技術移転が成就する背景にいる特許は強いのか?
はじめに
今回は、大学からの技術移転において、「果たしてライセンスに至る特許は”強い”のか?」という問いに向き合ってみました。技術移転担当者の皆さんは、日々「技術移転のためには強い特許を作っていくことが大事だ」という前提認識のもと、権利化業務にも従事されていることと思います。実際、よい研究は強い特許になり、産業界からの引き合いも強いことが多いかと思います。しかしその反面、「こんな特許が??」というような、微妙な特許でライセンス締結し、市場化に至ったという経験もお持ちなのではないでしょうか。
そこで、今回は文部科学省が集計している「産学連携の実績, 大学等における産学連携等実施状況について(https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/sangakub.htm)」(以下「産学連携実例集」と記載します)に掲載されている産学連携実例を参照しながら、これら実例に登場する特許が果たして他の特許と比べて”強い”のかを調査してみました。
特許の強さの定義を仮置きしよう
「果たしてライセンスに至る特許は”強い”のか?」という問いに挑戦するにあたり、特許の強さというのを定義付けておく必要があります。特許の強さを表す普遍的な指標は無いもの、今回は次の指標を用いることにしました。
①被引用回数
被引用回数が多いほど、他の特許の権利化を妨げることに成功したと言え、独占排他権たる特許の強さを反映しうるものと思われます。ここで、被引用回数とは審査段階における審査官引用であり、自己引用は含めないようにしています。
②クレームの種類(物 or 方法)
一般に、物クレームの方が方法クレームと比べて侵害発見が容易なため権利行使しやすく、強い権利であると言われています。果たして今回の調査ではどのような特徴がみられるでしょうか。
③請求項1の文字数
請求項は、より構成要素が少ない方が権利範囲が広く、強い権利であるといえます。本来は文字数ではなく構成要素数をカウントすればより高精度になりますが、今回は調査の簡便化のため文字数を用いました(例:Caと書いた方がカルシウムと書くよりも文字数は少ないが、構成要素としては同数)。発展的には、テキストマイニング等を使用して、より高精度な分析が出来るとよいなと思っています。
調査方法
今回の調査では、次の3グループをサンプルとして設定し、比較を行いました。
グループ1:大学ライセンス特許
大学の特許のうちライセンス契約がされたものの群として、産学連携実例集に登場する事例のうち、明確に特許番号が記載されているものを抽出したところ、全部で67特許を得ました。なお、産学連携の実例に記載されている特許であるためライセンス契約が締結されている蓋然性は高いながら、実際に契約の有無を確認している訳ではないため、もしかすると実際にはライセンス契約が無いものも含まれ得ることを注釈しておきます。また、産学連携実例集で実例(「●●年度における産学官連携活動状況の主な取組事例」という資料)の掲載を始めたのが平成26年度以降のようですので、今回の調査対象は平成26年度~令和4年度としています(結構分量あって大変でしたよ...)。
グループ2:大学全般特許
特許検索サービスを用いて、大学が出願人である特許を準無作為に、グループ1:大学ライセンス特許と同数である67件抽出しました。なお作為箇所は、出願年度と特許分類(FI)の分散はグループ1:大学ライセンス特許と合わせるようにしました。その理由は、出願からの年数やFIが、上述の特許強さ比較のための数値に影響が強いと考えたためです(例:古い特許の方が被引用数は増える。特許分類によって頻出単語に差があり、請求項の文字数に影響を与える)。
グループ3:企業全般特許
同じく特許検索サービスを用い、企業が出願人となっている特許を67件抽出しました。なお書きの事項は、グループ2:大学全般特許と同様です。
仮説と結果
【指標①:被引用回数】ライセンスに至る特許は被引用回数も多いはず!
ライセンスに至る特許は強い特許だから、被引用回数も他のグループと比べて多いはず、という仮説を検証してみます。比較項目としては、(a)被引用回数の単純平均と、(b)グループ内特許の被引用回数の和 ÷ グループ内特許の出願日から調査日までの日数の和 の二つです。
結果、グループ1:大学ライセンス特許は、(a)(b)共に、有意に他グループと比べてハイスコアとなっていました。大学からライセンスに至る特許の被引用回数は多い、という仮説はどうやら成り立ちそうです。被引用回数は出願から時間を経なければ増えてこない数字ではありますが、この数字をモニタリングすることで、技術移転を重点的に行うべき技術の選別や、特許維持要否の判断材料として使用できるかもしれません。
【指標②:クレームの種類】ライセンスに至る特許は物クレームが多いはず!
グループ1:大学ライセンス特許のクレームが、①物クレームのみか、②物クレームと方法クレームの両方か、③方法クレームのみかの3パターンに分けてみました。なお、この仮説検証においては特許登録済のもののみ(各グループから41特許ずつ)を対象としました。その理由は、実務上、出願時には無理やりにでも物クレームを用意しておき、審査段階で無理があれば諦めて方法クレームのみに切り替えていく、ということが一般に行われており、特許登録前のものを含めてしまうと実体から離れてほとんどが物クレームを含むものとしてカウントされてしまうと考えたためです。
さて、物クレームの方が強いのであれば、グループ1:大学ライセンス特許においては「物クレームのみ」と「物クレームと方法クレームの両方」の数が多くなるはずです。
結果を見てみると、確かにそのようになっており、やはり大学からライセンスに至る特許は物クレームを含むことが多いようです。一方で、この特徴は他のグループからも見て取れました。これは、そもそも特許全般の傾向として物クレームの成立を狙うことが多いのは自明なことで、仮に権利が狭まったとしても物クレームを守ろうとすることが多く、その傾向が表れたものと思われます。だとしても、少なくともグループ1:大学ライセンス特許に物クレームを含む特許の方が圧倒的に多かったのは事実なため、やはり技術移転を念頭においた権利化にあたっては物クレームの成立を目指すべきでしょう。
ただし、方法クレームの特許であっても大型のライセンス契約に至った事例もありますので、方法クレームしか確保できなかったからといって諦めないようにしたいですね。同事例の詳細が気になる方はこちらの記事をご覧ください。
【指標③:請求項1の文字数】ライセンスに至る特許の請求項の権利範囲は広く、請求項1の文字数が少なくなっているはず!
上記のクレームの種類に関する検証と同じ理由から、こちらも特許登録済のもののみを対象としています。
各グループ間の請求項1の文字数の平均を求めてみたところ、グループ3 > 2 > 1の順番となり、グループ1:大学ライセンス特許が最も請求項文字数が少ない≒≒権利範囲が広いという結果になりました。しかしながら、t検定によると、グループ1とグループ3の間には有意性が肯定されたものの、グループ1とグループ2については否定されました(グループ1:グループ2において、p=0.396、グループ1:グループ3において、p=0.0005)。
グループ1:大学ライセンス特許とグループ2:企業全般特許の間に有意な差があったことについては、大学が出願する特許と比べ、企業、特に大企業においては類似の特許を周辺特許として固めることを目的として近しい特許を多数出願する、そのため、自己の特許間の差異を明確化する必要があり、請求項の記載も長くなるという傾向もあるのかな、とも思いました。実際、グループ2:大学全般特許とグループ3:企業全般特許の間の差も有意なものでした(p=0.0049)。
この検証からは、大学の特許は企業の特許と比べて請求項の文字数が少ない、ということしか言えなさそうです。更に、前述の文字数でよいのかという点と、後述するサンプル数の影響もありますので、この結果は参考程度に留めるのがよさそうですね。
【その他:独立請求項の数】
冒頭の、特許の”強さ”を評価するための指標には挙げていませんでしたが、各特許の独立請求項の数をカウントしてみました。独立請求項が多ければ、発明が多面的に保護されており、より広い権利になっているという言説を見かけたことがあるため、見てみようと思い至ったためです。ただ、個人的には、請求項の書き方でいかようにも変わるものなので、意味があるかは疑問がありました。実際にグループ間で大きな差異はみられませんでしたので、ここでは結果のみ貼付しておきます。
【その他:大学ライセンス特許の産業分類(FI)分布】
グループ1:大学ライセンス特許のFI分布を調べてみたところ、FI:A(生活必需品)に関する特許が5割を占めていました。単純解釈すると、生活必需品に関する発明が最も技術移転に至りやすいということになります。実際、生活必需品に関する製品は、医薬やその他ディープテックに関するものよりも製品化までの障壁が低く、技術移転に至りやすいということはあるかもしれません。反面、おそらく産学連携実例集の特性上、各大学が報告する実例を選択しています。このため、読者に分かりやすい生活必需品に関する実例が報告されやすいということかな、とも捉えています。
調査の限界
さて、この調査の限界についても触れておきます。この調査では、得られるサンプル数が限られているため十分な精度であるとはいえないと思っています。特許は国内で毎年約30万件の出願がされているのに対し、この調査では各グループ67件以下のサンプルとなっており、おせじにも十分なサンプル数とは言えません。このため、これまで述べてきた結果は統計学的に保証されるとはいえないことをご承知おきください。大規模サーベイ等を行ってよりサンプル数を確保できれば、とり面白い調査になるかもしれません。
しかしながら、限られた調査である本記事でも、実務者にとっては無視できない示唆を得ることは出来たのではないかな、と思っています。
おわりに
今回は、産学連携実例集に登場する特許をベースとして、「技術移転・ライセンスに至る特許は強いのか?」という問いに向き合ってみました。
私個人的には、「技術移転には強い特許が必要」というのが自明の前提のように扱われていることに、「ホントかよ」と少々疑いの目を向けていました(同じ感覚の人も多いんじゃないかな?)。
今回の調査でグループ間で定量比較を行ったことで、あらためて強い特許を目指す権利化にも一定の意味があり、そういった業務にコストを割いていてもよいのだということを認識できました。