雪上の虹

 世界の複雑な現実性は引き出しの中で僕が見ていない間に展開される玩具達の物語のようなものである。放射能を浴びた雪を飲み込んだら喉が灼けるようで、吐いた胃酸が明日の虹となる。
 さて、「今日がやってくるということがまだよく分からないのですが.......」と言って、外套を羽織った黒い顔をした男が、玄関をノックしてきたあの冬の夜は、街の向こうでイルミネーションが輝いていた事もあって、すっかり恐怖する事態であったが、何故か僕は彼を招き入れてココアなんかを振舞ってみた。それでよくよく話を聞いてみると、彼の話は随分と面白く、曰く現実というのはひとつではないと言う。
 気がついたら僕はすっかりストーブの前で眠りこけていたのだが、彼のいたところにはただ濡れた跡だけがあった。僕は全く慌てることは無かったが、念の為に家の中から無くなったものがないかを確認したが、僕が彼に振舞った三杯のココアを除くと消えたものは無かった。それによく見回してみると家の鍵も窓の鍵も閉まったままで、あぁあの男はすっかり溶けて消えてしまったのだなと理解すると、洗面所からバスタオルを取り出して、彼の亡骸を拭いていた。
 そういえば結局彼の元に「今日」という日はやって来なかったななどということを思っていると、また玄関をノックする音が聞こえて、今度は高校時代から付き合いのある友人であった。彼に誘われて街に出ることになったが、外は雪に覆われていて、全く普段の街の様子とは異なる。イルミネーションはもう消灯していたが、夜になればまた輝き出すことだろう。
 友人に昨晩の話をしようと考えていたが、友人の方が話をする質で、その話というのも共通の友人に恋人が出来たであるとか、だれそれがどこそこに就職しただとか、大学の単位が取れそうに無いだとか、正直どうでも良い世間話ばかりを聞かされて、こちらが話す機会のないままに家に戻ってきてしまった。
 しかし友人とチキンとケーキとピザとワインを囲んで夜を過ごす中でその話をする機会が出来た。とはいえ、その時にはもうお互いベロンベロンに酔っ払ってしまっていたから、まぁそういうことも良くあるよな、なんておかしな結論を出しながら、二人で雪の上に胃酸で虹を作った。
 翌朝になるともう街からイルミネーションは消えて、門松があちこちに立つと、僕らは二人でもういくつ寝るとお正月などと歌いながら、海に向かって列車に飛び乗った。

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