「みながみなそっぽを向いている。私たちの本当の姿から目をそらすように。その内側に眠る本当の姿を隠すように。
みなが持つその共通の起源から目を逸らしている。それを守るようにみながそっぽを向いている。」
真っ白な部屋の中でふと声がこぼれ落ちた。言葉は水の中で墨汁が広がるようにじわじわと部屋を包む。
墨汁に染まることを恐れるものがいた。彼はその声に答える。
「我々の中心には何があるのか?」
言葉を零した──真っ黒な服に身を包んだ男が問いに答える。
「朽ちた切り株だ。我々は蘖なのだ。だから誰もがそっぽを向いている。」
そのこじつけは冒涜的であった。問いを発した男が問い詰める。
「しかしそれはつまり神が打ち倒されていることを意味するのではないか?
我々が求めるべきものはとうに空白になってしまった。」
その発言には男の諦念が含まれていた。真っ白な部屋はがらんどうで諦念がよく反響する。
「まるでドーナツの穴ようだな」
黒い服の男が嘲笑的に返す。
「軽薄な例えだ」
問いを発した男は憤慨を表現した。部屋の中に赤い夕陽が光を投げかける。
「我々はそこに何も存在しないからこそそこにあるべきものを見出しているのだろう。穴のあいていないドーナツがドーナツでは無いように、切り株のない蘖はありえない。そしてそれは神なくして我々が存在しえないということをも意味するのだ」
黒い服の男は彼なりの仕方で神を称揚した。東の空で月が白く染まる。
「左様。故に我々は我々の姿から神を見出すことが出来るのだ。」
どこからともなく白い祭服に多くのアクセサリーをぶら下げた男が現れた。
「猊下」
2人はその男に膝をついた。どこからともなく荘厳な音色が響く。顔を伏せながら、問いを発した男は聞く。
「それでも、それは我々の存在が神の朽ちた死骸の上にたっていることを意味してしまうのでは無いですか?」
祭服の男は少しの間を開けてから答える。
「そうとも言えるのかもしれない。そしてそれこそが我々の原罪であろう」
原罪。神を殺した上に立っているという事実はそのがらんどうの白い部屋の中では少々重すぎる事実であった。
黒い服の男はその重さに耐えるために吐き出す。
「死骸の上に立つ我々は今日も明日を生きていく」
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