NFL でのスポーツ事故と心肺蘇生法の重要性 - Damar Hamlin の 274日 -
NFL とは アメリカのプロフットボールリーグで、日本ではアメフトと呼ばれるスポーツを行っています。アメフトも NFL も日本ではまだまだマイナーですが、僕は18歳の頃にたまたま見た NHK BS の放送がきっかけで NFL 観戦にハマってしまい、かれこれ20年も見続けています。
さて、下の Tweet はそんな NFL で活躍する 若干25歳の選手の会見です。この会見があった4月は NFL ではオフシーズンで、9月から始まるレギュラーシーズンまではまだ時間のあるタイミングとなります。
23歳で University of Pittsburgh を出て NFL の Buffalo Bills というチームに入った Damar Hamlin というこの選手は、まだ NFL 3年目です。なぜこんなにも深刻な話をしているのでしょうか?
この投稿では、Damar Hamlin に起こった試合中の事故と、そこから彼がどのように復活したのか、私たちには何ができるのか、について日本語で書き残しておこうと思います。NFL は日本ではマイナーなので、なかなか情報が広められていないですが、心肺蘇生法の重要性について深く関心を得られる物語だと僕は思っているので、自分の記憶や感情が消えてしまわないうちに、こちらにしたためておきたいと思います。
免責事項ですが、僕は医療従事者ではありません。正確な情報は常にご自身の手でご確認されるようにしてください。
カバー画像: Photo by Martin Splitt on Unsplash
全米放送中の試合で起こった事故
2023年1月2日月曜日の夜、全米にテレビ放映される NFL の試合中に、Damar Hamlin は相手選手との衝突によって cardiac arrest (心停止)になりその場に倒れこみました。衝突自体は特に悪質なものではなくアメフトではよくあるものでしたが、(前出の会見で後に語られたように) "commotio cordis" (心臓震盪) という、心拍中のある特定のタイミングで衝撃が加わった際に心停止を引き起こしてしまうという事象が運悪く起こってしまいました。
明らかに異常な倒れ方をしたため、サイドライン (アメフトが行われているフィールドのすぐ横)に常に控えているメディカルスタッフ達が即座に走って駆け付け、すぐに cardiopulmonary resuscitation - CPR (心肺蘇生法) を開始しました。
この時の映像自体は探せば見つかるとは思いますが、それを見ること自体は僕はしなくてよいと思っているので貼りません。人によっては心的トラウマを受けてしまうかもしれません。その代わりに、Damar のチームメイトである Buffalo Bills のメンバーが、この事故の後に彼に対して祈りをささげる姿を貼ります。以下の Tweet はRGIII (元NFL選手のアナリスト) が、みんなが悲劇的な場面を繰り返し共有するのをやめて、祈りをささげることを主張しています。僕はこれが正しい振る舞いだと感じました。
僕自身はこの試合はライブでは見ていなかったのですが、Twitter で事故を知り、まさに RGIII が言う様にひたすらに祈りました。この夜、NFL を愛する人たちは皆同じ気持ちであったと僕は信じています。
フィールドに到着した救急車によって、Damar は試合が開催されていた Cincinnati にある University of Cincinnati に運ばれていきました。
ない、この試合はその後再開はせず、翌日には完全にキャンセルとする(再試合もしない)判断がなされました。
事故からの回復 - 1日後
Buffalo Bills からの翌朝のアップデートはこちらです。
事故からの回復 - 2日後
さらにその次の日のアップデートです。
この数日は本当に本当に心配で、気が気ではありませんでした。ただ、この後にも出てきますが、"first responders" (最初の対応者達) の行動が迅速かつプロフェッショナルなものだったことが称賛されています。こちらはBuffalo Bills の対戦相手だった Cincinnati Bengals の ヘッドコーチの会見です。
事故からの回復 - 3日後
そして、3日後の朝にはこんなアップデートがありました。
この "neurologically intact" がとても重要です。心停止の最中は酸素が脳に送られません。そのため、神経系を支える重要な要素が酸欠になり機能を失ってしまう恐れが高いです。Buffalo Bills のスタッフが即座に CPR を開始したことで、この非常に危険な時間を最小化することができたがゆえに、Damar の神経系は無傷で済んだ可能性が非常に高いです。参考までに、CPR の開始時間と救命率の関係を示したグラフを貼っておきます。
時系列は前後しますが、数日後の試合ではBuffalo Bills のメディカル・トレーニングスタッフが試合前にファンたちからも称賛されています。
医師達からの会見 - "君が勝ったんだよ"
そして同日、Univercity of Cincinnati の医師から 50分に渡る会見が開かれました。
これをすべて書き起こして翻訳するだけの能力は僕にはないのですが、会見の中でも何度も初期対応の CPR が迅速であったことがこの奇跡的な回復につながっていることが繰り返し述べられています。英語の聞き取りのできる方は、動画をすべてご覧になることをおすすめします。
そして、この会見の中で Damar が意識を取り戻しており、筆談で以下のような会話がなされたことが紹介されました。(筆談なのは、まだ呼吸のための管が喉に入っているため発話はできないから)
Damar は試合中に倒れ3日意識がなかったため、起きて早々に知りたかったことはそのゲームの結果でした。それに対する医師たちの答えは、機知に富んだ、でもまさにその通りというもので、これを聞いた時には泣きました。
個人的には、この段階でかなり安心できました。意識が戻ったこと、神経系に異常がないこと、そして起きてすぐに試合の結果を気にする性。タイムリーにアップデートを続けてくれた Buffalo Bills および University of Cincinnati の人達には本当に感謝です。
事故からの回復 - 4日後
さらに翌日には、呼吸のための管も取れ、会話も可能になったとアップデートがありました。
チームメイトやコーチとも FaceTime することができたそうです。
この写真にある Damar のハートを手でつくるポーズは、彼が事故の前からずっとやっていたものでもあり、ハートが彼を表現するものとなりました。
事故からの回復 - 5日後
University of Cincinnati の医師達から2度目の会見がありました。
この前日には Buffalo Bills の試合があり、Damar は ICU から試合の放送を見たそうです。以下の Tweet では省略されていますが、キックオフリターンタッチダウン (あまり頻繁には起こらないレアプレーでの得点) を見て興奮して飛び上がったせいで、椅子から落ちて ICU でつけているモニタリング装置が外れまくってアラームが鳴ったというオチまでついています。
なお、この会見での最大のアップデートはこちらです。Damar は ICU を出て、チームのある Buffalo (の病院)に戻ることができました。
事故からの回復 - 6日以降
その後、Buffalo の病院からも数日で無事に退院でき、家に戻ることができました。
スタジアムで試合を見ることもできました。
Damar はみんなへの感謝の気持ちを忘れずにずっと伝え続けています。
NFL Honors という当該シーズンで活躍した選手を称える式典では、"Team Damar" - Bills と Bengals の医療・トレーニングスタッフと University of Cincinnati Medical Center のスタッフ達とともに、ステージにもあがりました。
事故からの回復 - 274日後
ここまでくると、冒頭の宣言の重みが伝わってきます。あれだけの瀕死の状態から、アスリートがひしめく NFL の舞台に再度戻ってくることがどれだけ大変なことか。それでも、Damar は戻ると決意して練習を続け、ついに先日、NFL のレギュラーシーズンの試合に戻ることができました。
私たちにできること
Damar はこの事故以来、積極的に使命をもって、CRP および AED のトレーニングを広めようとしています。
これこそが、私たち1人1人にできることです。心停止はいつどこで起こるかはわかりません。そしてその時に命を救うためには、なるべく速く CPR や AED での処置を開始することが重要です。
もちろん Damar だけではなく、みんなそれがわかっているので、現在ではたくさんの情報が作られ、講習も各地で開かれています。あとは、私たち1人1人がそれを吸収して、いざという時にそばにいる誰かが処置をできるようになることが大事なのです。そばにいる誰かがあなたである可能性があるのです。
おわりに
ここまでお読みいただきありがとうございました。
もしあなたが医療従事者で、より正しい情報や詳細な情報などをお持ちでしたら、ぜひこの記事に反映させて頂きたいのでご連絡を頂ければ幸いです。
Twitter: https://twitter.com/riywo
参考資料
心臓震盪とは http://www.hcc.keio.ac.jp/ja/research/assets/files/35-1_1.pdf
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