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『アマヤドリ』/CR6海猫


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(はじめに)
この文章は、とあるLHTRPGセッションの準備中に、名前が決まったばかりの所属ギルドの前日譚として投稿主が勝手に書いたものです。セッション開催前に衝動的に書いたのでネタバレはありませんが、万が一、内容等に何か問題等あればお知らせくださいませ。
なお、誤字脱字・設定違いは大目にみてくれるとうれしいです。
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アマヤドリ


 2018年5月3日。
 社会人となって5度目のその黄金週間を、私はいつものようにPCにむかって過ごしていた。いつもと違う部分があるなら、それはただ一つ。いつもやっているゲームに大きな更新イベントが来るということくらい。だから、その日は遅起きをしてギルドのメンバーと合流し、日付が変わる瞬間を待っていた。
 何でもない会話を交わして、大騒ぎしながら年末みたいにカウントダウン。
 3・2・1。
 ゼロ。
 ぽーん、と飛んだ時報の間抜けな音をどこかで聞いて。
 ふっと、世界の境界線が溶けて、消えて。

 気が付けば、私はセルデシアの中に、いた。

 のちに“大災害”とよばれることになる、その、運命の日。
 老舗MMORPGとして名をはせているゲーム『エルダーテイル』。
 新拡張パックの導入とともに、私は──私達は、
 ゲームの世界に閉じ込められた。

「海猫」
「ああ、零。無事だったのカイ。」
 あまりに現実味のない出来事だった。だから、大災害の直後、言葉少ないサブマスの零と運よく合流できた時、私は手放しで喜びたい気持ちだったが、そうもいかないと思い直す。…ああ、そうだ。私はいま海猫なのだ。違う世界で生きていた、私とは違う性格の“アタシ”。こういう時はさらりと喜びを交わすのが、『海猫』というキャラクターなのだ。
 改めて、彼の突き出す手袋越しの拳に素手の拳を突き合わせる。
 私たちのギルドは、先日ノリで組んだと言っても過言じゃないくらいの弱小ギルド。ギルドメンバーだって、そこまで多くない。それでも、合流するに越したことはない。零と手分けして、慣れない念話で全員を呼び集めた。
 なんとかログインしていた全員と合流し、道端でこれからどうしようかと話し合っていたそんな時のことだ。
 ぱら。
 ぱらぱらぱら。
 雨が降り出し、そして、白煙を上げるほどの豪雨となる。
 音を立てて屋根を鳴らす雨に、あわてて近くの物陰に避難。思わぬ雨にギルドメンバーと顔を見合わせて笑う。傍ら、こんな世界でも天気はあるのか、まぁ、ゲームでもあったかもな…なんて冷静にギルドメンバーのひとりハクがつぶやく姿がやけに印象に残る。
 彼女に倣って、なんとなく周囲を見回していた時。
 ──ふと、目の端に映ったんだ。
 さんざめく雨音のなか、広場の端、雨の下でひとり縮こまって泣いている、その子の姿が。

「そんなとこで泣いてたらアンタ、風邪引くよ。」
 気づけば、私は濡れるのも忘れてその子に近寄り、ひざを折って声をかけてた。
 子どもが、こっちを見上げた。雨に濡れた髪から水を絶え間なく滴らせている。
 声をかけられるとは思っていなかったのか、驚いたように、腫れぼったい目が大きく開かれてゆくのを、まるでスローモーションのように、他人事のように、私はゆっくりと見つめていた。
 同時にふっと眼のふちに通り過ぎた、その子のステータス。
 瞬間。
 ぱちん、と、私の中で何かがはじける音がした。
 驚きのあまりおもわず呆然としていると、子どもがおずおずと話しかける。
「ねえ、ここ…どこ?…帰れるの、かな…?」
 …正直、そんなこと社会人5年目のアラサーにいきなり聞かれても困る。
 それに、答えなんて持ってるわけ、ない。
 けど。わかってる。
 言うべきことばは、それじゃない。
 だいいち、『海猫』は、そんなこと言わないんだ。
「当たり前サ」
 チャットじゃない私の声が、私の喉を震わせて、そう言った。
 まるで、『海猫』という魔法にかかったかのように、するりするりと。
「たしかにいまは、雨がアキバを濡らしてる。ケド、そんなのいつかは止んで、世界に潤いと実りをもたらす…そういうもんさネ」
 いつの間にか泣き止んだ目の前の子どもが見上げてくるのがわかるけれど、私は降り注ぐ雨を見上げたまま構わず続けた。「止まない雨なんてないサ。きっと戻れる。今は雨宿りの時間だヨ、たのしめばいいんだ」
 狐耳にぴんぴんと雨粒が当たってくすぐったい。…そんな感覚すら、いまはただたのしめる。きっとそれでいい。そうこうしているうちに、雨は止み、どこへでも、どこまでも行けるようになるのだろう。
 そう、本気で信じられる。
 心無しか雨が小降りになってきたような、そんな気がした。
「そうだ」ふっと、思い返したように私は尋ねた。「アタシは海猫。探検家だヨ。…あんたは?」
 子どもはそっと、つぶやくように名乗る。
「……『ろくばんめ』。ながいから、“ろく”でいいよ。」
 ぱちん。弾かれたような衝撃がもう一度、私を貫く。
 ああ、そうか。
 さっき目の端で、その名を見た。
 ──かつて思い悩んでいた私を助けてくれた恩人<かれ>と、同じ名を。
 だから、こうも心を揺さぶられるんだ。
「そうか」心の動揺を悟られないように、努めて平静を保ったが、どこまでちゃんとできているだろうか。
 後ろのサブマス零の視線が痛いが、気にしてもいられない。

 私はこの子を放ってはおけない。

「なぁ──“ろく”」
 あの人の名前と同じ名を、あえて、つとめてゆっくり呼んで。
「アタシ達と一緒に来ないかイ?戻れる方法が、この世界のどこかに埋もれているかもしれないヨ」
 ろくは、言葉の意味を計りかねたか、ぽかんとした表情でしばらく視線を宙にさまよったが、それでも最後には操り人形のようにあっさり、こくりとうなづいた。
 私は満足げにうなづき、「と、いうわけだ。」くるりと振り向いた。じっとこちらを見ていた零が「余計なことを…」と言わんばかりの表情で頭を押さえてはいるが、当然無視だ。当たり前だ。
「それじゃ、あらためて。零、ハク、それに…ろく。みんな、行くヨ!新しい冒険を、そして世界を探しに、サ!」
「ね、海猫」ろくの声に振り返る。「ギルドの名前、なんていうの…?」
 ゆっくりと太陽のひかりさす空を見上げながら、私は誇らしげにろくに教えてやった。

「ギルド、<アマヤドリ>……サ!」

 雨が上がる。虹が差す。
 ろくに、手をのばす。
 可能性が詰まった世界に今、アタシは足を踏み出した。


(了)



【キャスト】

 零(武闘家)
  零:ログ・ホライズンTRPG 冒険窓口 キャラクターシート (lhrpg.com)
 海猫(森呪遣い)
  海猫:ログ・ホライズンTRPG 冒険窓口 キャラクターシート (lhrpg.com)
 ハク(暗殺者)
  ハク:ログ・ホライズンTRPG 冒険窓口 キャラクターシート (lhrpg.com)
 ろくばんめ(召喚術師)
  ろくばんめ:ログ・ホライズンTRPG 冒険窓口 キャラクターシート (lhrpg.com)


【スペシャルサンクス】

 <アマヤドリ>を結成することになったきっかけである
 『海神の遺産』GM様と、
 あの南の海の冒険を一緒に体験してくださったPL各位





【あとがきにちかいひとりごと】

 とあるセッション開催にあたり結成された、極小ギルド<アマヤドリ>。
 これは、<アマヤドリ>へ集うこととなった同卓PCたちの物語についてわいわいアイディア出しをしているうち、とあるPCへ強烈なご縁を(勝手に)感じてしまった海猫のPLである筆者が、セッション開始「前」に、衝動的に書き上げてしまった文章です。……いやホント、何をやってるんだ何を。
 シナリオ本編の面白さも相まって忘れられない想い出となった海の旅から一年以上経ち、未熟ながらもシナリオを自分で回すこともやるようになりました。そんな手持ちの物語のひとつで、彼女と<アマヤドリ>の仲間たちは、ぴったりのお役目をもらうことで、また旅へ出ることとなりました。
 いい機会なので、海猫の物語のはじまりとして書いたこの文章を、そっと、置いておくことにします。
 いつかの物語で、皆様が彼女達とお会い出来る機会がありますように。

  (20221201/孤独な鯨と世界への航海に想いを寄せながら)


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(20210803 初版)
(20220201 2稿/全体的な文章の追加と修正)
(20221228 3稿/文章の軽微な修正・「あとがきにちかいひとりごと」追記/全体公開(※セッションメンバー承諾済))


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