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”地に落ちた言葉” ── 彼の独白



やりかたを忘れてしまったかのように、
不器用に息を吐く
白黒モノクロの世界で、息を継ぐ


モノクロの世界は、私の心と常にぴったり貼り付いていて
剥がれず、不意に私を呼ぶ
何処までも暗く、重く、濃い暗闇色をした声が耳元で、
終わらない呪詛をきょうも吐きつづけているのです

その、逃れられない呪いの声は、私をずっと責め立て続けています──

『お前は何故まだ生きている?』
『お前などいないほうが世界にとってマシなのだ』
『お前に価値などない。あるわけがない』
『お前に出来ることなど、何もないのだから』

──呪詛は、何度も何度も、数えることもばからしくなるほどに
私の心を飲み込み、幾度となく噛み殺し続けてきたのです
幾千回、幾万回、終わりない回数に飽きもせず、
私は、透明な血を流し殺され続けてきたのです


どれだけのことをしても、どれだけ素晴らしい人の振りをしても、
かれらに本当の私を見てもらえることはないと気づいたのは、
いつだったのでしょう……

私を見るかれらの視線の先に、本当の意味での“私”はいない
かれらの視線の先にあるのは、かれらの過去の虚栄と未来の虚像
私と同じ顔をした、けれど私ではない、理想の私がふるまった架空の世界

かれらが私に常に向ける、かれらの“理想”という名の光は
強烈な振る舞いをもって容赦なく私を痛めつけます
かれらはつねに、
『お前は違う』と
『我らのだいじな“あのこ”をどこへやった』
『お前のような汚泥は知らない』
『理想とはちがう汚泥おまえなど、我らの視界せかいには要らない』
『だいじな“あのこ”をどこへやった』と、
私に向かって糾弾するのです

理想という名の苛烈な光が結ぶ像、
その向こうに落ちる、暗く重い出口のない闇に潜む汚泥こそが、
本来の、本当の、私なのに

私は、私自身すら、“ない”ものにされてきたのです

空っぽで無価値な汚泥の塊である私はただ、
かれらが迫る理想から、視界せかいから逃げたいだけ
責める声を、呪詛の声を止ませたいだけ

それすらただ独りよがりに苦しくて、
出来るのは、感情の嵐に耐えながら
モノクロの世界でうずくまることだけ

ずっと、ずっと、そうしてきたのです
いまこの一瞬だって、ずっと


… …

ひとり見知らぬ場所へ旅にでているとき
呪詛の声が和らぐ気がします

こんな汚泥の私にでも、誰かのためになれると
私にも価値があるんじゃないか……という幻想を見ていられるから

それが本来価値などないはずの私にかかる、一晩だけのまやかしでも…
それでも、息絶え絶えに溺れそうなほど苦しい夜には、
息継ぎくらいになるものだから

だから私は、[旅人]として、世界を回るのです
ただ溺れぬように、ただひたすらに、それでいて消えてしまえもせず
夜の底を、不器用に彷徨うのです

なにも求めず、ただひたすらに


それなのに……どうしてでしょうね
私のことを“兄貴”と呼び親しんでくれる人の隣にいると
ほんの少し、誇らしさをみつけてしまうのです

多大な心苦しさを感じるというのに

だって、底が知れない私の汚泥はいつか
貴方の陽だまりのようなあたたかなひかりを、
すべて飲み干し食い尽くしてしまうから

……怖いのです
貴方の隣にいるだけで、くるしいのです


ああ。なんという自己中心的な考え方でしょう
ほんとうに、朽ちて消えてしまえばいいのに
それすらできない臆病者

だから、せめて、
もうひかり持つものが、こちらに来ることがありませんように、と
私の持つ汚泥で周囲の素晴らしい道を塗りつぶしてしまいませんように、と
切に願いながら、祈りながら、罪滅ぼしのように
世界の底に溺れていくのです



いまだ終わらぬ白黒モノクロの世界は、
どこにも行けない私の背中に、ぴたりと常に張りついている

鳴りやまない呪詛とともに

息継ぎすらさせてくれない海の底を、
永遠とも思える終わらない夜の底を、

私は、彷徨い続けている






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 https://lhrpg.com/lhz/sheets/195484.html



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