自体が稀な現象であったといえるでしょう。
同様な気圧配置時による過去の大雨事例
九州の日本海側では、6時間で250mmを超える大雨が他の日本海側の地域に比べて多く発生しており、今回の能登半島豪雨と似た雨の降り方や気象要因を持つ事例も見られます。
2006年9月16日に佐賀県で発生した大雨も、今回の能登半島豪雨と同様の気象パターンを示しています。この事例は、福岡管区気象台のホームページに掲載されています。図5と図6にこの事例の天気図と雨量分布を示します。当時、対馬海峡から西日本へとのびる停滞前線に向かって西方の台風から暖かく湿った空気が流れ込み、前線の北側には帯状の高気圧が存在していました。この影響で、佐賀県のアメダス伊万里では1日で285mm、6時間で279mm、1時間で99mmという猛烈な雨量が観測されました(図6参照)。
前線や台風の位置、大雨の降った地域は異なるものの、これらの位置関係や台風が間接的に影響した点、停滞した前線に沿う日本海沿岸部で記録的な大雨が降った点は、今回の能登半島豪雨と非常に似た気象条件です。
これらの事例は、6時間で250mm以上の降水量を経験していない日本海沿岸地域でも、R6能登豪雨パターンと同じような気象条件が揃えば、同様の豪雨が発生する可能性を示唆しています。
島根県西部の大雨事例
図4に示されるとおり、島根県西部では6時間降水量が250mm以上の記録的な大雨が多くの地点で確認されています。この地域以東の日本海側で、6時間降水量が250mm以上の記録があるアメダス観測地点を表1にまとめました。
表1にある17地点のうち、島根県西部の地点は7地点と目立って多く、そのうち6地点は梅雨期である7月に記録されています。この要因は明確ではありませんが、暖かく湿った気流が対馬海峡を抜けるとすぐに島根県西部が位置しているため、気流が島根県西部の沿岸に集中しやすいことが考えられます。また、日本海の比較的低温の影響を受けにくい位置にあるため、気流の気温が下がりにくいことも影響している可能性があります。こうした地形に関連する条件に加えて梅雨前線の位置や停滞の状況次第では、島根県西部では記録的な大雨が発生しやすくなると考えられます。
さらに、古い事例も含め、降水量の分布から見て、これらの事例のほとんどで線状降水帯が発生していたと推測されます。
表1にある島根県西部での記録的な大雨事例の天気図を確認すると、停滞前線が存在している点では今回のR6能登豪雨パターンと一致していますが、西の離れた地域に台風が存在する事例はなく、また、前線の北側に明瞭な高気圧があるケースもあまり見られないことがわかりました。これから考えられるのは、島根県西部より東の地域でも、梅雨前線が北上し、日本海の海水温が例年より高く、暖かく湿った空気が日本海沿岸に集中する状況になれば、発生頻度は少なくても、同様の記録的な大雨が発生する可能性があるということです。こうした島根県西部で発生する大雨事例のパターン、すなわち、停滞前線に非常に暖かく湿った空気が流れ込むことで線状降水帯が発生する可能性のあるパターンを「島根県西部タイプ」とここでは呼ぶことにします。島根県桜江で記録的な大雨が発生した際の天気図を図7に示します。
日本海側の大雨パターンの多様性
これまでに、日本海側の大雨パターンとして「R6能登豪雨タイプ」と「島根県西部タイプ」の2つがあることを示してきました。ここでは、表1に示した島根県西部以外の大雨事例について、それぞれがどのようなパターンであったか、またこれまでの2つのタイプと共通する気象条件が存在するかを調べました。詳細は省略しますが、次の5つのパターンに分類できそうです。
1. 「島根県西部タイプ」に該当する事例(3事例)
例:新潟県下関(2022年8月4日)、福井県美山(2004年7月18日)、新潟県栃尾(2004年7月13日)
2. 「R5能登豪雨タイプ」に該当する事例(1事例)
例:石川県能登(2024年9月21日)
3. 台風の接近・通過に伴う事例(3事例)
例:鳥取県(2023年8月15日、2011年9月3日、1987年10月17日)
4. 動きの遅い低気圧の南東象限に非常に暖かく湿った空気が流れ込み、地形による上昇も加わった事例(1事例)
例:秋田県鹿角(2013年8月9日)
5. 動きの遅い熱帯低気圧が東側にある事例(1事例)
例:福井県美浜(1999年8月15日)
これらの調査結果から、日本海側(島根県西部を除く)での大雨事例は、「島根県西部タイプ」や台風接近、熱帯低気圧などの異なるパターンに分類できることがわかりました。図8〜図11には、「R6能登豪雨タイプ」を除く4つのタイプの天気図(すべて気象庁作成)を示しています。これらの天気図からもわかるように、日本海側の大雨には多様な気象パターンが存在していました。
また、今回の調査では、「R6能登豪雨タイプ」に該当する事例がこれまで発生していないことが確認されました。9月以降には台風の事例しか見られず、能登豪雨が発生するまでは、九州でしかこのタイプは発生していませんでした。気候変動によって気温や海水温が上昇に伴い、日本海側でも9月以降に台風以外の要因による「R6能登豪雨タイプ」が発生する可能性が考えられます。その頻度が増えることも、今後の気象リスクとして警戒すべきでしょう。
10年毎でみると増加する日本海側の大雨事例
山陰地方以東の日本海側では、島根県西部を除く地域における10年ごとの6時間雨量の記録的な大雨事例の発生件数を確認すると、1980年代と1990年代はいずれも1事例でしたが、2000年代には2事例、2010年代には3事例、さらに2020年から2024年9月末までのわずか5年間で3事例が発生しており、明らかな増加傾向が見られます。
この増加傾向には、地球温暖化や気候変動による気温上昇や日本海の海水温上昇といった要因が影響している可能性があります。また、島根県西部のように特定の地理的条件が記録的な大雨の発生に関与している地域もあり、こうした要因を考慮した監視が重要です。
さらに、日本海側の大雨は、台風以外の事例では特に7月と8月に集中して発生しています。これまで9月以降の大雨は台風によるものでしたが、今年「R6能登豪雨タイプ」が出現するようになったことも新たなリスクとして挙げられます。この点を踏まえ、9月以降の台風以外を要因とする大雨への備えも求められます。
数日前から大雨が懸念されていたが雨量予測は過小に
能登半島豪雨では、気象庁が今年(2024年)から府県単位での線状降水帯の半日前予測を発表していますが、今回の豪雨ではこの事前予測が出されず、さらに雨量の予測も大幅に過小となりました。
現在、気象庁が運用している気象数値予報モデルには、空間的な解像度の限界や、海上での観測データが少ないといった制約があります。これらなどから、今回のような線状降水帯の発生や局地的な大雨を正確に予測するのは依然として難しい状況です。
一方、能登半島豪雨の数日前から、数値予報モデルでは記録的な大雨の可能性を示すパターンが予測されていました。具体的には、停滞した前線に流れ込む非常に暖かく湿った空気や、前線の北側に位置する高気圧によって、前線周辺で下層の温度差が明瞭であることが示されていました。これにより、一部の専門家は北陸地方や東北地方で記録的な大雨が発生する懸念を抱いていました。
しかし、こうした懸念があっても、北陸から東北地方のどこで大雨が発生するかを特定することは難しく、具体的な雨量の予測も定量的に行うことは困難です。記録的な大雨を見逃さないためには広範な警戒を促すことができますが、実際にこうした大雨に至るケースは少なく、空振りが多くなるという課題も残ります。
さらに、このような広域でのリスクを日々の天気予報に反映するなら、表現方法や精度面での改善が求められます。今後は、数値予報モデルの予測精度の向上に加え、警戒すべきポイントをわかりやすく伝える表現の工夫も重要になってくるでしょう。
経験と技術を活かした、防災のための情報提供に向けて
今回のような大雨は北陸地方では非常に稀ですが、九州では同様の気象条件で大雨が発生しています。北陸の気象に精通している気象予報士にとっては、このような極端な大雨の予測は、これまでの記録を大幅に更新するものであり、予報を出すハードルが非常に高かったと考えられます。
一方、日本海側でも九州や山陰西部で極端な大雨を幾度も経験している地域の気象予報士であれば、これまで能登半島では極端な大雨が降っていないという先入観を持たなければ、数値予報の示す気象パターンや気温や湿度などを確認することで、過去の別の地域の雨量記録を参考にして、予想雨量をより多く予想して改善できた可能性があります。
これまで、気象予報は数値予報技術や地域ごとの大雨事例を基に行われてきましたが、今後は地域の過去の記録にとらわれすぎることなく、地理的に類似する地域の事例も参考にして予報することが求められます。また、気象庁の数値予報モデルの精度向上も引き続き重要です。
さらに、記録的な大雨が懸念されるものの、発生地域を絞り込めない場合には、地域の特性に合わせた情報提供とその情報の適切な活用についての検討が必要と考えられます。大雨の発生がどの地域か特定できない場合でも危機感が高い状況では、現行の情報発信では雨量予想が過小になりがちです。極端な大雨の可能性が通常よりも高い場合には、そのリスクを適切に伝え、防災活動に役立ててもらえるような情報や啓発、体制が必要な時期に来ていると感じられます。
アメリカのNOAAの気象予報センターでは、洪水発生の可能性が一定以上の地域を分布図で示し、情報提供を行っています。このような分布図形式の情報提供は、場所を絞り込めないが記録的な大雨の発生が懸念される領域を示すのに適しているように感じられます。また、再解析資料や過去の記録的災害の発生時刻や場所のデータを活用し、人工知能技術を応用すれば、このようなプロダクトを自動で作成することも可能になるかもしれません。
こうした取り組みにより、温暖化などにより気候が変化する中でも、記録的な大雨の予測では、見逃しはないが詳細な地域を示せない予測情報と、従来の最も確度の高い予測情報(見逃しのおそれが一定程度ある)の2つの情報を組み合わせることで、より適切な防災対応につながることを期待します。