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【産学連携と技術移転の話】共同発明の取り扱いに決着をつけたい

はじめに 

 企業と大学で共同研究の成果である共同発明の取り扱いを協議する場合、双方の立場の違いから主張が嚙み合わず、その条件決定は難航することが多いものです。この点については既に様々検討や議論がなされて論文化されたりしていますが、実はこの問題、現場レベルで見ると本当に真剣に考えている人は稀だと思っています。実際、同業界の人々とこの話題についての議論を何度も試みましたが、「大学と企業は立場が違う。大学の立場を理解・尊重してもらうように頑張る」という思考停止な論しか出てきませんでした。そんなのは企業側からすれば「私たちは大学様だぞ!」と高飛車に構えている、又は「ボク達は大学だもん!」と駄々をこねているようにしか見えないではないか、と。
 ということで、今回は実際に現場で交渉している立場から落としどころをある程度ポイントを絞って整理してみたいと思います。現場で交渉を担当している企業側、大学側のいずれの方にとっても助けになれば幸いです。  
 なお、交渉観点で見ると私の考えの手の内を完全にさらけ出しているので、今後私と交渉することになった場合はこの記事に書いた考えとは矛盾することを言うかもしれないし、この記事の内容を逆手にとったりしないでね。


まずもって共同研究の立場は対等か?

 そもそも共同研究は双方の財産を提供しあって始めるわけですが、もしこの時に双方から提供される財産に不均衡があれば、当然その成果物である共同発明の扱いの交渉では有利不利が生まれます。そこで、まずもって共同研究開始時に大学と企業の立場は対等なのかについて検討したいと思います。

共同研究では企業が優位だとする立場

 共同研究の費用は大体のケースで企業側がその全額を負担します。このため、企業側には「元受け下請けの関係」と同様にして自分たちの立場の方が優位であり、その成果物は全て企業のものになるべきだと考える方もいます。結論から言うと、この考えには無理があると思っています。
 理由は二つ。一つ目にそもそも大学は企業の研究下請けという位置づけのビジネス展開をしている訳ではない。仮に下請けとして研究行為を代行するビジネスであると捉える場合、それは知能集約的なビジネスで、職業柄知能集約の度合が高い大学の研究者の人件費は高価であるはずであり、共同研究費はもっと高額になっていくはずです。が、実際にはそのような研究価格設定はされていません。
 理由の二つ目は、共同研究費には上振れ側のリスク(ここでいうリスクは金融的な意味で振れ幅のこと)が乗っていないことです。研究活動である以上、成果物がどんなものになるか予想が付かないという前提認識は企業側も共有できているだろうし、であれば成果物がとんでもなく素晴らしいもの(いわゆる医薬品業界でいうブロックバスター。ここでは医薬品業界に限らず用いる)になる可能性を加味した共同研究費設定となるべきです。そして、そのような設定方法がなされるとすると、基礎研究に近い大学の研究は応用開発的なプロジェクトに比べるとブロックバスターが生まれる可能性は大きい訳で、その期待値分、共同研究費が高額化すべきとなります。しかし、実情は国立大学の共同研究費の平均は300万円/年程度で、民間企業どうしの開発委託・受託関係と大差無いどころか格安ですらあります。もちろん、全くいい成果が出ない可能性も企業側は承知してくれている訳なので、現実的には成果物が出てきた段階で取り扱いを考えましょうとするのが合理的、というかその他にないと思っています。
 一応、成果が生まれた場合にそれを買い取る場合はxxx万円で、と定額を定めておいて企業が欲しいと言った場合はその価格で買い取ることが出来るという条件は双方にとって落としどころとなり得ます。企業からすれば要らなければ買わなくていいし、大学からしたらブロックバスターの安売りとなってしまう可能性はあるものの、共同研究の成果がほとんどマネタイズ出来ていない現状を考えると経済的判断では有りだと思います。

大学と企業は対等だとする立場

 さて、では大学と企業は共同研究開始時には対等であるという論にはどのように正当性が主張できるでしょう。これは、下図の通り企業と大学が財産を提供しあっていると考えると理解できそうです。ポイントは、大学の研究者の知識が企業側の研究者の知識よりも財産価値が高いという前提部分です。企業側の研究者に対していささか失礼な感じもしますが、無理のある論ではないと思っています。そもそも大学の研究者の知識に一目おいているからこそ共同研究の話が生まれたのだろうし、大学の研究者の知識も企業の研究者の知識も等価だとするならば、何も企業は大学と共同しなくても自前で研究を行えばよいからです。とはいえ、技術移転担当者はこの論を振りかざすのではなく、企業の研究者へのリスペクトが必要なのは言うまでもないですね。


共同発明の取り扱いを考える

 さて、ということで以下では共同研究段階においては企業も大学も対等の立場として研究を行ったという前提で、その結果として生まれる共同発明の取り扱いを検討していきます。

独占的共有から検討をスタートする

 企業としては特許出願をする訳だがら当然その特許については独占意欲があるものと考えられます。特許権とは独占排他権ですし、特許法でも共有の場合の第三者ライセンスは、事前に共有者から要同意となっています。ということで、まずは独占的共同出願の条件をベースに検討を開始してみます。

独占的共有:独占の対価の妥当性

 独占的共同出願では、企業の売上に連動するRunning Royalty(RR)以外に、独占の対価を求めるケースが増えてきています。具体的には、大学が企業に対して契約時に一時金や、売り上げが無くとも毎年定額の支払いを求めるようなものです。
 この場合でも、当然に権利化費用は企業持ちとされており、企業からするとよく分からない不当な条件に感じられるのも直感的には無理もないです。この独占の対価の妥当性を考えるにあたり、仮に独占の対価が無いとした場合の企業と大学が当該特許から得る利益を考えてみます。

企業が得る利益:特許による防衛的価値+特許を使用した事業収入
大学が得る利益:不実施補償

 大学は基本的に特許による防衛的価値は享受しません。そもそも他者を排除することで事業を安定させて売上を立てる事業体ではないためです。となると、大学側の期待利益は不実施補償(=企業が自己実施した場合の売上に連動する対価)のみであり、この不実施補償は企業の意思決定に依存しています。つまり、企業がこの特許を自己実施する意思決定をしない限り大学は利益を得られません。このことから、大学がこの特許を持つことによる損益は企業に完全に委ねられることになります。
 一方で、企業はこの特許を持っているだけで利益を得ることが出来るといえます。大学とは異なり、防衛的価値を享受するからです。そしてこの防衛的価値は、半分は大学の財産である特許権から得ているものになります。であれば,その享受している防衛的価値の半分は大学に還元されるべきであり,これが独占の対価である、ということになるでしょう。
 少し蛇足になりますが、これまで企業が築いてきた参入障壁により仮にこの特許を非独占的な共有として扱ったとしても実質独占と変わらないという状況もあり得ます(他の利用特許を企業が有していることによって、この特許を第三者が実施することは不可能である場合など)。この場合は「実質独占とみなして独占の対価をもらう」とする大学があるようですが、これは暴論だと思います。上記の通り、独占の対価とは「この特許から得られる防衛的価値の配分」なのにも関わらず、「この特許以外から防衛的価値を得ている場合にもこの特許から防衛的価値を得ていると見做して価値を配分してもらう」とは無理があるだろうと。もちろん、これは「独占の対価とは防衛的価値の配分である」という前提の勝手な論に基づいているので、別の考え方があればぜひ教示頂きたいと思っています。

独占的共有の場合に権利化費用を企業に全額負担させる妥当性

 大学は原則、権利化費用は企業側が全額負担することを求めています。これも交渉の争点となる最も大きな点の一つです。受益者負担の原則から考えると、上記の独占の対価で大学も受益するのであれば、その分費用だって持つべきだと考えられ、これは一理あります。そこで、今度は経済合理性の考え方を当てはめると(少なくとも大学側としては)すっきりします。大学としても、対象の共有特許について黒字化しようとするのが経済合理的な行動ですが、上述の通り、売上に連動するこの特許からの期待利益は企業の意志決定に依存するため大学はそれをコントロール出来ません。であれば、コントロールできる期待利益は独占の対価のみであり、安定的にこの特許を黒字化させるためには、この独占の対価を求める他ないのです。そうなると、権利化費用<独占の対価となるように独占の対価を設定するようになるだけであり、企業からしても、それなら権利化費用を負担しようがしまいが変わらないということになるでしょう。
 もちろん、大学としても企業から配分される不実施補償への期待が高いのであれば、あえて独占一時金を求めないということも有りうるし,権利化費用を負担することだってあってもおかしくないと思います。即ち、この特許を黒字化出来るかどうかは企業の意思決定に依存するが、企業が真面目に製品化してくれることを信頼して一緒にリスクをとる、という選択です。

持分譲渡・買い取りという選択肢

 さて、上記のような形で独占的共有とする場合、企業としては権利化費用に加えて、この特許を持っているだけで独占の対価により大学への支払いが生じ、しかも売上に連動してRRを支払わなければなりません。ここで企業側には「であれば買い取ってしまいたい」という希望が現れます。実はこれ、大学としても企業としてもWin-Winなことが多いと思っています
 企業としては当然、今後自分たちの意志決定のみでこの特許の権利化を進めるなり権利を自体を処分出来た方がいい訳です(共有の場合は共有者である大学の意向が多かれ少なかれ入るし、問い合わせの手間も発生する)。また、当該特許を事業化する本気度が高ければ高いほどお得な選択肢になります。共有としておいて、将来売上に連動したRRを払うよりも、譲渡=先払いしてしまった方が支払総額を低額に抑えられるためです。これは、将来価値分を現在支払うならば当然価格は割引かれるという考え方で、財務分野でも一般的な考え方です。詳しくは下記の記事をご一読下さい。

 大学としても現実的には共同発明が実施されて大きな売り上げになるというのは殆どないのが実情で、であれば最初から買い取ってもらって早期にマネタイズ完了した方がいいとも考えられます。そのほとんどが死蔵して収入にならず、管理コストばかりかかっている反面、年間の発明の大半を占める共同発明を少額であってもマネタイズしていければ、それなりの収入になるはずです。
 例えば、2021年度の東京大学の共同発明の届出件数は343件である。仮にこの共同発明の半分が、合理性はさておきまかり通っている共有特許の持分譲渡の価格相場数十万円(仮に50万円としよう)で譲渡されるとすると、それだけで約8,500万円である。同大学の同年度知財関連収入が7.24億円だからその約12%分であり、それなりの大きな収入と言えるでしょう。しかも知財収入は年度毎に変動が大きいのに対し、共同発明数はそれほど変動しません。実際、同大学の2020年度の知財関連収入は約4億円であり、共同発明数は約300件であることが引用元のグラフから見て取れるますから、この場合は約19%分となります。(この例に挙げた数字の引用は[1])
 「将来化けるかもしれない発明を売ってしまうのはもったいない!」という意見や、官僚組織内でそうなった場合の責任を問われるのが怖いというのもごもっともながら、それを恐れて一銭にもなっていない現状にこそ危機感を持つべきです。


非独占的共有の1つめのパターン・合理的に各々の道を選ぶパターン

 将来どういう価値を持つか全くわからない特許に、今お金を支払いたくないという企業の意見もまっとうで、ましてや独占の対価として大学への支払いが生じるのであれば猶更です。そこで出てくるのが非独占的共有という選択肢です。まず非独占的共有の1つ目のパターンの条件を記事最下の表にまとめました。このパターンの要点は「企業は自己実施による利益を享受し、大学は第三者ライセンスによる利益を享受する。双方の期待利益は均衡しているため、コストである権利化費用は折半する」というものです。研究機関のNIMSはこの方針で特許収入を増やしたそうです[2][3]。
 このパターンには正負両面の見方があると思っています。まず正の見方をすると、企業としては自己実施して利益をあげる自信・この特許が非独占的であってもそれ以外の参入障壁を築いている/これから築くという自信があり、片や大学としては第三者にライセンスを成功させる自信があるため,自分の利益はお互い自分で確保しましょう、という前向きな捉え方です。負の見方は、企業としては大学がライセンスを成功させられるとは思っていない=実質独占できると思っていて、大学としても企業が事業化を成功させられるとは思っていないから第三者ライセンスの機会を持っておきたい、という後ろ向きなものです。

非独占的共有の2つめのパターン:双方消極的で特許出願自体が不合理.Lose-Loseの関係.

 非独占的共有の2つめのパターンの条件は記事最下の表の通りです。実際の現場ではこの条件でまとまっているケースが非常に多いです。しかし、よく考えるとその趣旨は理解に苦しむ部分が多いのです。即ち、「企業としては独占排他権は不要だけど、もし利益が出たらそれは大学にも配分する。大学は第三者ライセンスしようとトライしてみるけど、もしライセンス収入が生まれたらその収入は企業にも配分する。そして、何故かコスト(=権利化費用)は全て企業が負担する。」というものです。とても消極的といえます。自己実施をしたいという意志が強いならばなるべく不実施補償は支払いたくないはずだし、大学も第三者ライセンスをする自信があるならばそのライセンス収入は配分したくないはずです。つまるところ、企業は事業化の自信はないから大学が第三者ライセンスを成功させた場合はその利益にありつきたいし、大学は第三者ライセンスを成功させる自信はないから不実施補償の利益にありつきたい、ということでしょう。
 そして上記趣旨から考えると、双方が期待している利益は均衡しているように見えます。にもかかわらず、企業が権利化費用を全て負担することが容認されていることも疑問に拍車をかけます。
 このケース、突き詰めると双方ともこの発明をそれほど評価も期待もしていないということであり、合理的判断としては「出願しない」ということなのだろうと思っています。しかし、出願件数がKPI化していたり、目に見える成果として特許出願することが義務化されていたりすると、出願しない訳にもいかないという、最もどうしようもないケースかもしれないですね。

まとめ

 さて、散文化してしまった感は否めませんが、現場で共同発明の取り扱いを交渉を担当する者として、企業と大学双方が納得する落としどころを見つけるべくポイントを述べてみました。冒頭述べたとおり、少なくとも大学側の私と同じような立場の人と、現場目線でこの話題を議論出来たことがないというのが実情でして、是非とも皆様のお考えについてもご教示頂き、最適な答えを見つけていきたいなと思っています。


引用・参考

[1] 東京大学 知的財産報告書 2022
[2]金井昌宏(2021), 産学協同特許出願による大学発研究成果の死蔵化に関する調査研究
[3]共同研究契約におけるNIMSの知的財産ポリシー(https://www.nims.go.jp/collaboration/sangakudoku/collaboration.html
[4] 金井昌宏(2020),産学連携によるイノベーション実現に向けた共同研究契約の課題

 


各取り扱いでの条件


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