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『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア 感想

こんにちは。RIYOです。
今回の作品はこちらです。

かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意志的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく……。シェイクスピア四大悲劇中でも最も密度の高い凝集力をもつ作品である。
紹介文より

デンマーク王子として「自身はどうあるべきなのか」と悩み続けるハムレットと比較すると、マクベスの小心性は顕著に見られます。大きな性格、性質の違いとしては、「宿命」に生きた前者は生まれ落ちたその日から抱える王者の資質、責任、立場を常に纏いながら考えて行動します。育つ環境が齎した「王の器」が一個人の欲や野心を小さなものとして抑えつけ、「こうあるべき」とする行動理念を持ち続けます。これに対して後者は、手に届きそうになった憧れの立場を魔の預言によって奮い立たせ、人道に反する手段で手に入れます。環境が受け入れてもなおマクベスは罪悪感、背徳感により心を恐怖と悩みで溢れさせ、一向にスコットランド王としての生き方を果たしません。これは白痴であるというだけではなく、「王の器」を持ち合わせていないことから「こうあるべき」の理念が生まれず、自己の心と身体を守ることが中心の思考となっています。
しかし、マクベスは本質的に悪徳を備えていたわけではありません。冒頭に描写される彼の戦における勇猛な働きぶりは、生命を心の前に差し出して恐れを抱かず薙ぎ倒し続ける勇者の如きです。本質的に悪の素質を持ち合わせていないからこそ、悪の所業を成したがために心は苦しみに侵され、「悪の器」を持たない彼は心を病み、自滅していきます。

マクベスが魔女の預言により擡げた野心は、マクベスの妻にも飛び火します。本作の執筆時期は1606年ごろですが、題材となり実在したマクベス王が統べていたのは1040年ごろです。女性の権利は現代のように尊重されてはおらず、夫を支える良き妻として振る舞うことを求められていました。勿論、作中でも誤った支え方とは言え、マクベスを王とさせんとする妻としての熱量はとても激しく描かれています。愛するが故に人道を踏みはずす、と解釈することもでき、そのような研究も盛んになされていますが、底部にはより深い欲が潜んでいます。
ジョン・シンガー・サージェントが描いた「マクベス夫人に扮するエレン・テリー」では顕著にその欲が表れています。女性の立場では何をどのように成しても得ることが出来なかった「王の座」に、マクベス夫人は強く憧れていたと考えられます。ダンカン王の滞在をマクベス以上に千載一遇の好機と受け止め、怯むマクベスに鞭打ち、挑発し、囃し立て、殺戮へと至らせます。主犯とも言える彼女の言動は、当然の如く罪悪感と背徳感が襲い掛かり、「王の器」を持たぬ彼女も精神を壊されて自滅します。

ジョン・シンガー・サージェント
「マクベス夫人に扮するエレン・テリー」

啓示的に物語を動かし始める怪奇的な存在も『ハムレット』と『マクベス』は対比的です。先代の王の亡霊に「復讐心」を与えられて「どうあるべきか」と悩むハムレットと、魔女たちの預言により「野心」を目覚めさせられて「それを成したい」と心に抱くマクベスは、「善」に悩む前者と「悪」に囚われる後者とに置き換えることができます。
「どうするべきか」を突き詰めようとするハムレットは、己の「宿命」を明確に意識して行動しようと試みます。いま存在している自己(現自己)を、あるべきようにありたい自己(本自己)へと昇華させようとする激しい情熱を持ち合わせています。これに対してマクベスは「宿命」そのものを追い求めています。自分は何者であるのか、何を成すことができるのか、人生に科せられたものは何か、それを明確に捉えることができずに生きています。そこに三人の魔女による預言を聞かされて、それが「自身の宿命」であると受け止めます。だからこそ、王を弑逆する行為に対して義務的な台詞が飛び出します。

やってしまって、それで事が済むものなら、早くやってしまったほうがよい。

王位を強奪したマクベスには安穏は訪れません。猜疑心、背徳感、恐怖心、幻影、そしていつまでも安息の訪れない環境に苛立ちを募らせます。離れていく仲間の一人であるスコットランド貴族マクダフは、暴政に変革を与えるために謀反を企てます。家族をも顧みずに国を憂い、イングランドへ逃亡したダンカンの子マルコムの元へ、命懸けで救いを求めます。一万の兵を率いてマクベスの立て籠る城へと突き進み、遂にはマクベスとマクダフの一騎討ちへと展開します。

まだ死ぬのではないぞ、一太刀あびせぬうちに死なれては、死んだ妻子の亡霊に生涯つきまとわれようぞ。天にたのむぞ、あいつに会わせてくれ!それだけだ、俺の願いは

妻や城、臣下や仲間、何もかも全てを失ったマクベスは、追い詰められたこの一騎討ちにおいて、最後の盾さえも自ら捨ててしまいます。そして遂に彼が持つ本来の勇猛さを取り戻します。

さあ、これが最後の運試しだ。このとおり頼みの楯も投げすてる、打ってこい、マクダフ、途中で「待て」と弱音を吐いたら地獄落ちだぞ

劇中の当時においては下剋上自体は然程に珍しいことではなく、特別な悪行として槍玉に挙げられることはありませんでした。しかし、そのような者が統べる国は総じて衰退の一途を辿りました。本作はその原因を人間の内実に焦点を当てて表現されています。「王の器」を持ち合わせぬものの野心は、殺戮と憎悪を生み出すのみで、全ては不毛に帰すると嘆いているようです。

シェイクスピアの四大悲劇中、最後に書かれた本作『マクベス』は最も短い作品です。しかしながら、劇的に進められる展開は感情を常時ゆさぶられ、どっしりとした読後感を得ることができます。大変読みやすく惹きつけられる作品ですので、未読の方はぜひ、読んでみてください。
では。


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