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知的財産価格設定 -大学技術移転現場への適用-

はじめに

 記事の内容は全て、下のPDFと同じ内容です。PDF版の方が読みやすいかもしれません。
 また、本手法に基づいて、パラメータを記入していくだけで知財価格算定が完了するエクセルシートを作成しています(最下部、付録ご参照下さい)。ご興味の方には提供可能ですので、お問い合わせください。


序文

 本レポートは、大学から生まれた知的財産権の売買やライセンスを行う大学技術移転業務に従事する者が適切な取引価格の設定を行えるよう、実践的な知財価格設定手法をまとめたものである。本レポートは、新たな方法を提案するものではなく、広く世の中に発表され、あるいは用いられている手法や情報を組み合わせて体系化したものである。特に、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社及び特許庁が公表しているそれぞれの知的財産価値評価の手法[1][8]を大いに参考にし、それを大学技術移転の現場に適用調整したものである。なお、実践的であることを強く指向しており、学術論文的な目的で作成しているものではないことをお断りしておく。
 本レポートの内容は、既に大学技術移転現場での使用に耐えうるものであると自負しているが、各部分にはまだまだ改善の余地があること、また、今後出てくる新たな理論、現場の課題や知見に応じてアップデートされるべきものであることも注記しておく。



概念・全体像

 初めに、本レポートで説明する方法の全体像を紹介する。 本レポートで紹介する手法は、インカムアプローチのうち、ロイヤルティ免除法及び利益 分割法に関するものである。知財の価格設定には、コストアプローチ、マーケットアプロー チ、インカムアプローチという 3 つの大分類が存在する。さらにインカムアプローチは①ロ イヤリティ免除法、②超過収益法、及び③利益分割法に分けられる。大学技術移転現場では、 コストアプローチ及び利益分割法がよく用いられており、事業評価のシーンではロイヤル ティ免除法が用いられることが多い[1]。コストアプローチについては例えば知財費用や研究 に要した費用を積算すればよく、特段の検討を要しないため、本レポートはインカムアプロ ーチのうち、ロイヤルティ免除法及び利益分割法を対象とすることとした。
 本手法は、まず大きく 3 ステップに分けられる。即ち、STEP1:将来キャッシュフロー の設定、STEP2:知財貢献分の算定、STEP3:会計的計算処理である。概念的には下図の 通りである。

Source : 著者作成



詳細ステップとパラメータの設定

 本章では、具体的な算出方法を、各パラメータの設定方法を追って説明する。なお、本レポートの最後の付録に各パラメータの説明を一覧化している。

STEP 1-1:対称製品セグメントの将来キャッシュフローを算出する

【パラメータ:対象製品の市場規模、CAGR】
 市販のマーケットレポートを用いるもよし、各種推定法を用いて設定するのもよい。大 学技術移転現場では、本手法を用いて算出した結果は価格交渉の材料として用いることを 想定しているため、特に算出の入り口となる本項目は、出来る限り客観性を高めておくこ とが重要である。
 ここで、対象製品自体については、特段問題なく特定が可能であろう。
 次に、対象製品のうちどのセグメントで用いられるかを特定・設定する必要がある。知 財全体を売買する場合、その知財が使用されうるすべての対象製品を考えればよいが、大 学技術移転の現場では、評価対象の知財がある特定の製品セグメントにしか用いられない 場合や、セグメントを限定したライセンスを行うといったケースが多くある。これらの場 合は、ターゲットとなる製品セグメントのみの将来キャッシュフローを用いる必要があ る。この場合のセグメント分けの切り口としては、①製品の使用目的によるセグメンテー ション、②製品の技術分類によるセグメンテーションが考えられる。例えば、高可読性の 情報提示デバイスに関する知財が検討対象の場合、前者のセグメンテーションでは「自動 車内装用途」、後者では「有機 EL を用いるもの」といった具合である。各製品セグメント の将来キャッシュフローがどのようになっているかまで細かく調査されているマーケット レポートが見つかればよいが、大抵は構成比の推定に留まっているため、仮説的に推定す る必要がある。対象知財の発明者との議論で、より説得力のある値を見つけていくことが 好ましい。


STEP 1-2:取引先企業の市場シェアを設定する

【パラメータ:取引先企業の市場シェア】
 対象知財の取引先となる企業の市場シェアを設定する。概念としては、対象知財を全部 譲渡したり、独占実施させる場合には取引先企業の市場シェアを考慮する必要はない。し かし、対象製品全体から算出した値を用いる場合、取引先企業にとって手が出せない価格 となることが多い。このため、「本来的には、独占的権利の付与にあたっては市場全体から 算出した価格をベースとしたいが、最低限、シェアに基づいた価格はお支払い下さい」と いったスタンスで、取引先企業のシェアを考慮した価格設定となることが多いのが現場事 情である。ここで、ライセンス契約であれば売り上げに連動した Running Royalty の設定 を行うことが多く、この場合であれば仮に取引先企業の売上が予測シェアよりも伸びた場合、さらには対象知財のおかげで市場を席捲・独占できたという場合は、そのリターンを得ることが出来る。この姿勢はつまるところ、大学としても取引先企業と一緒に変動リスクを請け負うという姿勢であり、好ましいとも言える。またこのことも、知財を一括で売り切るよりもライセンスの方が、ライセンサー側としては好ましいと言える理由である。


STEP 2-1:将来キャッシュフローのうち対象知財の貢献分を算出する

【パラメータ:対象知財の製品適用率、対象知財の利用知財内寄与率、ロイヤルティ料 率、利益率】
 まず、対象知財の製品適用率を設定する。対象知財が、対象製品セグメントの全てに使用されるとは限らない。販売企業は、同一製品セグメントに複数の製品ラインナップを設ける可能性があるためである。言い換えると、対象製品セグメントが、対象知財が用いら れ得る製品セグメントであるのに対し、対象知財の製品適用率は、対象製品セグメントの 全ラインナップのうち、何%の製品ラインナップに使用されるか、という値である。例を 挙げると、自動車 HEV に適用可能な知財で、コスト的に特定高級車種への適用が決定さ れている/想定されているという場合、「HEV 車」が製品セグメントであり、「HEV 車のう ち特定高級車種の割合」が対象知財の製品適用率である。実務的には、市場全体または対 象企業のこれまでの製品ラインナップ展開の傾向や、製品特性から想定される仮説的値を 用いることになる。
 次に、対象知財の利用知財内寄与率を設定する。この値は、対象製品に複数の知財が用 いられている場合に、対象知財の貢献割合がどの程度かというものである。当然、絶対的 な値は存在しないが、用いられる予定の知財を特定したうえで、最もその技術に精通しているであろう発明者に仮説を求めるのがよい。

ロイヤルティ免除法の場合
 ロイヤルティ料率を設定する。この値については各技術移転機関でも過去実績が多いた め、前例を参照することでさほど設定には困らないはずである。少々古いものではある が、経済産業省及び(株)帝国データバンクがそれぞれロイヤルティ料率の相場をまとめた レポート・書籍を発行している[2][3]ため、これらも参考にすることが出来る。

利益分割法の場合
 利益率を設定する。対象とする業界での平均的な営業利益率を用いるか、取引先企業の 営業利益率を用いる。情報源としては、業界動向サーチ[4]、会社四季報業界地図[5]、日経 業界地図[6]や各社の IR 情報をあたるとよい。


STEP 3-1:陳腐化率を設定する

【パラメータ:陳腐化率】
 知財の価値は、時間経過に伴い、研究開発の進展などにより技術が新しいものへ置き換 わることが想定され、基準時点で保有する知財は陳腐化し、事業に対する影響は漸減して いくと考えられる[1]。この値は製品ライフサイクル、知財満了期間等から設定することが 考えられるが、大学から企業へ技術移転を行う場合は、その営業活動や生産技術の向上部 分は基本的に全て企業が担うことになるため、こうした部分の成熟による陳腐化率も一層 考慮すべきであると考えられる。具体的には、最も簡単なのは知財の権利満了により知財 の貢献分は0となるため、検討時点から知財の権利満了年まで一定の割合で陳腐化すると する設定である(特許出願時が検討時の場合、陳腐化率は 100%÷20 年=5%/年となる)。 対して、知財の権利満了を待たずして製品ライフサイクルが尽きる場合、それよりも大き な陳腐化率を設定すべきである。また、標準知財においては、知財の貢献割合はある一定 を下回らないとする、ロイヤルティスタッキングの考え方も存在する[7]。


STEP 3-2:割引率を設定する

【パラメータ:割引率、割引期間】
 割引率とは、将来価値を現在価値に割り引くための係数である。事業価値評価の分野で 詳しいため、詳細の説明は省略する。ここで問題となるのは、具体的にどの程度の値を用 いるかという点である。事業価値評価においては、ある程度事業として仕上がっている事 業が価格算出の対象となるのに対し、大学の知財は幾分アーリーであることが多いため、 通常事業価値評価で用いられている値をそのまま適用することは適切ではない。参考とな るものとして、まず、特許庁からアーリーステージの知財価値評価に用いる割引率が参考 として記載されている[8][9]。また、大手コンサルティング会社の PwC は、スタートアップ 企業に用いられる割引率をまとめている[10]。これは知財ではなく事業価値評価に対するも のだが、大学の知財はフェーズとしてはスタートアップ事業に近しく、大いに参考になる ものと考えられる。

Source : [8] 知的財産の価値評価について 特許庁, (一社)発明協会アジア太平洋工業所有権センター, 2017
Source : [10] PwC Deals insights: How to value a start-up busines


STEP 3-3:節税効果価値を加算する

【パラメータ:実効税率、償却率】
この点は事業価値評価等で用いられる会計分野の通常手法であるため、説明を割愛する。



参照・引用

[1]    知的財産の経済的価値評価 内閣府知的財産戦略推進室事務局 知財のビジネス価値評価検討TF, 小林誠, 2018年1月17日
[2]    知的財産の価値評価を踏まえた知財等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~, 平成 21 年度 知財庁産業財産権制度問題調査研究報告書, (株)帝国データバンク
[3]    ロイヤルティ料率データハンドブック (現代産業選書―知的財産実務シリーズ), 経済産業省知的財産政策室(編), 2010年8月25日
[4]    業界動向サーチ(https://gyokai-search.com/
[5]    会社四季報業界地図 2024年版, 東洋経済新報社, 2023年8月23日
[6]    日経業界地図 2024年版, 日本経済新聞社, 2023年8月23日
[7]    標準必須知財のライセンス交渉に関する手引き 第2版, 知財庁, 令和4年6月
[8]    知的財産の価値評価について 特許庁, (一社)発明協会アジア太平洋工業所有権センター, 2017
[9]    Razgaitis, R. (1999) “Early-Stage Technologies: Valuation and Pricing” 邦訳「アーリーステージ知財の価値評価と 価格設定」菊池・石井監訳 P. 175
[10] PwC Deals insights: How to value a start-up business(PwC Deals insights: How to value a start-up business)
[11] ロイヤリティ免除法, Valuationz(https://valuationz.jp/ppa/mukei-val/mukei-royalty/royalty-gaiyo/



付録:Valuation Sheetサンプル

*主要全パラメータに0を入力しています。
*シート意匠は[11]ロイヤリティ免除法, Valuationzを大いに参考にさせて頂きました。


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