虚構 その10
深夜一時を過ぎ
わたしはクリーム色の湯船に張った自分の体温よりもすこしだけ高いお湯に浸かりながら最近のことを静かに反芻していた。
"この前話していた印象派の展覧会が今月末まで星川美術館でやってるんですけれど、
良かったら今度のお休みに一緒に出掛けませんか?"
なんだか"及ちゃん"のお店に行ってから福山さんと休日にふたりきりでどこかへ出掛けたくなっている。
誰かを好きになったり愛をみせたいと感じる時
好きな理由であったり、そういう意味を探す必要なんてあるのかな?
今、何してるんだろう?
寝ているかな?
それとも起きていて物思いにでも耽っているかしら?
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朝、おだやな太陽の日差しとともに賑やかでいて様々な旋律が一体となりひとつの音階に聴こえる園児たちの元気な歌声で目覚めた。
いつもなら大体この時間帯は休日に起きる時間だが、今日は出勤であっても館へ寄らず長瀬さんが提案してくれた勉強会開催の打ち合わせのために
"NPO法人 ほしかわ虹色の街"
へと直行する日だから
ついゆっくりしている。
洗面に向かおうと立ち上がろうとした瞬間鳴り始めたアラームを止め、その園児たちの"音楽"のリズムに合わせて歯を磨いていると
ふと
どこからともなく
…そうか、僕は今、僕たちが子どもの頃大人に見えていた人たちから言ってもらいたかった言葉を子どもたちに掛けたいのか…
という言葉が、まだぼんやりとした意識にたち昇っていた。
身支度を済ませ桜川駅へ向かうと、急行電車でナコウジ駅へ向かった。
駅前ロータリーでしばらく長瀬さんと中岡主査を待っていると、眠たげな瞼を何度も擦りながら長瀬さんがやってきた。
「おはようございます。福山さん、今日の打ち合わせ資料こちらです。」
長瀬さんは、その綺麗にホチキス留めを施した資料を僕に手渡した。
「ありがとう。長瀬さん眠そうだけれど、昨日寝られなかったの?」
「いやいやいや、わたし本当に朝がとても苦手で…笑 いつもと違う時間だからつい二度寝しちゃっていました笑」
「なんだ笑
僕はてっきり資料の再確認でもしていて徹夜みたいになってしまったのかと思ったよ」
「じゃあそういう事にしてください」
長瀬さんはそう言いながら、にっこりと悪戯そうでいて可憐な微笑を僕に向けていた。
すこし遅れて中岡主査がやって来た。
「お二方ともおはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます!」
長瀬さんは、中岡主査にも資料を手渡すとロータリーから続く銀杏並木を3人で歩き始めた。
「長瀬さん、いい提案をしてくれたね。
相手さまとの調整もあるけれど、定期的に勉強会開催できると良いですね」
「ほんとに。最低でもニヶ月に一回くらいのぺースでは開催したいですね!」
「その調子、その調子! ふぁいとおー」
中岡主査は会議から離れた場所では、いつもこんな風に朗らかだ。
信号待ちをしていると、親子連れで歩ている4歳くらいの子が母親に向かって
"ねぇ、何故だか知ってる?"
という会話している。
「ねぇママ、知ってる? なんで太陽さんって毎日のぼってくるのか」
「えーなぜだろうね。ハルはどう思うの?」
「ハルはねぇ、知ってるよ~ ママ、教えてほしい?」
「はやくママに教えて〜」
優しい笑みを一面に湛えて母親は催促している。
「あのねぇ、みんな朝起きたら電気をつけるけど、お花さんたちも毎朝起きて真っ暗だと何も見えないから、太陽さんに毎日のぼってきてねってお願いしてるからなの」
一瞬、その子の言葉に対する深い感動を瞳に湛え、母親は
「そっかぁ!ママ知らなかった~
ハル、教えてくれてありがと〜」
と、すっかり凪いだ波のように穏やかな調子で応えていた。
信号が青になると親子は左手の遊歩道を通って公園へと向かい、僕たち3人は並んで道端に敷き詰められた銀杏紅葉を踏みしめて目的地まで歩みをすすめた。
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つづく
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