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技術移転機関の組織体制 -プロジェクト型組織はワークするか?-

はじめに

 今回は技術移転機関の組織体制についての私見です。兼ねてから、もっと効果的に技術移転を成就させるための組織体制って無いものかなあ、と思案していました。技術移転機関では、おおよそどこの機関においても担当者個人に比較的大きな裁量が与えられているようです。これは大変ありがたいことで、特に大学組織に並立している技術移転機関は、ともすると大学のお役所構造に取り込まれがちなため、割り切った組織運営はとても大事だと思っています(別にお役所構造が悪いとは言ってないですよ)。
 さて一方で最近「技術移転が成就する(製品化に至る)案件って、少なくともどこかのフェーズでは結局個人技では対応しきれない大型な案件がほとんどなんじゃないか?」と感じつつあります。
 そこでこの記事では、個人技で動くことが多い技術移転機関にとって、プロジェクト型で動いているプロフェッショナルファームで多く取り入れられている組織体系(この記事では「プロジェクト型組織」と呼びます)が適用できないか考えてみました。



現状の技術移転機関の組織体制と課題感

 現状、技術移転機関の組織体制は大きく2種類に分かれるようです。一つは研究者割りで人員を割り振り、発明発掘からライセンスまでの全業務を一人で行う体制。もう一つは、知財権利化・マーケティング・契約法務といった機能毎に担当を分け、研究者横断的に対応する体制です。

1. スキルのミスマッチ・機会損失問題

 技術移転業務には、専門的な技術的知識や業界知識、知財権利化、マーケティング・営業、バリュエーション・ライセンス交渉、契約法務といった比較的幅広いスキルが求められます。これら全てを高水準で有するスーパーゼネラリストが居ればいいのですが中々そうはいかず、技術移転担当者一人一人にも得意分野と苦手分野が出てきます。ここで、担当する案件よって求められるスキルは異なるのが通常で、案件毎に異なる必要スキルに応じて柔軟に担当者を割り振っていくのが本来効果的だと思われます。例えば、その案件(発明)の用途が特定の限定された業界に特化したものであって、その発明の生みの親である研究者がその道の専門家である場合、当該産業界との強い繋がりを有している場合が多く、この場合、幅広い企業から興味を惹くマーケティングスキルや、新規引き合いを取ってくるフットワークの軽い営業力の優先度は下がります。一方で、業界各社が有している特許群と比較して当該発明がどんな意味を持つのかを把握し、適切な権利化を行っていく知財権利化スキルはとても重要になるでしょう。また、対象業界が技術移転担当者自身の専門と大きく異なる場合も力を発揮しきれません。研究者割体制にしていると、とある案件で業界素人な自分が悪戦苦闘している中、同業界出身の別の技術移転担当者が別の案件を担当している、といったケースはよく見られます。
 このように、他に適切なスキルや業界経験を持っている技術移転担当者がいるにも関わらず、ミスマッチのまま進まないといけないとすると、それはとても大きな機会損失だと思います。


2. 担当者ガチャ問題

 研究者割体制では、研究者は基本的に全ての技術移転関連の話題を一人の技術移転担当者に委ねることになります。この場合、当然その研究者の技術移転成否は技術移転担当者の能力に大きな影響を受ける、いわば担当者ガチャ問題が発生します。研究者にとって技術移転は本業ではなく必ずしも知識豊富ではないため、最初に自分の担当になる技術移転担当者次第で、その後の技術移転に関するマインドセットや基本姿勢が大きく影響を受けることになるでしょう。技術移転機関からしても、技術移転担当者がいわば商品のようなものですから、こういったガチャ問題を発生させるのは品質問題ということになってしまいます。


3. 研究者ガチャ問題

 これは技術移転機関側の立場である私からは言うのがとてもはばかられるし、研究者に対してともて失礼な話ですがご容赦下さい。技術移転目線で動きが活発・ホットな先生と、そうでもない先生という特徴は間違いなく存在します(別に研究者が技術移転に活発でないことは悪ではありませんし)。これには、そもそもの研究者の知名度が影響したり、研究内容が基礎系よりも応用系の方が企業との連携機会は多いし、オンリーワン技術よりもナンバーワン技術の方が企業からの目には付きやすくなるといったように様々な要素があると思います。技術移転担当者側からの目線では、ホットでない研究者ばかりの担当となってしまった場合、成果を上げる機会や成長の機会を失ってしまうというのも、目を瞑るには大きな課題でしょう。



プロジェクト型組織を当てはめてみる

 研究者割体制と機能割体制の「イイとこどり」をできないかと思い、プロフェッショナルファーム、特にコンサルティングファームの組織体制を当てはめて考えてみたいと思います。個人的には、常々思っているのですがコンサルティングファームと技術移転機関は色々な面で似ており、中でもプロジェクト単位での働き方となっているという点は共通しています。
 この組織体制を当てはめると、案件は次のように運用されることになります。

■まず、案件が立ち上がった場合(多くの場合は発明届がトリガーになる)にその案件の担当をマネージャークラスから1名アサインする。
■マネージャークラスは当該案件の質に応じて求められるスキルをもったアソシエイトを必要人数分アサインする。
■アソシエイトは、適宜マネージャーからの指示に従って調査、営業、ライセンス契約などの個別業務をこなす。

 つまり、案件の主任者は必ずマネージャークラスになります。マネージャーのアサインについては、①研究者一人に対してマネージャーが一人つくパターンと、②発明(研究テーマ)ひとつに対してマネージャーが一人つくパターンの2パターンが考えられますが、研究者からしても技術移転に関するパートナーは一本化されていた方が便利であること、技術移転に限らず競争的資金獲得等その研究者の業務全体を見通しやすいこと、一人の研究者が扱う研究テーマが全く共通点のない別個の技術領域であることは考えにくく、あえて研究テーマ毎にマネージャーを分けるメリットが薄いこと、といった理由から、前者のパターンの方がよいと思われます。

プロジェクト型組織を適用するメリット

 この組織体系を適用することのメリットは様々考えられます。
①能力の高い技術移転担当者(=マネージャー)がすべての案件を担当するため、担当者ガチャ問題が起きにくい。

②各案件のフェーズや求められる専門性に応じてアソシエイトをアサインすることで、最適なチームを形成可能。
 何も、同じ研究者同じ案件だからといっていつも同じチームで臨む必要はありません。例えば案件獲得のアクイジション的なプロジェクトの場合は営業力の高いアソシエイトを重点的にアサインし、ライセンスや契約交渉に入った場合はバリュエーションや契約交渉のスキルの高いアソシエイトを追加アサインするなど、柔軟な対応が可能だと思います。

③アソシエイト自身の研鑽プレッシャーと能力開発に好影響。
 アソシエイトはマネージャーが持っている案件にアサインされるべく、自身の能力開発に十分に勤しむ必要が出てきます。能力開発をサボる人材はそのうち案件にアサインされなくなるためで、これがよいプレッシャーになるはずです。
 また私は、この仕事を続けていると高確率で「結局ワタシは何が出来る人なんだっけ?」問題に直面すると思っています。業務の性質上、知財権利化、営業、知財デューデリ・バリュエーション、契約法務と幅広く業務する反面、その個別機能を見れば他業界にプロがおり、専門性として胸を張れるスキルを作りにくいのです。この点、このようにアソシエイト自身が案件へのアサインを獲得する=仕事を取りに行くような力学が生まれれば、自身が本当に深堀りしたい・強みを発揮できるスキル領域を選択しやすくなるでしょう。アソシエイトとしては、よく言う話ですが、業界×スキル領域の2軸で専門性を蓄えていくと、技術移転機関として強固な人材プールが出来上がると思います(#製薬業界 × #バリュエーションはAさんだ!みたいな)。

④アソシエイト自身の目標・KPIとして稼働率という手触りのある数字を設定できる。
 これは別の記事でまとめたいと思っていますが、技術移転担当者の業務目標設定をどうするかという問題はとても難しいという状況があります。直感的にはプロフィットセンターたる技術移転機関の担当者のKPIは売り上げ・利益であるべきなのですが、技術移転の特質上、担当者の頑張りが売り上げ・利益にダイレクトに反映しにくいのです。これに対し、この組織体制でチームを組めれば、ひとまずアソシエイトとしては自分のリソースをフル活用できていること=どれだけ案件に携わることが出来たかという稼働率を目標としてとらえることが出来ます。
(*稼働率=プロジェクトに使用した時間 ÷ 全体業務時間)
 このように、現場レベルの担当者にとって手触り感のあるKPIがあるというのは、とても安心材料となります。また、ひとまずアソシエイトとして特定領域の強みを作り、全体感が見渡せるようになったらマネージャーに昇進していく、というキャリアラダーも見えやすくなるため、キャリアモチベーションの維持にも効果的かもしれません。


プロジェクト型組織を適用するデメリット

①マネージャーへの負荷集中
 全案件をマネージャーが主任するため、当然負荷は集中します。このため、マネージャーたりうる人材の数を速やかに確保する必要があります。

②カルチャーフィットしない問題
 えいやでプロジェクト型組織、具体的にはコンサルティングファームのモデルを当てはめてみたけれども、そもそも文化が違いすぎるという点はあると思います。この組織体系では、アソシエイトクラスは案件にアサインされるためにスキルや専門性を磨き、案件を持っているマネージャーから仕事を貰わないといけません。これは、「うかうかしてると仕事が無くなって出て行かないと行けなくなるよ、君が出て行っても変わりはいくらでも入ってくるからね」という土壌の下に成り立つ論理かもしれません。技術移転業界は残念ながらそれほど人材の流動性が高い業界ではなく、業界知名度も低いことからこの文化が根付きづらい面もあります。会社としては仮に案件獲得できない、又はしようとしないアソシエイトがいたとしても、簡単に「どうぞ辞めてください」という訳にもいかず、上述の力学も働かなくなっていきます。

③能力開発をちゃんとサポートできるか問題
技術移転業界では未だまとまったスキル標準のように可視化されたものが存在しませんし、共通認識化もされていません(少なくとも私はそう感じています)。そうすると、アソシエイトにスキル開発を奨励しようとしても、何を深堀ればいいのかわかりにくいのも事実だと思います。これは各々が考えればいいのですが、やはり業界としてスキル標準を可視化するのは必要な努力かもしれません。URAはスキル標準なるものが整備されたようですね。



まとめ

 今回は、技術移転機関の組織体制について私見を書いてみました。
 話を聞く限りはどの技術移転機関も、現状は一般企業と同じくツリー型の組織体制を基本としつつ、担当者にはそれなりに大きな裁量を与えて個人プレーも尊重する、といった運用のようです。これに対し、プロジェクト型組織を適用してみたらどうなるかな?と思い思索して記事にしてみました。実際に運用してみたら現場に則さずボロボロ、という可能性も大いにありますが、将来どこかの機関で実践してみたいなと思ったりしております。


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