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夜景

 空虚の中から溢れ出して来るものがあるとするなら、それはどのようなものだろうか?
 ある人が呟いたその言葉は、すっかり世界を一回り以上はしてから、ようやく僕の耳に届いたのだと思う。常に泡は虹色の膜の中に空虚を湛えているのだということに気がついた時には、もう誰もシャボン玉のことを覚えていなかった。
 夕方の空を覚えていたならば、きっと僕らはもう少し違う出会い方が出来たのだろう。でも君は、早く早くとネオンの中に消えていった。人混みの多い交差点に取り残された僕は、ただ絶え間なく押し寄せる人々の波に揉まれながら、気がついたら吸殻とゲロに舗装された暗い街の外れに打ち捨てられた。
 何故そこに懐かしい感じを覚えるのかが分からなかった。ただきっとどこかの雑居ビルの地下にマンモスが居るのではないかと、そんな妄想が脳裏を掠めた。しかし今更どこかのビルに入る勇気などなく、ましてや用事もない雑居ビルに入るのはあまりにも恐ろしいことだ。それが居るかもしれないマンモスを探すためなどと馬鹿なことを言えば、きっとすぐさま住居侵入罪で塀の中だ。空を見上げてもぼんやりとした雲が見えるだけで、全く夜なのに雲が見えるなど、と都会の明るさを感じながらも、とにかくその暗闇から抜け出すことを僕は求めていたのだろう。なんでそこに蛇の抜け殻があったことを覚えているのかは分からない。
 街のざわめきはこんな闇の中にも確かに聞こえるが、それよりも換気扇の音の方が随分うるさい。ガーガー回っているのはなんという名前なのかを、きっとあの人なら知っていたのかもしれない。どれほど歩いたのかは分からないが、そんなに時間が経っていないことは分かった。気がつけば、再び煌々とした電飾に覆われた眩しすぎる街の中に出てきた。至る所でアルコールの匂いが充満していて、その空気を吸うだけで僕は酩酊する。やがて幻覚はもう存在しないはずのあの人の影を作り出すし、気がつけば僕はその影を追っていた。
 
 待ち合わせの交差点。君は少し遅れていた。青になった信号と、飛び出す君。そして……
 
 もはやこの回想にこの先の展開はいらない。それはあまりにも出来すぎた物語だった。しかし自分が実際生きているこの現実で、自分の身にそれが降り掛かってきた時、そこに物語のようなカタルシスはない。ただただあるのは罪悪感と、どうしようもない虚しさだけだ。
 空虚の中から溢れ出して来るものがあるとするなら、それはどのようなものだろうか?
 何も無いと僕は答えるだろう。しかし君は、僕の前でそう言いながらシャボン玉を吹くのだ。今では僕は煙を吐いて、酒に溺れて、夜の街をあてもなく彷っている。あの頃の僕らを覆っていたシャボン玉の泡のようなものも、すっかり弾けてなくなって、空虚は空虚として放り出された。無個性な自らの人生をせめてマシにするために、人生のプロトタイプがこんなにも提示されているのだと知った。僕は、僕だけはすっかり大人になってしまった。
 幽霊を追って坂を登って行った先には、いつか約束した劇場があった。今ではもうつまらない映画だけが、古い9.5ミリのフィルムで廻っている。

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Rize Faustus/四季杜リゼ
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