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コーガ様には言えないプルアパッドの測位技術
ゲーム『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(以下、TotK)でリンクが肌身離さず持ち歩くプルアパッド(冒険の手引き参照)。見た目はNintendo Switch にそっくりなこのツールには、シーカー族の技術の粋が詰まっている(と、ロベリーが言っていたような言っていなかったような)。
本稿では、知ればコーガ様も垂涎のプルアパッドの驚異的な位置推定技術を、現代技術でどこまで再現できるのか、徹底的に解剖してみる。
※ 本稿は主に2022年から2023年頃に技術士二次試験の専門科目の試験勉強の逃避のために整理した内容を一部アップデートした。
PDR:屋内でも端末だけで測位できる技術
PDRは、歩行者自律航法(Pedestrian Dead Reckoning)の略で、屋内での位置測位技術のひとつである[1] [2]。GPSなどの外部信号に依存せず、加速度センサー、ジャイロセンサー、磁気センサーなどの自律センサーから得られるデータをもとに、歩行者の移動方向、移動距離、歩数を計算して相対的な現在地を推定する[1] [3] [4]。
蛇足だが、"dead"は、位置推定の起点として"dead in the water"(座礁して動けない船)を使用したことに由来するらしい。[Wikipedia: Dead reckoning]
TotKでは>
洞窟内でも位置を推定でき、プルアパッドには欠かせない技術と思われる。
PDR測位のメリット
PDR測位のデメリット
SLAM: 位置推定と地図作成を同時に行う技術
SLAMとは、Simultaneous Localization and Mappingの略で、自己位置推定と環境地図作成を同時に行う技術の総称である[5] [6]。SLAMを使うと、移動体が未知の環境で地図を作成しながら自分の位置を特定できる。この地図情報をもとに、移動体は障害物回避や経路計画などのタスクを実行できる[7]。
TotKでは>
地底の世界の探索時にはこの技術が必要になる。破魔の根から地図を入手できることから推察するに、プルアパッドからのLiDAR信号を増幅する性質も、根は持っているのかもしれない。
SLAMは、自動運転、ドローン、AGV、ロボット、AR/VR/MRなど、様々なアプリケーションに応用されている[7] [6] [8]。これらのアプリケーションでは、自己位置と周囲の環境を正確に把握することが非常に重要である。
SLAMのセンサーの種類
LiDAR SLAM:LiDAR(レーザースキャナ)を入力として用いる方法である。測距精度が高く、最大検知距離も長いが、コストが高いという欠点がある。
Visual SLAM:カメラや画像センサーを入力として用いる方法である。分解能が高く、色識別が可能だが、霧や暗闇などの環境に弱いという欠点がある。
Depth SLAM:ToFセンサーなどからの測距情報を入力として用いる方法である。測距精度は低いが、コストが低く、色や光の影響を受けにくいという利点がある。
地磁気を用いた測位方法
TotKでは>
BotWと異なり、TotKには磁石を使ったゾナウギアや磁力に関する能力が存在しないように見受けられる。この事実から推察するに、磁力を持つ鉱石や磁性体材料は、この世界ではほとんど活用されていなさそう。ただし、永久磁石が存在しなくても、誘導コイルや超電導量子干渉素子等での地磁気の観測は可能であるため、プルアパッドに実装されている可能性はある。(そもそも、ハイラルの大地に地磁気があることが大前提にはなるが!)
衛星や埋め込みビーコンなどのインフラを必要としない点では有利だが、TotKの世界に、地磁気マップが作成されている形跡は見当たらない。
地磁気を用いた測位は、場所によって変化する地磁気データを計測し、あらかじめ作成された地磁気マップと照合することで、現在位置や移動履歴を把握する技術である[9] [10]。
地磁気測位の特長は、無線通信機器を設置する必要がなく、地磁気センサを搭載したスマートフォンや専用端末だけで利用できることである。また、地磁気は建物内の同じ位置でも高さによって異なるため、フロアの特定も可能であり、地球上のあらゆる場所で固有の値を示すため、原理的には屋内外での位置情報の特定に利用できる。
ただし、後述のデメリットにも記載したように、屋外では地磁気の乱れが生じる場面がある。現実的には、屋外ではGPSなどの衛星測位システムと組み合わせることで、屋内外シームレスな測位を実現するのが妥当と考えられる。[11] [14] [15] [16] [17]
屋内外での位置情報サービスの提供が可能:GPSなどの衛星測位システムは屋内では利用できないが、地磁気は屋内外で利用できるため、建物内だけでなく周辺エリアや階段・エレベーターなどでも位置情報サービスを提供できる。
地磁気を用いた測位方法のデメリット[9] [11] [10] [12] [13]。
データ測定と管理に時間と手間がかかる:最初に地磁気データを測定して、地磁気マップのデータベースを作成する必要がある。また、ひも付けしたデータを管理しなくてはならないため、時間と手間がかかる。
地磁気が乱れる場所での測位には不向き:大型の車両や鉄道車両が近隣を通過すると地磁気が乱れるため、駅や倉庫などの物流拠点の屋内測位には向いていない。また、鉄骨や鉄筋コンクリートでできた建物や地下街の中を移動すると、周辺金属の残留磁気が影響することがある。
BLE測位: ビーコンが発する信号で相対位置を推定
TotKでは>
BLEは、プルアパッドでは、祠などの目標物の検知に活用されているかもしれない。目標物の特徴的な電磁波を検知し、距離や方向を知らせるセンサーは、BLEと類似の仕組みで実装できるかも。
BLEとは、Bluetooth Low Energyの略で、Bluetoothの省電力版とも言える近距離無線通信技術である[18]。
名前の通り、極低電力で通信ができ、ボタン電池一つで数年間動作することも可能である。このため、スマートデバイスとの親和性が高い。Bluetoothなので、AndroidやiOSなどの主要なスマートデバイスでも利用できる。
音楽系に強いBluetooth Classicとは異なり、通信速度は控えめだが、センサーやビーコンなどに多く活用されている[18] [19] [20]
BLE測位では、BLEビーコンと呼ばれる小型の電波発信機と、スマートフォンやパソコンなどの受信機との間で、電波の強さや位相を利用して距離や方向を測定する[20]。
RSSI(Received Signal Strength Indication) を利用する方法。電波の強さによって距離を推定する方法で、簡単だが精度は低い。
AoA(Angle of Arrival) を利用する方法。電波の位相差によって方向を推定する方法で、高精度だが複数のアンテナが必要である。
AoD(Angle of Departure) を利用する方法。電波の発信角度によって方向を推定する方法で、高精度だが特殊なチップが必要である。
ToA(Time of Arrival) を利用する方法。電波の伝搬時間によって距離を推定する方法で、高精度だが同期が必要である。
BLE測位は、屋内やGPSが届かない場所での位置測位に有効な技術である。車載や産業用途などで、安全や利便性の向上に貢献できる。
GNSS: 全球測位衛星システム
全球測位衛星システム(GNSS: Satellite positioning, navigation and timing system)は、GPS、GLONASS、Galileo、BeiDou (北斗) 等の衛星利用測位システムの総称であり、複数の衛星から受信する時間情報を利用して、地上の位置を測位するシステムである。[24]
アメリカ合衆国によって運用されるGPSがよく知られている。スマートフォン、車のナビゲーションシステム、サイクリングのGPSロガーなど、日常生活で幅広く利用されている。
TotKでは>
ゲルド砂漠で、砂嵐で測位できない状況があることを鑑みると、プルアパッドでもGNSSを利用している可能性は捨てきれない。
ただし、衛星の代わりになるものが必要で、例えば、空島から、測位のための電波を送信する必要がある。12の石碑やゾナウ製造機(ゾナウガチャ)が測位衛星の役割を果たしているかもしれない。
仕組み:
測位衛星は約2万km上空を周回し、複数の周波数で信号を送信。全球の場合、30機程度の衛星を周回させて地球全体をカバーする。
地上の受信機は、衛星からの電波を受信し、自分の位置を計算。
一般的な算出方法である単独測位の場合は、位置特定には少なくとも4つの衛星が必要。(緯度、経度、高度、時刻を未知数とした連立方程式を立てるため)
GPS衛星の寿命は5~15年程度。
衛星は新機能を追加して世代交代され続けている。
補助情報の活用:[27]
携帯電話の基地局情報を補助に用いることで、初期捕捉を速くし、高速移動時も位置を見失わないようにすることができる。
結局プルアパッドに使える技術はどれ?
以上のように、単独で屋内外の相対位置測位が可能な方式はいくつかある。しかし、屋内にいようが屋外にいようが単独で地図上の位置座標測位が可能な方式は、ない。
例えば、GNSS (GPS, GLONASS, Galileo, BeiDou(北斗))は屋内では基本的に利用できず、地磁気測位は別途地磁気マップの作成が必要で、屋外では特に雷雨の際などには利用できない。
上記を考慮すると、屋内外で端末単独で相対位置や地図上の位置座標を測位するためには、複数の方式を組み合わせる ことが現実的なアプローチとなりそう。
また、リンクは鳥望台からジャンプしてカメラで撮影することで各地域の地図を得ているため、この点も考慮して技術を推定してみたい。
考えられる組み合わせ例
PDR + SLAM:
屋内/地底: SLAMで環境地図を作成しながら自己位置を推定し、PDRで歩行中のより細かな動きを補完する。
屋外: 鳥望台からジャンプして撮影した環境地図画像を利用し、PDRで移動を補完。位置の基準点としては、各鳥望台を活用する。
SLAM + GNSS (屋外アシスト):
屋内/地底: SLAMで環境地図を作成しながら自己位置を推定。
屋外: GNSSで絶対位置を取得し、SLAMの位置情報を補正する。これにより、屋内外での地図上の自己位置推定が可能になる。
まとめ
本稿では、TotKに登場するプルアパッドの位置推定技術を題材に、現代の様々な測位技術について解説した。
現状では、
完全に「屋内外シームレス対応した端末単独の地図座標測位」は、技術的な制約やコストの面から現時点では困難。それぞれの方式には、得意・不得意な環境や精度等の制約条件がある
複数の測位方式を組み合わせることで、それぞれの弱点を補完し、より広い環境で、より高精度かつ安定した測位システムを構築できる可能性大
用途 や 要求精度、コスト などに応じた、最適な組み合わせや、アーキテクチャ上、どこまでを「端末単独」と定義するかを検討する必要がある
本稿で解説した PDR、SLAM、GNSS 等の測位技術は目覚ましい発展を遂げており、今も進化を続けている。
これらの技術は、
屋内ナビゲーション: 商業施設やオフィスビル内での、迷うことなく目的地へと人々を導くナビゲーション
物流・倉庫管理: 効率的な在庫管理や、作業員の動線最適化による生産性向上
自動運転: より安全でスムーズな自動運転の実現
ロボティクス: 自律的に動くロボットによる、人手不足解消や危険な場所での作業代行
AR/VR: 現実世界と仮想世界を融合させた、新たなエンターテイメント体験や業務効率化
など、私たちの生活や社会を大きく変えつつある。
将来的には、より小型で低消費電力、かつ高精度なセンサーが登場し、AIによるデータ解析技術も進化することで、屋内外をシームレスに、そして誰でも、どこでも、手軽に利用できる、真の「プルアパッド」のような測位システムが実現する日が来るかもしれない。
その日を期待し、これからも技術の進化を見守り、自分にできる貢献をしていこう!
参考
TotKプチ用語集
プルアパッド: TotKのリンクのNintendo Switchに似た形状を持つ携帯情報端末。センサー、地図表示、写真撮影など多機能。
シーカー族: ゲーム「ゼルダの伝説」シリーズに登場する古代文明を築いた民族。高度な科学技術を持つとされる。プルア、ロベリーはシーカー族の技術者・研究者。
コーガ様: ゲーム「ゼルダの伝説」シリーズに登場する悪の組織「イーガ団」のボス。
ゾナウギア: TotKに登場する古代ゾナウ文明の遺産。数十種類あり、それぞれ特殊な機能を持つ装置になっている。モジュールとして、組み合わせて使える。
技術解説ページリンク
【SmartPDR for React Native】屋内位置情報推定のひとつ歩行者推測航法(PDR)をクロスプラットフォームで実現 - Qiita
https://qiita.com/maturu/items/2f9f6532eeb26f89161e歩行者自律航法の実用性を向上するセンサーネットワーク | ニュースリリース | ラピスセミコンダクタ
https://www.lapis-semi.com/jp/company/news/news2015/r201510_2.html【自律航法(PDR)編】屋内位置測位の手法を徹底解説
https://www.ichimie.com/method/pdr.htmlスマホのセンサーで屋内位置測位 - 株式会社イーアールアイ
https://www.erii.co.jp/staffblog-location-positioning-smartphone/SLAM - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/SLAMロボットの自律走行を支えるSLAM技術 - ORIX Rentec
https://go.orixrentec.jp/rentecinsight/robot/article-52SLAMとは? - これだけは知っておきたい3つのこと - MATLAB & Simulink
https://jp.mathworks.com/discovery/slam.htmlSLAM(スラム)とは??~SLAMの基本技術と活用について~ - スマートシティ/モビリティ - マクニカ
https://www.macnica.co.jp/business/maas/columns/134751/【地磁気センサー編】屋内位置測位の手法を徹底解説
https://www.ichimie.com/method/geo-sensor.html地下街でも居場所が分かる「地磁気データ屋内測位」とは?:5分で分かる最新キーワード解説 - キーマンズネット
https://kn.itmedia.co.jp/kn/articles/1505/27/news154.html「探す」をなくす。地磁気による屋内位置測位の可能性 | TDK
https://www.tdk.com/ja/featured_stories/entry_034.html地磁気を知る | 国土地理院
https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/menu01_index.html地磁気を測る | 国土地理院
https://www.gsi.go.jp/buturisokuchi/menu02_index.html省電力 GNSS 測位と地磁気測位の組み合わせによる屋内外シームレス測位 | 2020年度測位航法学会 OS-9 http://www.gnss-pnt.org/wp-content/uploads/2021/06/OS-9_2020年度測位航法学会_栗田航貴.pdf
常識覆すアルプスアルパインの測位技術、BLEで精度±30cm | 日経クロステック(xTECH)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02227/101800006/屋内位置情報システムは、COVID-19の感染拡大を防ぐ切り札となるか | TDK
https://www.tdk.com/ja/featured_stories/entry_019.html屋内の人やモノの位置はどう把握する?屋内測位の手法まとめ
https://www.techfirm.co.jp/blog/indoor-localizationBLE 【Bluetooth Low Energy】 Bluetooth LE - IT用語辞典
https://e-words.jp/w/BLE.html【サルでもわかるBLE入門】(1) BLEの基礎 | 株式会社ムセンコネクト
https://www.musen-connect.co.jp/blog/course/trial-production/ble-beginner-1/【サルでもわかるBLE入門】(4) BLEビーコンによる位置測位 | 株式会社ムセンコネクト
https://www.musen-connect.co.jp/blog/course/trial-production/ble-beginner-4/プレスリリース | Bluetooth® Low Energyを使用した 高精度位置測位システム 評価キットをリリース | アルプスアルパイン
https://www.alpsalpine.com/j/news_release/2020/1027_01.html屋内測位の新技術 AoAとAoDとは? | 組込み技術ラボ
https://emb.macnica.co.jp/articles/12824/(欠番)
GNSS測位とは | 国土地理院
https://www.gsi.go.jp/denshi/denshi_aboutGNSS.html第77回JAXAタウンミーティング 第二部「身近な人工衛星利用」で出された意見
https://fanfun.jaxa.jp/c/townmeeting/2012/77/opinion2.htmlGPS衛星の世代について|衛星測位入門|みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト - 内閣府
https://qzss.go.jp/overview/column/gps_170831.html作ろうスマートフォンコンテンツ : 基地局を利用した位置情報提供機能 | サービス・機能 | NTTドコモ https://www.docomo.ne.jp/service/developer/smart_phone/base_station/location/index.html