平野の西端

 閑古鳥鳴くターミナル。典型的な二面三線の駅の線路配置は美しいものだった。
 平地のど真ん中から来ると左手に迫る山はやはり少々の圧迫感をもたらす。ただ赤々と萌える紅葉の彩りが久しぶりに彼の瞳に明かりを添える。男の乗ろうと思っていた二両編成のディーゼルカーがやってくる。車内は2-1列のボックスシートが並ぶ。ディーゼルエンジンの駆動音と独特な揺れは慣れ親しんだいつもの電車とは随分異なるものであった。
 「小旅行にしては趣きがずいぶん格調高いものになった。」
 男は一人満足げに窓の外をにらむ。どこにでも人の生活がある。知らない町々を結ぶ初めて乗る列車の車窓からでもそれを窺い知ることが出来た。
 知らない景色。そう男が長らく望んでいたものは正しくそれだったのだ。男はようやくそのことに気がついた。
 「そうか、僕が見たかったものはこれだったのだな。」
 否、男はおそらく朝のうちにはそのことに気がついていたのだ。彼は今朝、かつて今のように知らない景色であった印象深い土地へ歩いて向かおうと考えていた。しかしどこかでそこに行っても得たいものは得られないのだろうと訝しんでいたのだ。そしてふと交差点を渡るのではなく曲がってみたら駅に辿り着いた。僅かな金が彼をこの旅路へといざなった。そうして今本当に望んでいた何かがなんであったのかを確信したのだった。
 男は今年初めてそれを見たように思った。綺麗に色付いた木々を彼は瞳に反射させていた。その瞳のなんと輝いていることか!それはその男の瞳にここ数ヶ月あまり失われていたものだった。
 彼の耳は列車の走りと共に聞こえる子気味良いジョイント音も捉えていた。車内の香りや空を流れる雲も。彼が感じた全ての感覚は統合され、そこには喜びと美しさがあった。
 自然だけではない。時々見える建築物の数々も街とは違う格式を有していた。それがまた自然とよく調和されているのだ。
 列車は北へ北へと進む。列車の行き着く先には旧い友人が居るはずだ。その友人と会うのは約一年ぶりである。つい二週間程前に久しぶりに連絡を交わしたのだった。
 気がつくと次の駅はその旧友の故郷であった。話は多少その彼から聞いてはいたが、実際目にするのは初めてである。男は窓の外をギュッとにらみつける。
 その駅では多くの学生が降りていった。聞いていた話よりは家が多い。しかしやはり山は本当にすぐそばまで迫っていた。
 川を渡り列車は県境を越える。さらに北へと進むと新幹線の高架をくぐり抜ける。終着が近づいていることが告げられる。
 徐々に徐々に建物が増え、格式が失われ、自然は征服されたものになっていく。男は元来そういったものを評価し肯定していたが、今回ばかりは少し寂しそうな表情を見せた。それは旅の終わりが近いからなのか、旧友を想ってなのか、自然を想ってなのか……。
 列車は都会の喧騒の中で終着を告げた。

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Rize Faustus/四季杜リゼ
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